第二十四話「研ぎ澄ませる牙」
木々が生い茂って建物の周りを塞いでる。不思議な木の実やキノコが生えていたり、動物が居たりと秘境などと表現しても差し支えないほどに神秘的な場所だ。だからこそ、危険も然り。動く木の魔樹や集団死蜂など、こんな場所でなければ先ず目にすることがないであろう存在がそこら中で潜めている。そんな危険な存在を狩りつつ、他の冒険者を見守る役目を持つのがAランクというわけだ。彼らもそういう意味ではマスターランクに到達するべくここに修行を来ているのだ。
そんな魔獣などをちらほら目撃した二人は苦笑いしつつ作戦会議を立てていた。暗殺の得意なウィンドと武器生成などサポート役のアセト。どちらも主戦力というよりは副戦力であり、非常に不味いPTであるということを察した。とはいえ、ウィンドの知り合いもあいにくこちらに来ていないようだし、アセトに知り合いがいたとしても隠れている身である以上、声は掛けられない。寧ろ、居ると困る。
「普通に考えるなら俺が戦闘中心で、アセトが補助中心だが、この森は最難関ならしいしなぁ。」
戦闘の定石としては、器用に両方ができるものが二人いるよりかは、そのどちらかを特化してる二人が居たほうが戦略範囲が広がるのだ。
「とすれば、私も戦闘に参加しつつ最低限の補助。貴方は戦闘特化かしら?」
「いや、ここは俺も補助系を覚えて、戦闘を平均化した方がよくないか?」
だが、お互いに最初から何もできないといっても過言ではない。今更特化しようとしても付け焼き刃程度だろう。どうせ付け焼き刃なら両方出来たほうが良いというわけだ。
何はともあれ、今後の課題は確認出来たのだしあとは実践だ。
「森ということは火が弱いのは間違いないけれど、そんなもの使ったら大惨事ね。武器はどうするのかしら?」
ウィンドも昨日風魔法で飛んだときに植物系など火に弱い魔獣の存在は目撃しているのだが、だからといって木々が密接しすぎたこの森では何処で火を使おうと身を滅ぼす結果となりかねない。つまり、最難関と言われるのも弱点が突けないのが理由の一つでもある。
「武器だけだったら一通り持ってきてるし、とりあえず何か属性付与してみてくれ。」
荷物の中に二本の長剣があった。何処にでも置かれているようなブロードソードで、暗殺者というのもあり使用形跡はなし。ただ保存状態はよく新品同様の艶がある。切れ味も恐らくは問題ないだろう。あるとすれば、どんな属性を付与するかに尽きる。火と水と木は論外として、思いつくのは大地と風と雷と金と光と闇。大地は植物相手だと不利になるから却下。雷は燃える可能性があるので却下。金は硬度を上げる役割となるので必須。ウィンドは風魔法の使い手だし風を付与するとして、私はどうしようか……。
闇は暗いイメージがあるからあんまり使いたくないけれど、光もあまりに強いと火を起こしそうであるからあんまり使いたくない。当然、自分がそこに至るまでの力を持ってるとは思えないが、もしもの話をするならば使わない。同じ風を使うのも良いかもしれないが、ウィンドと一緒は何となく嫌だし、闇にすることにした。よく考えてみればなんだかんだ闇の魔法苦手ではないのだ。寧ろ、光の方が苦手である。
剣に魔力を流し定着をする。金の魔力で剣全体にバリアが張られる。触っても傷はつかないが、とにかく硬くなるのだ。次に風の魔力を注ぐと剣の周りに剣先へ向かって螺旋状にそよ風が吹いている。魔力を注げば注ぐほど力は強くなるが、所詮その辺にあるブロードソードだ。無理をすれば間違いなく簡単に壊れてしまう。せめて、敵に当たって壊れるということだけは阻止して置かなければならない。
私のブロードソードには闇の魔力を注ぐ、属性ごとにイメージを持って注ぐのだが、闇は只管自分の過去を思い出したりして鬱な感覚でゆっくり流し込むのだ。言ってしまえば、トラウマの塊のような醜悪な物体を作り出してるのと何ら変わらない。自分の恥ずべき過去や思い出したくない過去。泣きたくなる過去。様々な過去の自分を思い浮かべるがいつだって悲惨なものだった。故に闇の魔力が簡単に雪崩れこんだ。
