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大罪庭園-taizai teien-  作者: A-est
第一章「強欲のフェアツェルト」
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アーデル編・第一話「天に愛されし少女」

小鳥の囀る声が聞こえる。家畜の牛や馬ももう目覚める頃。

齢12のアーデルも目を覚ます頃であった。


ここはハインツ家の街グローセ・ズュンデンの管轄の村の1つファウルハイト村だ。最も争いの無い平和な村としてそこそこ有名ではあるが、グローセ街から歩いて1日掛かる距離に位置してる為、来る者は少ない。たまに、商人が通りかかることはあれど、基本的には20世帯くらいしかない人々が助け合いながら暮らしてる。そんな中で唯一親を持たない子供がいた。いつの間にか捨てられそこに置かれていた。それを発見した村人がその子を助けたところ一緒に置かれていた紙にこう書かれてたらしい。


『ダメンハフト・アーデル』


それ以外は何も書かれていなかった。それがその子の名と悟るものの、正直な話捨てようかは迷っていた。面倒事を抱えるのは遠慮したいし、一人増えるだけで食事に必要なお金も増える。様々な壁が既に目に見えるかのようだ。いつもならここで諦めるのだが、その拾い主はアーデルの顔を見て何かに突き動かされるかのように育成を決意したそうだ。そんなアーデルは彼の幸せを注ぎ込まれ元気よくスクスクと育って行った。その結果、何だかんだ10年の月日と共に12歳となり、あのとき捨てなかった選択が正しいものだったのだと思うようになった。


そんな可愛い我が子であるアーデルは最近この町の異常について何かに気づき始めたらしい。育ての親である私は当然知っている。確かに私はまだ軽度ではあれ、毒されてるのに変わりはない。寧ろ、その毒はこの町を平和にしているのだから、悪くもない。けれど、時に毒と化すのもまた事実。実際にこの町の人々は冷徹な面も合わせ持っている。助けを求めている人が居ても誰も見ようともしない。子供がそれについての質問をすれば親は怒る。それはこの町の当たり前で絶対なルールでもあるからだ。


「おはようございます!お父様!」


「あぁ、おはよう。」


この家のルールとして、食事は皆で分担して作ることを決めている。本来なら家畜役という職業が存在しその者に全てを任せるのだが、うちはそのへんの家々より貧しく雇うお金がない為に雇っていない。だからこそ、毒が軽度というわけだ。


アーデルは病気でない限りは笑顔を崩したことがなく、勉強にも熱心だし、家族や町の人々とのコミュニケーションも欠かしたことのない完全無欠の存在だ。とはいえ、年相応なところもあり、ミスは多い。それでもその性格は真面目過ぎる。しかも、純真なその心は周囲から愛される存在。潤沢な笑顔で今日もこちらを微笑みかける。それだけで癒やされた気がする。人の心など所詮持ちようなのだからそんな気がしたならそれが正しいのだろう。


「今日は隣町まで御使い頼めるかな?」


「はい!行って参ります!」


「アーデルは可愛いなぁ!」


あまりの可愛さについ抱き締めて頭を撫でる。触れ合った体の一部から感じるその熱が心にまで届く。幾度となく味わってきたが、いつだって新鮮でお互いに優しく抱き締め合う。


「えへへ。お父様。」


アーデルも心底嬉しそうに父親の大きな体から伝わる温もりを確かに感じていた。別段、他の知らない人と抱き合うのとそう変わらない。強いて言うならば匂いが違うのと体格が違うくらいだろうか。いや、その時点で十分違うのかもしれない。けれど、そんなものではなく別の何かが他人とは違うのだ。そこにある歴然の差が私の体の奥にまで浸透させているのだが、今はまだわからない。


離れると少し寂しさを覚えるが、親愛なるお父様からの頼みごとだ。迅速にお使いを頑張らなければならない。それに、帰ってからだって出来るのだから、今はこの想いも心の内に置いておくとしよう。


