第十九話「消させられた出逢い」
セエレ編1-8「オウディオス」
フェアツェルト1-2「レケ」
ぼんやりとした目でその塔を見上げる。ここに来たのは何十年ぶりだろうか?いや、この体でマーリンと出会う前に一度来ていた。だから、ある意味馴染みの場所とも言えよう。
今では考えられないほどに高度な罠が仕掛けられているからこそ、自分以外の体でも様子見に来ていたのだ。
そう、レケの体を操ってるのはフェアツェルトだ。
正確にはレケが死んだ瞬間からずっとフェアツェルトはレケの体として使い意識の奥に潜んでいた。故に、親しい者達がフェアツェルトと間違えたのも本人の魔力であったからだ。アーサーのときも無理やり引き出そうとされた為に一時的にフェアツェルトが魔法を使った。レケでは不可能な魔法さえも操ることができた。そういうからくりだ。
フェアツェルトはあることを確かめたが為にこうして実行へと移したのだ。マーリンが追ってきてるのも気付いてる。きっと、彼なら直ぐに罠を掻い潜ってしまうだろう。早く終わらせなければならない。道は完全に頭にある。天辺に行くぐらいは問題ない。問題があるとすればその次だ。
レケを生き返らせることこそがボクの目的の1つなのだ。とはいえ、死者蘇生を試した賢者や魔王は過去に腐るほど存在したが、成功例は聞いたことがない。ボクが生まれる遥か昔の古代文明ではそういう例があったとは言われるが、所詮は昔の話。確証があるわけではない。
只、ボクはそれを信じて魂についての研究を数年程していた。それの関係でここの塔も徹底的に調べたのだが、ボクの見立てでは蘇生は可能だ。
魂と肉体とそれを繋ぐ魔力。只、ボクでは魂の存在は確認出来なかったがそうでなければ説明が付かない。魂を例えば魔法のようなスクリプトとして扱うとすれば、ボクの記憶にあるレケの存在をそのままデータとしてコピーし、それを体に入れ、ボクの微調整による魔力操作で新たな人格が動くのでは?と思い試したところ成功した。元々この体自体、本物のレケの体で間違いない。コピーとはいえ、元々の魂に似たものだからこそ適応出来たのは運が良かった。ボク自身の強引な手腕によるところも屡々ありはするけれども、結果オーライというわけだ。
あとは、どういう仕組かはわからないが、魂を引き寄せるこの塔の最上階にて、蘇生を行うのみだ。もしも、レケの魂がここにあるならば、引き継がれるという形で定着してくれるはず…。
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街に残る悪魔の中で恐らくは最後の一体であり、イレギュラーな存在でもある魔王との剣撃が繰り広げられていた。アーデルの放つ光速の剣捌きをその体中にある飾りではない手によって、のらりくらりと避けられたり、自らの持つ剣により軌道を変えられたりと攻撃が全く当たらない。それに対して、無詠唱のグランニャーノの魔法も魔力索敵能力が凄まじいらしく、背後からの攻撃も避ける。基本は氷剣による攻撃なので、それもワルツを踊るように軌道を変えて直接当たらぬようにする。
先程のアザゼルもそれなりに面倒な相手ではあったが、この魔王はそういうレベルの相手ではない。アザゼルは能力に長けた魔王であったが、このオウディオスは間違いなく戦闘特化タイプの魔王である。ただ、不滅と言っていたのが少し気になる点でもある。幻王も不滅という単語から予測するに恐らくは幻の王という意味であろう。こいつも超速再生もしくは条件下の不死身を持ってるのだろうか?
