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大罪庭園-taizai teien-  作者: A-est
第一章「強欲のフェアツェルト」
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第二十話「眠り姫」

フェアツェルト編1-4「レケ」

思い出した。思い出してしまった。

この可愛らしい少女は如何なる方法を使ってか、この偉大なるボクの体を心を操り、こうして彼女を生き返らせるにまで至らせたのだ。怒りで頭に血が上る。ただ1つ腑に落ちないことがある。


「それなら、何故わざわざボクを生かしてまで君は死んだ!?生き返る保証は何処にもなかった!失敗したらどうしてたんだ!」


この蘇生の儀も過去に複数の賢者や魔王達が幾度も試し、一生を掛けてなお成功しなかった都市伝説扱いの魔術式だ。その機構の仕組みを理解できる者が居たとしても、そこに至るまでの式が不明だったり、魔力が足りなかったりと、まるで神が邪魔をするかのように不自然までに成功例が1つもない。実際に邪魔はしてるんだろうが、とすれば、成功したのは奇跡の中の奇跡。生物の存在する星が生誕するくらいの天文学的確率である。それに賭けた彼女が狂気的なだけなのだろうか?


「きっと、フェアツェルトのことだから、"キセキ"なんて思ってるのね。そんな訳ないじゃない。必然よ。アナタという道具が欲しかったからアナタを生かした。それだけの話。」


今の言葉で理解した。

少なくとも知識は10年分の中にあり、必然に至らせたのは彼女のスキルによるものだ。どのようなスキルかはわからないが、確率の操作でもしたのだろう。なにせ、確実に可能にするならそれくらいしか思い付かない。


「本当に残念だよ。」


フェアツェルトは今、静かで大きな怒りに満ちている。憐れむようにレケの方を見つめる。そんな視線を感じ取ってか、レケは妖艶にニコリと微笑みを返す。その余裕な態度を見て、憐れみを深める。少なくとも自身に危険が迫ってるのは理解出来ているだろう。にも関わらず、媚びることもなく選んだのはその笑み。死に値するほどの侮辱だ。


「ボクに勝てるつもりでいるのかい?」


「あら、私を傷付けるつもり?ダメよ。おいたしちゃ。」


殺気を放ち、強大な魔力がフェアツェルトを中心に渦巻く。に対して、魔力探知を使っても間違いなくわかる魔力の低いレケ。膂力的にも少女に相応しい。多少なりとも悪魔殺しをしていたのだから、一般よりは身体能力があるとはいえ、魔王とは比べるべきではない。その差は歴然。赤子の指をひねるかのようにあまりにも脆弱な存在である。


それは聡明なレケならば、当然わかっている筈なのに、寧ろ近付いて来た。その奇妙な行動こそフェアツェルトに1つの確信を至らせる。


レケの固有スキルは強大な何かだとわかっている。とすれば、何かしらの条件、枷がある筈だ。それが直接触れるということ。


即座にバックステップし、詠唱破棄で魔法を発動する。


「遅い。《掠れ逝く現-グレイジッド・リアリティ-》」


マーリンの台詞をそのまま借りただけだが、流石は長い付き合い。意識せずともマーリンと同じ言葉が出てしまう。詠唱破棄とはいえ、ギルドマスターでなければ、耐え切ることなど出来ないほどの魔力圧だ。レケも例外ではない。その眠気に耐え切れず、一瞬にして眠りについてしまう。


しかし、そこで油断はしない。レケに近付いて改めて《掠れ逝く現》を完全詠唱と魔法陣の元に掛け直す。もう二度と目覚めぬように掛けようと思ったが、そこで1つの異変を感じ取った。


薄々わかってはいたことだが、レケの体に潜んでいたとはいえ、そこで得られる魔力も微量のもの。体を維持するだけで精一杯なのに、こんな大魔法を使ってしまえば、体が崩れるのも仕方のないこと。少しずつ砂へとなっていく自分の体を見て、レケの血を飲んだあの日のことを思い出す。あのとき、何故殺してしまったのかこれまでずっと悩んでいた。その相手が殺すに値するような存在だったのは何とも悲しいことだが、それでもあのときの後悔があって殺すには至らなかった。


もしかしたら、マーリン達が何とかしてくれるかもしれない。そんなあり得ないような希望を抱いているのはまだまだ自分が甘ちゃんだと言うことだろう。とはいえ、共存を目指すような強欲なボクなのだから、ある程度は許有出来る者でなければならない。こんなレケもきっと変われるに違いない。


