第二十一話「神に近付いた男」
セエレ編1-9「オウディオス」
その剣が振り下ろされることすら私は気付かなかった。それ程までに体力を消費し、倒したことを安堵していた。いつもの私ならきっと油断はしなかっただろうが、少しだけ眠い。思考を停止して、怠惰を貪ったのだ。仮に気付かぬまま死んでしまったとしても、アーデルは悔いなど無い。
そんなアーデルにまだ生きていたオウディオスが留めを刺そうと瞬間を目撃したのはグランニャーノ。彼女も消費していたが、ここで初めて胸の奥がチリっと何かが焼けるような熱のようなものが込み上げて来たのは、戦闘の余韻によって気付けなかった。ただ、いつもとは違って自分の魔力量を気にすることなく、魔術を使用し、その上で氷剣でそれを止めようとした。ただの気紛れなのか戦力的な判断なのか後になってもよくわからないままだったのだが、兎に角自分の思考が追い付く前にその足は既に踏み出していた。
知覚できるギリギリの速さでその剣が止められるか計算するものの、どう考えても間に合わない。所詮は魔力で底上げしてるだけの肉体。元が魔術師である貧弱な体こそが力の代償。魔剣士のように両方を無難に上げていれば、助けられたかもしれない。少なくとも自分には止められない。それがわかったのなら意味のないことをする必要も無いはずなのに、止められない。まるで、頭の中でエラー音が出てるかのように知恵熱で頭痛がする。それでも、あと一秒。あと0.1秒でも速くと願い、力を込め、魂が体よりも先に行く感覚を味わいながら、刹那のときを大きく引き伸ばす。
それでも、やはり足りない。
アーデルはもう助からない。
どうかお願い。アーデル、気付いて。
一瞬でも良いから半光化するだけでもまだ助かる。
お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い!!
時が止まる。
その表現は正しくない。まるで時が止まったかのような速さで、一人の男がアーデルの前に立つ。未だに魔王含めて誰も動かない。アーデルを見て、「よくやった。」と頭を撫で褒める。グランニャーノの方にも行き、頭をポンポンと優しそうな笑みで褒める。口笛を吹く。
教会でたまに聴こえてくる賛美歌「天使の大勢」。未だに誰も動かない。もう一度言うが、時が止まってるわけではない。単純に異常なまでの膂力と思考力、動体反射など魔力含めて全てにおいて人外の化物であるだけの話。その口笛を吹きながら、オウディオスの剣とアーデルの真ん中に手を添える。
そして、時は動き出す。
周囲からすれば、突然現れたグランダが剣ごとオウディオスを弾き飛ばしたようにしか見えないだろう。しかも、不思議と剣は手で触った部分だけ消失した。オウディオスの体自体も少し抉られた。その程度の傷なら直ぐに治せるはずなのに、一向に治る気配がない。
アーデルは撫でられた気がして振り返るとそこに大きな背中を持つグランダが立っていた。そして、察した。また助けられたことをだ。グランニャーノの姿を見るに、どれほどの攻撃が来たか容易に予想は出来た。急ブレーキも出来ず、そのままグランダにぶつかっているところを見るとそう思わざるを得ない。氷剣はなんとか軌道を外せたらしい。そこだけは安心した。
グランダ・ラヴェッロ。人類最強の男。そうさせる所以は力における全てがカンストしているからだ。肉体による膂力と魔力、魂による精神力。その全てが圧倒的。先程の剣が消えるのはあまりにも速すぎる攻撃は分子レベルで破壊してるからと言われてる。
故に彼を倒せる者は人にも悪魔にも竜にも居ないと言われてる。生まれたときからそうなのかはわからないが、ぽっと出の存在でもあり、今まで誰も知らなかったのが不思議なところもある。
オウディオスは何が起こったのか一瞬で理解し、グランダへと襲い掛かる。それをグランダは歩いて後ろに回り、地面へと叩きつける。起き上がろうとして、50cmくらい浮いたところを叩きつける。その時間、数秒の間での出来事である。
頭を潰してその様子を見ると、気付けばそこにオウディオスは居らず、まるで幻であったかのように背後から忍び寄るが、グランダが居ない事を知り、周囲を見渡す時間よりは遅かったらしく、掠り傷を追わせるどころかもう一度地面へと叩きつけられる。