隣町のアロガンツはこの優しさに溢れたファウルハイト街とは正反対に雑言罵倒が繰り広げられる。では、何故危険が如何にも伴いそうな街に幼い子供を一人で向かわせたか疑問が残るだろう。それはその雑言罵倒はあくまでも習慣のようなものであって、性根は優しい人ばかりだからだ。とはいえ、ファウルハイトよりは危険人物が多いのも確かだ。その点は自警団と呼ばれる集団によりなんとか統制が取れてるという訳だ。その自警団に所属してる街人も確かに怒りっぽいところはあるが、理由なく怒ることはない。その点は他の人々とは違う。それに、腐ってもギルドメンバーというのもあり腕っ節はその辺の輩相手に負けるような弱者は何処にもいない。それもあり最近は暴力事件に発展することは少なくなってきている。その代わりにギャンブルが流行り始めたのは自警団も見逃してるらしい。そうやって、ファウルハイト程ではなくとも平和が成り立っているという訳だ。


そんな一風変わりまくった街を見ているからこそアーデルも今の環境を受け入れられている。子供の頃より異常の中で育ち、何処に行ってもそれは変わらない。一種の諦めに近いのかもしれない。けれど、そんなアーデルは少しずつ確信に近付いてる。それは元よりこの街の人間ではない紛れもない証拠ともいえる。アーデル本人も自分と親や兄弟との違いに薄っすらと気付き始めていた。しかし、笑顔で抱き着くあの父の姿を思い出せばそんな思考も片隅へと追いやってしまう。


ファウルハイト街からアロガンツ街までは草原で繋がっており、森に入ることはないし危険な魔獣がそんなに居るわけでもない。夜になったら少し危なくはなるが、夜にならないと魔獣が現れないぐらい平和である。たまに魔獣に関しての事件が起こったりもするが街の自警団に任せていれば簡単に解決する。防衛が完璧なのか死傷者は今の所0人だ。その分油断してる節もあれど、平和という均衡は結局は続いているのだ。


アーデルのような子供を一人で行かせたのもそういう理由がある。それに活性化していたなら、そういう告知がギルドの方から来るし、軽度のものだったとしても自警団がいち早くに気付いて街の人々に知らせるので危険な状況へと発展する方が現時点では難しい。しかし、どんな世の中でも『例外』と言うのは否が応でも存在する。その例外は多ければ多い程、更なる例外を呼び寄せる。


空から巨大な質量を持ったものが落ちてきた。陽の下でも光り輝く吐息をその口から吐き出す。鎧のような硬い白鉄を鱗とし、数万年生きたかのように体中に皺が出来ているが、その大きく羽ばたかせた白い翼はその竜の力強さを現している。だが、所々から零れ落ちる赤い血を見るに先程まで戦っていたのがわかる。アーデルの身長から考えるとゆうに10倍はある。圧倒的な威圧感は別にか弱い少女へ向けたものではなく、滲み出ているものであるのだが、そんな竜を見たにも関わらず不思議とアーデルの心は穏やかであった。


すると突然、竜が私の体をその前足で吹き飛ばす。体力を消耗していたのか偶然だったのか竜の一撃を食らってなお生きていたが、起き上がることはできず、呆然と竜の方を見ていた。後ろへと振り向いた竜の視線の先には空から降ってきた一人の人間であった。白い光で体が発光しているが恐らくは人間と思われる。その白い光とは反して褐色肌に黒い短髪。瑠璃色の瞳が綺麗に見える。黒いMA-1で白い装飾が施されている。コートの下から見えるズボンもブーツも黒一色。特に印象的なのはその片手に持つ黒い長剣。その細さは尋常じゃない。レイピアほどではないにしても、最低限の長剣の形は保っている。服とは違い何の装飾も施されてはおらず、剣全体から闇が揺らめいてる。


「おいおい、そんなに逃げなくても良いじゃないか。」


「……よく言う。わざと遊んでいるだろう?」


唸り声と共にその男を睨みつける。そんな竜を薄っすらと笑みを浮かべて睨み返す。それだけに留まらず、いつ斬ったのかもわからないうちにその竜の翼が地に落ちた。


「ぐぅぅぅぅ!!!」


改めて笑みを浮かべるその男を中心に魔法陣が展開される。竜の影から無数の黒い手がその体を這い寄り影へと引きずり込んでいく。


「許さぬ!許さんぞぉぉ!!天地の管理者!!よくも!よくもぉぉぉぉ!!!!」


ツプンッ!