剣と剣のぶつかり合いは熾烈を極め、あまりの強さに何度も弾かれる。それを強靭な腕で抑え込み、次の斬り込みに移る。アーデルは光化により、力を使うのに筋肉を必要としていない。オウディオスは魔力によるカバーなのかわからないが、お互いに肉体疲労はないものとして考えても良いだろう。
そんな狂戦士二人による攻防の隙を何度も突いては横槍を入れるのがグランニャーノ。魔力と気配を遮断し、ダメージを入れようとしてのことだ。そんなグランニャーノの企みなどオウディオスも承知故に、目の前の敵よりも背後の敵の方に注意が向けられている。
とはいえ、グランニャーノは少ない魔力をやりくりし、多彩な方法で攻撃を仕掛けるがために、既に10回中数発は当たっている。だからこそ、グランニャーノに注意が行ってるのだ。グランニャーノの手に持つ氷剣とて、魔力で作ったとはいえ禁断魔法による武具だ。下手すれば魔剣より危うい存在。当然、その一撃は計り知れず、数発食らってなお氷剣の魔力に蝕まれてないということは既に異常なのだ。アザゼルに関してはそもそも傷すら付かなかったからこその理由だが、オウディオスは傷がきちんと付いている上でのものだ。
だからといって、アザゼルの方が強いのかと思えばそうとも限らないのが難しいところだ。アザゼルは肉体が無ければ死んでしまうが、オウディオスは魂さえ滅ばなければ死なないというとき、圧倒的にアザゼルの不利となる。勿論、アザゼルが魂へ干渉する系統の魔法が得意ならば別の話だ。実際、召喚魔法が使えるのだから出来てもおかしくはない。
だが、使えなかったときは何のデメリットもなく無尽蔵に蘇る相手と永遠に戦わなければならなくなる。しかも、相手は戦闘特化であるという最悪のカード付きだ。この条件だとアザゼルは間違いなく負けるだろう。例え、全攻撃無効を付けたとしても、いつかは読まれてしまう。特に、アザゼルは隙も多いから余計にだ。
決め手が無く、アーデルは決死の覚悟をした。
完全光化を行い、速度で無理矢理にでも倒す。ただ、それだけのことだが、周りに回帰魔法が使えそうな回復術師は居ない為に、自身を治せる者はいない。グランニャーノが使えるかは不明だが、恐らくは回帰までは使えないだろう。
考えたくはない最悪の状況が正しいのなら、最初に殺されるのは間違いなく自分であると理解できるからだ。
それでも、それでも敢えての選択だ。
ここで生き延びる選択をしてもズルズルと追い詰められるだけだろうし、グランニャーノとの連携であっても、勝機がない。ならば、自身を犠牲にしてでも周りを助けなければならない。それが信条であり、自身の存在意義でもあるのだから。
にしても、最近はこの必殺技を惜しみなく何度も使用しているな。と思いつつ発動する。
「Schutzrittar・Schwert開放。光となりて敵を討つ!」
オウディオスの片手が真っ二つに斬られ落ちる。その腕の感覚からその痛覚の先を見て、アーデルの方を確認すると、視界から消えた刹那で、もう一本落ちる。そこでオウディオスは切り落とす瞬間のアーデルの姿を目視する。即座に落ちた腕を別の腕で拾おうとすると、その腕を更に切り落とされる。流石にその速さについていけないのか、全ての腕を動員させ、障壁を張る。
《曼荼羅多重障壁》発動。
手の先に数枚の障壁が張られ、それが何重にもなることにより、高防御を生み出す。そんな障壁も紙切れのように次々と割られていく。そんな壊れていく様子をただ呆然とみるわけではなく、1つ思考をしていた。光と同等の速さになったとしても、思考までそうとは限らない。寧ろ、今もかなりの負担がかかっているのだとすると、多様な攻撃パターンは出来ずパターンが決められてるのでは?と。
それは正に的中し、剣をタイミング良く振り下ろす。間違いなくアーデルの体を一刀両断にした。それも光化のしているアーデルにはただの物理攻撃が効かないことにまで思考が辿り着いていれば、良かったのだが、切った感覚はしてこず、障壁が変わらず破壊されるのを見て、より長考する。
