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大罪庭園-taizai teien-  作者: A-est
第一章「強欲のフェアツェルト」
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第十一話「糸は切られた」

マーリン編1-3「アーサー王」終了。


アーサーの剣を知覚していた二人がどうにか止めようと模索をした。しかし、スカーラの魔刀はアーサーには届かず、マーリンの簡略魔法では打ち消される。もう絶望的状況だ。


スカーラもマスターランクではあるものの、こうした戦闘は不得意だ。それでもAランク相手ならば優勢なのだから強いのは間違いない。しかし、所詮はそこ止まり。隠密に長けた彼の得意とするのは技の速さと不意打ちだ。


勿論、普通の相手ならば速ければ倒せるし、不意打ちで重傷を負わせる事も可能なのだが、こうした常時障壁を張るような者となると別だ。

どれだけ速くとも当たる前に消える。不意打ちをしても気にされることすらない。圧倒的な力による衝突がなければ、障壁は壊せないのだ。


だから、物理的に止めることは諦め、魔法で再挑戦をした。しかし、その全身を掛けた魔法さえも二本目の聖剣の開放により無残にも消え去った。

その上で別の世界線の自分判断ミスで死んだ。

きっと、この世界より少し温い世界線だったのだろう。死ぬのも仕方ない。


僕はマスターランク。尊敬される存在で、暗殺者の頂点に立つ者だ。なのに、その剣の鋒がレケの首を切り離そうとしてるのをただ見ているしか出来ない。

足が動こうとしない。手もほぼ尽くした。

僕のもう1つの切り札もこの状況では効力は皆無だろう。もうわかっているのだ。手遅れだと。


剣がレケの首に触れる寸前で大きな金属音が辺りに響いた。


ガギンッ!!


そこに立っていたのは北の女帝ダメンハフト・アーデルの武装姿であった。

黒い三つ編みの髪をたなびかせ、瑠璃色の瞳がメガネ越しに冷たい眼光を放っている。

いつものドジっ娘などそこにはいない。北のギルドマスターとして、仲間を切られたことに怒り、殺意をアーサーに向けている。


マーリンは即座に走り出し、レケを後方へと連れて行った。溢れる血が尋常じゃない。あと一時間あれば確実に死ぬだろう。


「回復します!」


いつもなら受付をしている少女がやってきた。彼女はAランクの回復術者だ。彼女の噂も聞いている。だからこそ、聞いてみた。


「腕ならここにある。回帰魔法は使えますか?」


「えぇ、数分あれば元に戻せます!」


回帰魔法とは回復魔法の上位互換である。回復とは、現在ある傷の細胞を活発にさせ、強制的に傷を無くすものである。それに対し、回帰とは時間を巻戻し、傷がなかった頃から今現在の時まで合わせるという超高度魔法だ。条件もあり使いづらいもので万能ではないのが欠点だが、その条件は今揃っている。

この魔法が使える魔術師は少ないのだが、彼女の場合受付嬢として働いていてあまり依頼はやらない為、Aランク止まりなのだろう。回復術士というのもあり、誰かのパーティに入るしかないというのも理由の1つだ。


一方、アーサーの方では、アーデルと付き添いのマスターランク シュワッツ・ヌーティゴンが対峙している。セエレは後方援助に徹するつもりのようだ。


マスターランクの14位シュワッツ・ヌーティゴンはその昔A級の神竜の子と単体で戦い片目を犠牲に勝ち取ったという戦歴のある刀使いだ。

その刀は大昔に土産としてニホンという国から持ち帰ったという先祖が残したものを見本としている。子供であったとはいえ、神竜の魔石を加工した刀は主を選ぶと言われる魔刀となった。


今は眼帯で片目を隠し更に長い髪で隠しているが、それは戒めの為のもの。油断をした故に出来た傷だからだ。


タバコを加え、黒髪を後ろで結んでいて、左側だけ髪が顔全体を隠すように垂らされている。瑠璃色の瞳に隈があるせいなのか少し目つきが悪い。

黒シャツと前を開けた茶色の革ジャン。戦闘には合わなさそうなジーパンを履いている。


「ほう、女。やりおるではないか、俺の剣を受け止めた褒美でもやろうか?」


何処までも見下し、馬鹿にしたようなその言葉は嫌がらせで言ったわけではなく挑発でもない。本心だ。本当にアーサーの剣を受け止められた者が懐かしいと言った感じである。その瞳に映るのは遥か昔に戦った思い出深い誰かである。面影が似ているわけではないが、目を薄めて微笑を浮かべている。