5分で一本完成するに対して、闇の魔力を注いだ剣は2分で終わった。ウィンドからすれば、魔力を属性毎に分けて剣に注ぐということ自体が意味不明なのだが、少なくとも風よりは闇の方が強いというのは専門的知識のないウィンドですら理解できた。
「ほら、胸当てと膝当てと肘当て。無いよりはマシだろうし一応付けといたほうがいいと思うぜ。」
ぶっきらぼうに受け取るとさっさと全装着をする。感謝の礼などする気はなく、そのまま何事もなかったかのように、最後の準備に取り掛かる。今のままでは剣すら振れないことが既に予想出来ている。故に身体強化の魔法を入念に自分へとかけておく。違和感なく全身に行き渡ったことを確認すると共に、 ウィンドを置き去りに外へ出ようとしたのを見てウィンドは慌てて自分もついていく。
何も危険は魔獣だけでなく、人にもあるのだ。この状況を利用して裏切る者は幾らでもいそうだし、例え結界の中とはいえ油断は出来ない。アセトのランクと経験が適正かどうかはわからないが、仮でもBランクなのだからそんなに気にすることでもないかもしれないが、それと同時に女の子でもある。だから、男であるウィンドにとっては守る対象であるというわけだ。あと、マーリンからも言われてるのもある。それはおまけ程度で然程気にしてはない。
共同住宅から出て、周辺を見てもやはり木々が生い茂るのみ。どこに行こうか思案するにあたって注目したのは人の出入りだ。基本的には楽しようと残った者が多く、低ランカーが向かうのは安全地帯である。確かに練習程度なら屁でもないとはいえ、自分達は修行しに来たのだ。他にやることがあったとはいえ、レケを守れなかった自分が嫌いで次こそは守れるように力を付けておく。出来るならAランクを目指して最終的には竜狩りをしに行くつもりだ。
片手に持つブロードソードの力を込め、一歩前に出る。すると、アセトも察したようで人気のない方に敢えて歩を進めた。朝であろうと暗目でその静寂こそがその場の雰囲気を妖しさに変えている。決して油断はせず、自分体の歩いている場所でする音以外にも耳を澄ませて奥へと入る。
すると、ガサガサと何かが大きな草を伝って忍び寄る。真っ先に狙われたのはアセト。か弱そうというのはその狼にもわかったらしい。両手でブロードソードを構えてそれを受け止める。身体強化を使ってるというのもあり、その一撃を止めることは出来たが、そこから狼が離れるまでの間の動きがぎこちなさ過ぎて反撃は出きなかった。その狼に対してウィンドが横槍を入れようにも新たな音がし、そこからやってくる2匹の狼により足止めを食らう。即座に右手で抜刀し、その一閃で右から襲ってくる狼のこめかみに浅い傷を作り、後方へと下がらせ、筋肉が軋む中無理やり反動を抑え込み、左斜めから襲う狼に斜め上から振り下ろす。しかし、剣士でもないウィンドの一撃など力任せであり、鈍器と変わらない。真っ二つには斬れず、浅い傷が出来た程度だ。
今の攻防で狼3体は悟っただろう。こいつらは楽に狩れると。
ここからが正念場。如何にして、不利な状況を打破するかだ。
「とりあえず、二匹は俺が対処するからそっちは振り下ろして一匹に大ダメージ与えろ!」
「そっちも風の魔力付いてるんだから、魔力流して魔法ありきの斬撃使えるわよ!」
「「了解だ(よ)!」」
ついはもってしまったが、今はそんなことを言ってる場合ではない。生死を掛けた戦いの中に居るのだ。最近はアーサー王やら魔王襲撃戦やら夢と思いたくなるような非常識な戦いばかり目撃し体験したが、あれは異常なのだ。これが本来の私の実力であり、戦える範囲である。呆然と立ち尽くすのはもう嫌だ。もう逃げるのも嫌だ。私だって、マーリンやセリエレ達と並んで戦いたい!だから、何としても倒さないといけない。こんなところで立ち止まるわけにはいかないのだ!