あと一つだけ悔やむことがあるとすれば、セエレに謝ることが出来なかったな。マーリンと会ってることがバレて仕方なく城を去るとき、セエレは悲しそうな目でボクを見送った。ボクのことを兄のように父のように愛してたから、きっとあの後泣いていただろう。でも、臣下の前ではそんな姿は見せられないから、辛かっただろう。先程まで慕っていた相手を殺さなければならない側に回るというのは耐え難い。故に他の魔王に操られるのも簡単だった。精神的に弱り切っていたのもよくわかる。


だからこそ、セエレには誤りたかったが、謝れそうにないな。


「レケ!フェアツェルト!」


後ろからマーリンの声が聞こえてくる。

でも、もう何も聞こえなくなってきた。


「フェアツェルト様!」


あぁ、ナニモミエナイ。クラヤミのナカでナニカキコエルキモスルガ、キットキノセイダロウ。スマナイ。スマナイ。スマナ……。


天辺まで辿り着いたマーリンとセエレの前でフェアツェルトが砂へと変わり、溶けゆくのを呆然と見ることしか出来なかった。マーリンが急いで回帰魔法を使おうとしていたみたいだが、もう遅かった。


セエレは膝を付き、嗚咽を漏らし滂沱している。手が震え、何度も主の名を呼ぶ。しかし、そこにあるのは砂と眠ったレケだけ。愛しの主はこの世を去ったのだ。例外はあれど、悪魔は死ねばそこで終わり。特に魔力の枯渇による死は不可逆の魔法でも使わない限り蘇生は不可能。そもそも不可逆の魔法など、神でも無ければ使えない。人や悪魔の身にはあまりにも手に余る。


フェアツェルトの死を受け入れられなくて、セエレは人形のように固まって動かない。そんな姿にマーリンは活を入れる。


「しっかりしろ!セリエレ!先ずはレケを助けるんだ!」


マーリンとて心の負荷は大きい。マーリンが不老になりたての頃からの長年の友であるフェアツェルトがこのような結果で消えてしまったのだ。今のを見た限り魔力の枯渇による死だ。魔方陣を見ると掠れ逝く現で間違いない。レケの心臓は動いてる。この状況だけを見るならば、単純にレケを眠らせて何かをしようとしていたように見える。


只、フェアツェルトはレケを操っていた時点で、レケを眠らせる必要はない。特にこの塔で行えるのは蘇生と永遠の死のどちらかと言われてることからも、殺す目的ならば眠らせる必要はない筈だ。失敗した可能性もあるが、そもそもフェアツェルトがレケを殺す理由がない。傲慢なところも多少はあれど、根は優しい奴だった。とすれば、レケを生き返らせたと解釈するのが正しい。


では、今まで見ていたレケはレケではないのだろうか?ピースが足りなくて結論には至れない。


フェアツェルトがあまりにも強く眠らせたせいで、自分では解除が出来ないと理解出来た。だからまずはこの何があるのかわからない塔から脱出することが先決というところに至ったのだ。


マーリンの声に少し反応を見せるが、未だに動かない。レケを両手で抱いていたが、セリエレの前で膝を付き片手をレケから離して、セリエレの肩を揺する。


「しっかりしろ!セリエレ!」


言霊を乗せて、セエレの新たな名を呼ぶ。そうして、やっと目線が合った。片手にレケを持ちつつ、セリエレの脇を持ち引き摺る。それによりセリエレが漸く歩いてくれるようになった。


「セリエレ。座標操作は使えるか?」


「だめです。レケ様と契約していた筈なのに途切れてます。」


「それなら、私と契約しろ。」


セリエレは俯きながら頭を横に振る。もしかしたら、レケではなくフェアツェルトと契約していたかもしれないのだ。レケに異常があって解除された可能性も確かにわかるが、それでもフェアツェルトの方を信じたい。フェアツェルトと唯一あった絆を感じていたい。そんな乙女チックな思考により、マーリンとの契約が出来ず、踏み止まる。


けれど、マーリンももういっぱいいっぱいなのだ。子供じみた理由など聞くはずも無く、使えるものは何でも使う。未だにフェアツェルトの死が重く熨斗かかっているセリエレに対して叱責を飛ばす。


「唯一生きたレケがどうなっても良いと言うのか!私は賢者であれど、回復術師では無いんだ!!回帰が使えるからと言っても上限がある!だからこそ、一刻も早くここから出て、見てもらわなければならないのに、下僕であるお前は何をしてる!泣きじゃくってもフェアツェルトは帰ってこない!それよりも彼の残したこの子を助けるべきなんじゃないか!?」


ズクンッ!!