「では、貴方の命をいただくとしましょう。」


言い切ると同時に踏み込む。

大地を揺るがさんとするその踏み込みで音速の世界へと入り込み、大きく剣を振り下ろした。反射的にカリブルヌスで防ぎ、エクスカリバーで斜めから一閃する。それを腰にぶら下げていた柄で受け流す。よく見てみれば只の柄ではない。

アーデルの剣《Schutzrittar・Schwert》は刀身が横長である為に柄は盾として使うことが出来るのだ。シュワッツの刀の神竜の鱗から作り出されている。

例え、聖剣の一撃であったとしても、耐久値としては五分五分だろう。聖剣とて突然現れた訳ではない。今では考えられない古代の超技術か高位の素材であろうと創り出した者が居るのだ。

つまり、必ずしも負けると決まったわけでなければ勝算もあるということだ。


アーサーのエクスカリバーが受け流されるタイミングでシュワッツはアーサーの近くまで走り、抜刀した。その神速の抜刀と刀の力は簡単に障壁を破壊した。そのまま、刀をアーサーへと当てようとした時、突然エクスカリバーを手放し空中で持ち替えることにより、防がれた。


二人はアーサーから少し距離を取った。


「どうした?折角、相手にしてやってるんだ。来いよ。」


わざとらしい挑発だが先程と同じ様に振り被った瞬間、物凄い勢いでアーサーは剣を降る。


「聖剣カリブルヌスゥゥゥゥゥ!!!」


普通の剣ならば名を呼ぶことに然程意味はなさない。何故なら名前をイメージすることが大切なのは魔法であるからだ。どのような魔法なのか徹底としたイメージ力があれば、言わなくとも発動することは出来るし、言えば通常より大ダメージを与えることも可能である。


だから、本来なら呼ぶ必要はないのだが、魔剣や聖剣の類は別だ。スカーラのような自らの魔力を込めている場合は別問題だが、アーデルやアーサーのようにその剣が最初から魔力を持つ場合は、名を呼ぶことでより強化されるか何かしらの固有スキルが発動する。


アーサーがその聖剣の名を呼ぶと共に斬撃は空を舞い、遠く離れた木を切るかのように放つ。そして、その通り道の全ては光に包まれて、アーデルの体を一刀両断とした。


したように見えるのだが、アーデルの体をすり抜け後方へと斬撃が放たれた。障壁が壊されてることからアーデルの一撃は簡単に決まり、初めてアーサーの体に傷をつけることに成功した。


「グッ!」


アーサーはとにかく離すように大きく横に剣を振るとアーサー達は後ろへ下がった。アーサーには何が起きたのかわからず、一度あたったことにより、表情を緩めることはない。1ミリの油断さえも見せない冷徹沈着なアーデルを睨み付けた。


アーデルはまたもや同じ上段からの振り下ろしをする。寸分違わぬそれは相手を馬鹿にしてるようにしか見えず、1度見たそれを回避することも受け止めることも容易い。アーサーは一分の狂いもなくそれに合わせてカリブルヌスで防ぐ。周囲から見ても間違いなく剣同士は交差され金属のぶつかる音が聞こえる気すらする。