完全に呑み込まれたのを確認して、隅で倒れていた私にその男が気付いたらしく、近付いてくる。そんな男を見て私は気付いた。どうやら、私も最初から何処か壊れてたらしい。そうでなければこんな気持ちは湧き出てこない筈だ。あの異常な場面を見たにも関わらずだ。その残酷にして真っ黒な男の姿を見て私は憧れを抱いた。こんなにも強くなれるのだと、こんなにも強い目を出来るのだと。そんな姿に憧れを抱いてしまったのだ。目の前に近付いた彼が手を差し伸べると同時に私の意識も闇へと沈んで行った。次に目を覚ましたのはいつもの朝であった。


「おはようございます!お父様!」


「あぁ、おはよう。」


「お父様、お使いの方はどうなったの……ですか?」


そう、昨日は竜によって吹き飛ばされ、謎の男によっておそらくはこの街へと届けられ、お使いという大切な仕事を果たせなかったのだ。そのことがどうしても気掛かりで少し怯える形で父に聞いたのだ。当然、そんなことがあったと知れば父は簡単に許してくれるだろうが、それでは私自身を許すことはできない。優しさに付け込んだかのように思えてしまってならないのだ。だからこそ、敢えて何も話していない。もしかしたら、倒れていたことについての言及が来るかもしれないし、謎の男が運んだのなら説明されてるかもしれないが、それは無しである場合の話だが、父の一言はそのどれも上回る衝撃の言葉だった。


「お使い?よく知ってるね。丁度、後で頼もうと思ってたんだ。いつも通り隣町までお願いね。」


恐らくは私が話さないからこそ気遣っての判断だろう。私を第一に考えたからこそのその言葉にアーデルは感動せずにはいられない。けれど、そんな気持ちはお首にも出さず、「はい」と一言だけ受け答える。けれど、その一言は父から見ても明らかに嬉々としたものであり、全く隠せていないのは彼女が幼いからだろう。父もふいに苦笑してしまっている。


昨日、竜と男が戦った道を歩きに行く。その竜は竜で惹かれるものがあったのだが、男に関してはまた会いたいと思っている。あの一部始終だけ見るなら明らかにその男は残忍酷薄なはずであるはずなのに、寧ろそれもスパイスとなり思い出を密かに輝かせていた。謎の男で思い出に付け足して妄想に浸りながら歩いてると空から巨大な何かが降ってきた。それは昨日見たはずの白い竜で私の方を軽く見た後立ち去ろうとする。私など蟻に等しくどうでもいいということなのだろう。そんな竜に親近感を覚えるなど竜に知られると万死に値するかもしれない。けれど、何故か家族のような気すら感じ取れる。流石に竜から人は生まれないという知識くらいは持っている。それが真実かは昔のお偉いさんか学者さんに聞いて欲しい。それと同時に既視感を覚えていた。この景色、何処かで見たことがある。それは無慈悲に時間が刻々と過ぎると共に信憑性と共に確信する。


不思議と体はその竜の前足の攻撃から避けていた。その後すぐに空から謎の男が降ってくる。


「おいおい、そんなに逃げなくてもいいじゃないか…って、嬢ちゃんまたなんでこんなとこに居るんだ?」


昨日とは違う台詞。当たり前のことを言ったが、それと共に先程の父の言葉は違う意味だったのかもしれないと思い付く。私のことを思ったわけではなく、本当に何故知ってるのか不思議だったのではないか?もしかして、その後の苦笑も?一度そう考えると書物に書いていた1つの事象を思い出す。これこそが所謂『時間跳躍』と言うやつではなかろうか。