その言葉はセリエレの心臓にまで深く刺さった。

まさにそのとおりだ。フェアツェルトは形見を残している。奇しくも二人目の我が主という形でだ。直接的な繋がりは途切れたかもしれないが、レケにはきっとフェアツェルトの面影があるに違いない。


初めて出会ったときも私はおかしくなってる中でも確かにわかった。レケはフェアツェルトだと。もしかしたら、あれはフェアツェルトがレケの中に居たからかもしれない。何故なのかはわからなくとも、彼女はきっとフェアツェルトと縁のある人物なのだろう。そんなレケ…主様と共にフェアツェルトの話を出来たら最高ではないか。


そんな主様があのマーリンにすら手の負えない状況に差し迫っている。剰え、この軟弱な私の手を必要とされてる。ならば、手をお貸ししなければならないのが私ではないのか?私は彼らの執事となったはずだ!


セリエレの姿形が変わっていき、男の執事へと戻る。その目には先程の迷いなどなく、マーリンを真っ直ぐに見つめる。跪き契約を始める。正直に言えば、迷いを完全に断ち切れたわけではない。けれども、少しは踏ん張りがついたというわけだ。


契約が終わると共に古代遺産認定されてるにも関わらず、何の遠慮もなく残った魔力で全力で壁を破壊する。一応、硬度も今では考えられないくらい恐ろしいものなのだが、流石は攻撃魔法特化の賢者だ。大して障害にはならなかったらしい。


その大きな穴からあちこちで煙の出ている街が遠くに見える。空に悪魔が居ないことからもぼちぼち戦いも終わってきた頃のようだ。あそこにはギルマスが4人居るのだ。魔王も残り一体となり、雑魚専門のスカーラが最後のお片付けをしているところだろう。


「セリエレ、ギルドまで飛んでくれ。」


「はい!」


不思議とマーリンの微かな魔力が体に覆われてることがわかる。限りなく透明で純粋な魔力。血管を通る感覚すらした気がするくらいだ。こんな魔力を使った魔法なのだから初級魔法ですら上級並に火力が出て当然だ。そんな凝縮され無駄のない魔力が注ぎ込まれたせいなのか、いつもより発動するのが楽に感じる。


いや、寧ろ、ギルドの場所がわかっているのだから座標だけ確認してそのまま直接行けるのでは……?


いつもと違う感覚故に見えない範囲に飛ぼうとする。そして、触れてもない筈のマーリンとレケと一緒に転移する。風景が引き伸ばされて光と共に戻るとそこはギルドの中であった。


《座標操作Ⅱ》


「これは……!」


あのマーリンも目を開き驚いている。だが、直ぐに感動の先から帰ってきて、回復術師を探すと運良くエレインが居てくれた。エレインはレケを見るなり、即座にこちらへ来てくれた。


「レケさんどうしたんですか!?」


何の反応もないレケをギルド内に作られた簡易ベッドに乗せるよう指示し、テキパキと外傷の確認、魔力の確認、呪いの確認、魔法の確認を行っていく。その結果、マーリンも予想通りの強力な睡眠魔法に掛かってることがわかった。


「これ程までに強力だと私でも完全な解除は困難ですね………少しずつ軽減することなら出来ると思いますが、あまりにも大きすぎてどれくらいで目を覚ますかまでは…………。」


苦手ではあるがその掛けられた魔法の魔力量から計算するにマーリンだと1ヶ月を見積もっていた。だから、その間の保護を目的にしていたのだが、自分よりも専門的なエレインは衝撃的な一言を口にする。


「私が毎日解除を試みて、恐らくは半年で目を覚ますんじゃないでしょうか…。本当なら二度と目を覚まさなくなってもおかしくないくらいなんです。これは最早、魔法というより呪いですね。彼女の魔力や体中に複雑に絡みついているのです。」


マーリンの足が少しふらついた。そこをセリエレが何とか支える。マーリンの許容量をおーばーしたのだ。何故、フェアツェルトはこんな魔法を残していったのだろうか。そんな疑問だけが頭の中で渦巻いている。

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