狼がザザザザと周囲の草むらで動き続ける。何処から襲ってきてもおかしくない。背中を任せるとはさっきまでは考えもしなかっただろう。その方が効率的に視界を広げられる。だから、狼の後手に回り、只管待つ。
三匹同時で襲い掛かるはアセトだ。彼女を真っ先に落とすことが先決だと獣の脳でも理解したらしい。それにより、ウィンド一人に集中できるからだ。油断をしないというのも生死が掛かってるというのも、考えてみれば当たり前の話だが、相手も同じことなのだ。
王者と言うわけでもなさそうだし、彼等ももしかしたら実力的にはこちらと同じくらいなのかもしれない。
アセトは言われた通りに目の前の狼に対して大きく振りかぶり地面へと叩きつける。握力の出来る限り使い果たしたからこそ、一撃で絶命に至った。それだけで終わりではない。左右から襲い掛かる狼は健在だ。ウィンドが右の後ろ方向に一閃を放ち、そのままアセトの周りを回りまたもや無茶をして、もう一匹を攻撃する。そのどちらも追い払える程度で重傷には至らなかった。
故に即座に草むらへと隠れる。少なくとも一匹は死んだのだから女が弱いという認識は無くなったらしい。しかも、数で有利な戦況だったこともあって襲いかかったらしく、音が遠ざかっていくのがわかった。
勝利だ。初めて自分の手で勝利した。先程の予熱が未だに心に巣食ってる。バクバクと動く心臓音を抑えようにももう一度戦いたいと体は言っている。不思議と笑みが溢れてしまいそうになるが気を引き締めて口にチャックする。
「おめでとー!アセトすげぇな!」
褒められてもあまり嬉しくはないが、今だけはその言葉も悪くない。
ただ、まだまだ時間は有り余っている。次に行こう。
その後も狼に襲われては要所要所でギリギリの戦いを繰り広げ、なんとか軽傷で済んでいる。家に帰る頃には二人とも笑い合いながら今日の功績を褒め称え合っていた。まるで旧知の仲であるかのように。
その傍らには今日討伐した狼が携わっており、晩御飯となりゆくものでもある。道中で採取した木の実もあり、そっち方面の勉強も少しだけした。なんと言っても今日の一番の貢献者はアセトだ。元々の力が弱いというのもあり、最初は目に見えて成長がわかるのだ。
今日は疲れがあり、肉を焼く程度にした。木の実で臭み消ししているので塩胡椒の簡単な味付けでも十分に楽しめる。塩胡椒も代理の木の実で応用してるのだが、これがまた再現率が半端なく高くて美味しい。暗殺業やめて料理人になれば良いのにと心底思う。
今日の戦いについて食事中に大いに盛り上がった。その上でその熱は冷めることなく昨夜のように皿を片付けているときも、アセトの口が止まることはなかった。
昨日のように締めの紅茶を差し出す。すると、喉が渇いてるようで飲み干す。寧ろもう一杯!というほどだ。この紅茶を気に入ってくれて何よりだ。なんたって、先程の料理といい紅茶といいアセトの為だけに作ってるのだからその言葉が聞けて非常に嬉しい。
そんなアセトは次第にコクリコクリと頭が重く項垂れていって次第に瞼が完全に落ちる。そんなアセトをお姫様抱っこして昨日のようにうつ伏せでベッドに寝かせる。ズボンと下着を脱がせて、懐から……。
朝起きてみると、ソファーには昨日と同じようにウィンドが寝ていた。また泊まりに来て!と怒ろうとソファーに蹴りを入れようと思ったが、よく考えてみれば部屋が無いから仕方無しに泊まらせるようにしたのを思い出した。今日もまたお尻あたりが少しチクッと痛みがしたが、虫にでも刺されたのだろうか?
朝は弱いので、2日連続で食後に出してくれた紅茶を飲むことにした。相変わらず不思議な香りが鼻孔を擽り、舌を撫でる。味わったことがないタイプのものだ。品種に関しては帰ってからまた調べれば良い。にしても、2日連続でこれを飲んだあとに眠気が誘われたような気がするのだが、そういう作用があるのだろうか?そういう意味で食後なら気を遣ってるのだと言えよう。だが、それが真実なら少しだけ問い詰めなければならないこともある。
とはいえ、別段眠たくならない。寧ろ、スッキリして来て気持ちが晴れやかだ。また、飲みたいという衝動に駆られる。
「おはよー、朝早いねぇ。ふわぁぁぁ。」
盛大に欠伸して、向かい側の席にウィンドが座った。目を擦り根ムダ毛にしてる。紅茶を飲んでる私を見てニコリと笑ったのがなんとなく格好良く見えてしまった。どうやら昨日の疲れが取れてないらしい。
「それじゃあ、早速今日の打ち合わせしよっか。」
「そうね。」
暫くはウィンドとアセトの修行を楽しんで下さい!
それと仕事の掛け持ちにより、忙しくなるので少し遅れ気味になるかもしれません。