それをアーデルの剣はすり抜ける。

まるで、その剣は対象以外の全ての物質を拒絶するかのごとく、無音でアーサーへと襲いかかる。

当たる寸前でバックステップしたところにタイミングを図っていたシュワッツが抜刀を放つ。


「darkness is worn.斬る!」


イメージする為の簡略詠唱と共に刀から放出された闇の塊が鞘からも溢れ出てくる。そして、そのまま一閃。


流石に避け切れなかったのか浅く体に傷が付いた。


「グッ、なかなかやるな……。」


アーサーの顔に初めて冷汗を掻かせた。

低く呻くその声は間違いなく微小であれど焦りがあるはずなのだが、その表情は笑みであった。初めての傷は大昔の未熟だった頃の自分を自然と頭中で思い描いた。


自身の弱さを再確認すると共に敬意を評す。


「聖剣エクスカリバァァァァァ!!!」


何の予備動作もなく手に持っていたエクスカリバーの力を開放する。カリブルヌスは斬撃を遠くまで飛ばす聖なる刃を司る聖剣だ。それに対し、エクスカリバーは未熟だった頃のアーサーの為に作られた聖なる鎧を司る聖剣。その名を呼べば、その聖剣は鎧となり全ての攻撃を反射する。


全身が光り輝くアーサーに向かって、鞘に戻した刀で居合斬りを放つ。

シュワッツは先程の障壁の強化版と高を括って斬撃だけを強化した純粋な物理攻撃で切ろうとした。

仮にも特定の属性を無効化にする障壁であれど、無属性の単純な物理までは限度がある。その裏技を知ってるからこその一撃だ。


刀で体を2つに離すイメージ力を載せて、魔術と共に完璧に放った。

重力魔法を刀の初速に乗せて、反応しきれない程の斬撃だ。しかし、その刀で切った箇所をそのままアーサーは反射した。


「ぐふっ………」


ポタッ…ポタッ……


その力がそのまま返ってきたシュワッツの体が2つに切り離される。余りにも綺麗な切断面はゆっくりと半身がズレて行き口から溢れる血の雫の方が数秒早く地面へと落ちる。それと同時にアーデルも攻撃する。中断からの一閃をするが、攻撃は通らない。


アーデルへ反射された斬撃はアーデルに当たることはなかった。

正確には当たっていたのだがまたもやすり抜けたのだ。


「クフフフハハハハハハははははは!!!どうした?どうした?俺に傷を付けてみよ!」


全く当たっていないその攻撃を見て今度は挑発をする。唯一、同じく当たらないアーデルは不気味に思えど、今の一撃で彼女の攻撃も当たらないのは実証済だ。この鎧を前にして立っていられる者など居ない。誰にでも扱える訳ではないが、音速の域にまで達している俺の動体視力ならばこの反射能力のある鎧の効果を適切に使うことが出来るのだ。

意識して発動しなくとも使えはするが、その分燃費が悪い。


当然、無敵というわけではない。

知覚出来ないもの。例えば、呪いとかは反射出来ない。そもそもかけられても闇属性のこの体にはそういう類は効かないからだ。


つまりは、最強の盾。

勝てる者など存在しないと言ったところか。


そんな中でも希望を捨てずに立つアーデルは彼の鎧の反射能力は魔力を必要とすることを見抜いた上で魔力を削り取る方針に定めた。


「なるほど。では、私も。Schutzrittar・Schwert開放。光となりて敵を討つ!」


髪が白に染まっていく、瞳も白くなり、肌も透き通るような肌色になる。乾いた砂の上なのに歩く音が聴こえない。

そして、アーデルは消えた。


「ぐふっ!?」


突然、アーサーが吐血するが、誰も斬った瞬間など見えなかった。アーサーやスカーラは見えては居たのだが、あまりに速すぎて動けなかったのだ。


ギンッ!!!


刹那の間に剣と剣のぶつかる音が聞こえる。

アーサーもその速度に追いつこうと必死になるが、アーデルはその上を行く。


「どうした!息が絶え絶えだぞ!」


音速のその世界の中で速度を増して行く彼女の息切れの声を微かに聞いた為に挑発をする。このまま耐えれば先に止まるのはアーデルの方だと確信したからだ。


人間にしてはあまりにも異常なスピードだが、それでも秒速600m程度だろう。最初は見失ったが、アーサーは既にそれに追い付いていた。


息が切れ始めた上で更に速度が上がっていく。

体に傷が無数に付き始めるが、絶望というよりは勝ちを確信したような笑みを浮かべる。


(息が切れ始めた時間と体の大きさと呼吸のタイミング、心臓の音、運動量から計算した限りあともって数秒だ。それまで耐えれ……な!まだ速くなるのか!)