《煌き穿つ聖槍》+《侵し絡む雷矢》=《纏い虚ろう螺旋の投擲》
それを体に打ち込まれた瞬間、肉体と魂やその他全てにおいてその場所に縛られる。先程のように幻ではないことは間違いない。死した瞬間に発動するとしても、この場所から離れることは出来ず、その一片も離さない。
そのあまりの強大さにその地面ごと垂直に穴が開く。大体数百mくらいだろうか?もう光などなく何もないところなのだが、不思議とグランダの体が発光してる。瀕死ではあれど、そんなグランダを目撃しオウディオスはその力の正体に気付いてしまう。
「そうか、貴様、その姿は憎きあの……。」
言葉はそこで途切れ、グランダが新たな魔法で絶命させる。
「《解し燃ゆる炎斧》」
跡形もなくその体は朽ちていく。魂だけとなった瞬間、オウディオスの能力が発動する。魂から肉体を再生する。そこに体はあるという結果を残してからの再生であるために絶対的なものだ。しかし、螺旋の投擲により、その魂は囚われ、全てを灰燼と帰す炎斧により、魂の一片も残らない。そこに残るはオウディオスの能力により蘇った体だけ。魂がないから動くこともなく、炎斧により結局は消される。
後にグランダが最強の魔王を討伐したときの穴として、観光所となるが、アーデルの献身により塞がれてしまうのは、よく聞く話となる。
グランダが地上へと戻り、アーデルを担ぎ上げ運ぶ。アーデルは恥ずかしそうにしていたが、んなことはどうでもいい。面倒だが、自分のファンの一人を無残に扱うわけにもいかないからだ。
少し昔の話となるが、悪魔に襲われていたまだ幼きアーデルを助けたのがグランダだった。そこからギルマスまでに登り詰めるキッカケとなったのもグランダ。妙に正義感が強いのも自己犠牲精神も元はといえばグランダに影響されてのものだったが、実際の中身は言うほど崇高的な存在でなければ、憧れていたその偶像もただのガラクタと成り果てたのは丁度アーデルが初めて出席した四帝会議のときだった。
そんなこんながあっても、グランダはわかっている。未だに自分のことを少なからず好いていてくれてる。表には出さなくとも、それは担ぎ上げてる今もよくわかる。
あとの雑魚敵はスカーラがやってくれるだろうし、自分のギルドにて回復させるとしよう。グランニャーノはふらふらと何処かへ行ったが、まだ魔力量的に問題なさそうだったし、放って置いた。この街に存在する悪魔が全員で向かっても負けないであろうからだ。
何はともあれ、美味しいところだけ掻っ攫って行ったグランダは自分でも思う。正義を持ってはいるが、善意ではやらない。だから、善人ではないんだよなと。アーデルは未だにグランダの正義だけは信じている。それが彼女がまだ子供に見えてしまう所以かもしれない。
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アーデルは一命を取り留め、魔王についての四帝会議に出席した。魔王が突如全員集合するというあまりにも異質な現状と死したことによる悪魔での統率の乱れ。話すべきことは沢山ある。今回の騒動で低級悪魔もかなり減衰した。直ぐには世代交代は起きないだろう。悪魔側にも休息が必要とされる。ただ、統率が無くなることにより、一部の悪魔が侵入してくる可能性がある。もしかしたら、上級悪魔も自分の力を誇示する為にやってくるかもしれない。だからこそ、結界を張ることは最優先事項として、話は纏まった。暫くは四帝ともこの街から離れぬようして、マスタークラスが近くにある町で護衛の任を与え、スカーラの部隊が他の大街へ今回の事についての説明。
それと同時に各々は己の力について思うところがあった。スカーラは魔王に対して何の役も立てなかったこと。暗殺が専門とはいえ仮にもギルドマスターを名乗っているのだ。何かしらの新スキルの習得は必要とされるだろう。グランニャーノはマーリンという自分よりも魔力量のあるものの存在に少し興味を寄せていた。アーデルに対する心境の変化もあり、初めて悩んでいるかもしれない。そのアーデルは自らの力をまともに制御できないことを悔やみ、より高みを目指そうと覚悟を決める。だが、彼等の悩みは簡単ではない。ある一定のラインに到達した時点でそこからあるのは恐怖だけ。頂点にいると言う緊張感。そこから落とされないかわからない恐怖。どの方向へ進めば良いのか誰も教えてはくれない。何故なら自分こそが皆のお手本であり、憧れ、畏怖される側なのだから。