それも間に合わず、とうとう体の腕が次々に切り落とされる。まだ、曼荼羅多重障壁を使う余裕はあれど、その先が見つからない。何度検討しても、思いつかない。よって、オウディオスは切られることを諦めた。
数秒経つ頃にはそこに肉片が散らばるオウディオスが居た。死んだのがわかると、アーデルも光化を解き、そのまま倒れ込む。只の体力消費ではあるが、それは常人なら死んでもおかしくないほどの負荷である。暫くは動けないなと思いつつ、グランニャーノの方を見ることすら出来ないのが残念だ。
きっと、グランニャーノは相変わらず無表情だろうが、もしかしすると、笑ってるかもしれない。一日にこれだけ魔王の相手をしたのは恐らく自分達が初めてだろうからだ。だからこそ、見てみたかったのだが、確認すら出来ないとは。
オウディオスは肉片となり、アーデルが倒れたところを見て、終わったことを実感する。たまには人助けでもしようと、気まぐれに回復魔法を使おうと近付くと、みるみるうちに、オウディオスの肉片が集結していく。
オウディオスは手の剣を振り下ろしつつ、アーデルには聞こえない程度の声で呟く。
「幻故不死身也。」
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とき同じくして、頂上へと辿り着く。
扉の先の円の部屋の奥に祭壇がある。円を囲むように灯火が魔法か何かで周りを照らしてるおかげでそこそこ明るい。そんな祭壇にレケは横になる。虚ろな目はゆっくりと瞑ると、祭壇の前にはフェアツェルトがいつの間にか立っていた。
時間を惜しむように、レケの体に手を当て、詠唱をしつつ魔力を注ぎ込む。祭壇の周りの模様が描かれていた窪みに光る水が流れ込む。それが祭壇へと集結し、レケ自身も光り出す。扉から部屋を出た先では、その部屋を包むように魂の形をした光る白いものが何百もグルグルと回る。まるで、体と共鳴する魂を探し出すように周辺の魂が収集される。そんな沢山の魂の中で適合するのは、その体の持つ記憶と同じ記憶を持つものだけ。フェアツェルト視点であろうと、記憶は記憶。その場所で同じことをしていたのは何処にいても一人しか居ないからだ。
次第に、1つの魂が部屋へと招き入れられる。それはまるで目があるかのようにふよふよと一直線にレケの体へと入っていく。そうして、光が収まっていくと、レケの体から心臓の動く音が聞こえてくる。
ドクン………ドクン………。
この時点でフェアツェルトは何もしてない。だからこそ、音が聞こえた瞬間歓喜した。やっと、フェアツェルトは1つの目的を果たせたのだ。後は人と悪魔との共存があるが、それはレケと共に歩んでいけばいいだけの話だ。
「ん……。」
レケが目を覚ます。
「ここは…………あぁ、そっか。フェアツェルトが続きの私を紡いでくれてたお陰で思い出せた。」
正に感動の瞬間だが、次の言葉でそんな場面もぶち壊されていく。
「全くフェアツェルトは手が掛かる子だね。」
衝動的に少しもやっとしたのだが、それがつい口から溢れてしまう。今までの苦労から考えたならそれも仕方ないかもしれないが、長く生きてる身としては少し子供っぽかったかもしれないと後々思うが、思考を止めて、悪い子を叱るように言った。
「あんなにも頑張ったのにその言い方は無いんじゃないかな?」
もしかしたら、そういう意味で言ったのではないかもしれないが、何故か反応してしまった。まるで、嫌な記憶があり、それを元に言ってしまったかのように。
「あれ?まだ思い出せないの?私との契約はもう切れてるんだから、思い出せるでしょ?」
確かにレケは一度死んだことにより契約はリセットされているが、なんのことだろう?思い出すも何もボクの持つ記憶は全てレケの元へ行った。つまり、少なくともその情報はボクの持つ記憶ではなく、魂に刻まれていた記憶の方になるということ。ボクが知ってるわけがない。
「私を生き返らせるように仕向けたのは私だよ。」
「…………え?」