その白竜はさっきの攻撃が何だったのか私の前へと立ち、威嚇する。


「この娘は殺させんぞ!貴様などが触れていい相手ではない!」


「別に殺す気ないって、それどころか助けたんだし、僕って天使みたいだね。」


『てんし』とは何のことだろうか?世の中にはまだまだ知らない言葉が存在するらしい。ただ、アーデルが知らないのも仕方がない。『天使』という言葉は本当に存在しない。この広い世界の何処に行ってもそんな言葉は見つかることはないだろう。


「よく言う。貴様が言える立場か!我々を裏切ったようにな。」


「そっか、君は知らないんだったね。それじゃあ、さようなら。」


言い切る前にその翼を両方とも斬り落とす。苦しんでいる間に謎の男が魔法陣を展開し無詠唱で魔法を発動する。竜の影からアーデルを除き全ての竜の体を血すら残さず引きずり込む。


「やらせん!」


大きく開いた口から光の粒子が光線となって謎の男へと降り注ぐ。予定だったが、突然その光線は途中で消滅し、竜の首元には剣を差し込む謎の男の姿があった。瀕死に追い込まれたその竜は力尽きたらしくその影に抗うことが出来ず完全に呑み込まれてしまった。そうして、その男は無言で立ち去ろうとしたところでズボンにアーデルが掴んだ。


「ん?お嬢さんどうかしたのかい?」


先程とは違い優しく冷たい声で語りかけるように透き通った声で話しかけてくる。アーデルはただ1つだけ。時間跳躍という大人が聞いたら卒倒するような出来事よりも重要なことがあった。


「貴方の名前は?」


「すまない。生憎、僕には名前が無くてね。だから、ごめんね。」


無理やりアーデルの手を放し立ち去ろうとするが、諦めずまたもやズボンを掴む。そんなアーデルの姿に謎の男は溜め息を吐く。


「仕方ない。」


そう言ってその手を私に差し伸べるかのように近付ける。それと共に私はまた意識を失った。瞬間、目を覚ましたのはいつも通りの朝であった。けれど、私はわかっていた。だからこそ、即座に謎の男へと会いに行った。


光の竜が攻撃したと思ったのは勘違いで実は私を護ろうとしていたのだと何となくわかった。けれど、その敵対してる謎の男は別に私のことは気に掛けてないらしく、そのまま立ち去ろうとした。そこまではわかったが、肝心なことがまだわかっていない。私は憧れの相手の名前をまだ知らないのだ。何としても気になる。今までの人生でここまで熱中したものはないからこそ、初めての経験として新鮮味もあるのだろう。ただ、3度目となると寧ろその謎の男も登場するなり私の顔を見て溜息を吐いていた。竜の翼を斬り落とすその素早さがあるなら、逃げるときも一瞬で振り切られそうなのが唯一懸念していたことだが、その懸念も気にすることがなかった。いとも簡単に謎の男へと掴むことができた。


「名前は無いと言ったではありませんか。」


「話すまで離さないから!!」


「……はぁ、妹のやつの嫌がらせか…」


「え?」


「わかったよ。僕の名前はグランダ・ラヴェッロ。これでいいだろ?」


「ぐらんだ…らべっろ?」


まだヴェとべの違いがわからない彼女はこの時点で間違えて覚えてしまった。グランダからすれば、その発音の違いなどどうでもよく、早く離してほしいだけだ。


「そう、それじゃあ、僕はもう行くね。」


今度こそアーデルの手を離し、グランダは立ち去る。そんな後ろ姿を見て寂しく思うもののいつかは出会えると信じて、とりあえず名前を忘れないようにしつつ御使いの続きをすることにした。本当に大した距離はなく簡単にアロガンツ街へと辿り着いた。


アロガンツに居る父の知り合いとやらに手荷物を渡すだけだ。その知り合いと言うのが居酒屋を持っていて、渡すといつも料理を出してくれるのがその人の良い所だ。扉を開けて大きな声で「御使いに来ました!」と出すとその知り合いが「いらっしゃーい!」と声掛けるまでがいつもの流れだ。いつもと違う点と言えば、その席に偶然か必然かグランダが座って食事していたぐらいだろう。

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