そんな三人をさておき、今夜一緒に寝る女の子は誰にしようか悩んでいた。真面目にどうでもいい悩みで、本人も周りに合わせて、悩んだふりしてるだけなので、結局はその時の気分となるだけだろう。そんな四帝の雰囲気に周りの従者は唾を飲み込み、じっと待つ。その緊迫した空気の中で指1つ動かすことはできず、固唾に見守る。
そんな空気を真っ先に壊したのは、やはりグランダ。
「んじゃ、ある程度落ち着いたら、俺等4人で四方向にある魔王領同時に落としにいってみっか!」
「「は?」」
「(…………?)」
全員がグランダの言葉に衝撃を受ける。いつも大雑把で適当な奴だとは思っていたが、それには驚嘆を隠せなかった。皆がなんとなくで言ったのではないか疑惑の目を傾けるが、飄々と躱し、言葉を続ける。
「皆の言わんとしてるこたぁわかるぜ。街の守護だろ?その守護を落ち着くまでの間にギルマス総動員で鍛え上げればいいってことよ。今いるBランクの奴らをAランククラスにまで力を底上げすれば、神系のやつでない限り倒せるだろ。」
あまりにも無計画的で出来るかもわからない夢物語。机上の空論だということは誰しもが悟った。だが、それを話してる相手が違う。この世界で最強の男だ。しかも、嘘が嫌いと有名な。
つまり、やると言ったら必ず有言実行する男なのだ。普段の怠け癖さえ直せれば、真の意味で勇者ともなれただろう。しかも、一瞬しか歴史に刻めないような勇者ではなく、未来永劫に名を刻める偉人になれるぐらいのことはやってのけられると確信している。
だからこそ、誰からも反論は出てこない。
暫しの地獄で底上げが出来るなら甘んじて受けるべきではないかと思わないだろうか?と思ってしまうが、自分達より遥かに脆い。手加減出来る気がしない。いや、その辺りは考えようだ。龍種に放り出して危うくなったらサポートしにいけば多少は経験となるだろう。
それだと、回帰魔法が使える者を沢山必要となる。最悪の可能性にも対応出来なければならないからだ。
しかし、これには一つ欠点がある。街から離れられないギルマスが行けるはずもなくサポートも不可能だ。やはり、少し問題があるようにおもえるのだが……。
「ま、良い案あれば、来週の会議にで提案してくれや。先に始めてても良いぞ。準備運動くらいはしなきゃ、体鈍ってる奴も居るだろうしよ。」
「そうですね。……って、結局思いつきだったんですよね!?」
「んん?俺のスーパー的な迷案にケチを付ける気か?」
「その言い方の時点で間違いなく思い付きですね。」
「もしかして、その名案って迷うの方だったり?」
スカーラがニヤリと笑う。
「んなわけねーだろ。俺は常に真っ直ぐ進んでりゃあ!」
本人も思い付きで言ったせいか、細かいところは特に何も考えてない。故に迷走してたのは言うまでもないだろう。本気で考えたなら思考力も超一流なので、まともな案も出せたが、敢えてしないのがグランダという男の面倒臭さだ。
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眠りについたレケは現在エレイン管轄の病院にて、療養中だ。眠っているとはいえ、毎日栄養は必要だ。生きていくのに人が必要なことである以上、いつまでもマーリン宅で面倒を見るという訳にも行かないのだ。反対意見は意外にもなかった。セリエレが何か言いたそうにしていたが、マーリンがセリエレを何も言わず抱き締めた。それが少しは心の救いとなったらしく、納得した。アセトは元から何もない。確かに多少なりとも過ごした仲ではあったが、今生の別れではない。いつかは目を覚ます。悲しむ必要はないとのことだ。
レケが目覚めたとき、きっと体は弱って体力も落ちてることだろう。リハビリが出来るようにある程度強くなっていなければ…どうせなら、皆で盛大なパーティが開けるように沢山お金を貯めておこう。
そんなことを考えながら、彼らは今日もギルドへと向かう。