もう彼女はスカーラやアーサーの動体視力を超え、光速の世界へと入り始めていた。秒速1000m、秒速4000m、秒速9000m、彼女の残像が空気中に浮かび上がる。


もうアーサーはただの斬られるだけの存在と成り果てて居た。1秒経つごとに全身を余すことなく斬られ、2秒経つ頃には肉塊と言っても過言ではない状態に。3秒経ったあと、そこにあるのは剣と肉の切れ端だけ。


そして、彼女はそっと止まる。


「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ…っんはぁはぁはぁ」


マーリンはシュワッツの元で回帰魔法を発動し、治していた。どうやら一命は取り戻せそうだ。


誰もが未だに勝てた実感が沸かず、目の前のドジっ子アーデルの強すぎる力の前に畏怖すら抱いてる。そんな目で見られるアーデルは内心またやってしまったと思いながら、その視線が嫌でその肉の残骸の方へ向いた。


細かく切ってる時に唯一切れなかった硬いものがあることを思い出したので、それを探すことにした。


その瞬間誰もが油断をしていた。

本当ならマーリンが気づくべきだったのだ。


突然飛んできたエクスカリバーに反応出来ず、アーデルの心臓を一突きされた。


「ガハッ」


そして、ゆらりとそのエクスカリバーを左手で持ち、右手はアーデルの腰を抱きニヤリと嘲笑った。


「駄目じゃないか。俺の生死を確認しなきゃな。」


その肉の残骸が次々と集まり、アーサーは傷跡無く蘇った。


「どうして……。」


命の灯火が消え失せそうなそんな状況でも鋭い殺気をアーサーへと向け問うた。


「そりゃあ、俺が不死だから……だろう?」


アーデルは思い切ってアーサーを押し飛ばした。

体に突き刺さったエクスカリバーが抜けると共に大量の血が噴き出す。アーサーの姿が朧気にしか見えず、明らかに瀕死。その体で必死に立ち、アーサーを物凄い形相で睨み付けた。


「おやおや、大丈夫かな?」


「っ………!!」


明らかな嫌味を放たられるものの今のアーデルには反論する余裕はなく、そこに立ち竦む。とはいえ、絶望し思考停止してるわけではない。睨みつけたのも強がりから来たわけではない。


アーデルは既にその不死のカラクリに気付いていたのだ。

そのカラクリを解決する手段までわかれば、万々歳なのだが、そんなことを思い付けるわけもなく、何度も考え続けてる。


アーサーとて、自分を殺しかけた者がより思考を深めているなら、焦るはずだ。だから、考える時間も少ないのはわかっているからこそ、呆然と立ち竦むしかなかった。睨みつけたのも強がってると見せる為のフェイク。実際に殺意があるのは間違いないのだから、あながち嘘でもない。


とはいえ、体力面でももう限界だ。

あとはやってから決めることにした。


「Schutzrittar・Schwert開放。光となりて敵を討つ!」


光のように白くなり、再度アーサーへと斬り込む。

既に体力は尽き、根性のみで無理やり体を動かしている。命が削られて行くのが自身でもわかる。呼吸などもう忘我の外へと散ってしまった。心臓音がうるさい。心臓から血が溢れてるのだから仕方がない。いつ死んでもおかしくない。でも、あと少しあと少しでもいいからこの体動けと必死の想いで切り刻む。


その命を賭した剣舞をアーサーは多少目に慣れてはいたが、それでも目の追える速度的に一定のラインまでしか防ぐことは出来ない。次第に対処出来なくなって行ってるのは自明の理。不死であるということを見せつけたのに対して、何故防ぐのかと言うと殺される可能性を減らす為だ。


1つ勘違いしてはいけない。切断されきってから生き返るまでの間に何かしらの策を弄されることを恐れたわけではない。ここで体力を完全に使わせてアーデルを戦闘不能にすることが目的だ。


何しろこの中でマーリンの次に何をしでかすかわからない人物だからだ。マーリンの魔法は自分には効かぬのだから、アーデルを警戒して当然のこと。この二人さえ始末すれば、あとは塵芥のみというわけだ。


だからこそ、お互いにその行為を無意味だと思いつつも、こちらは敢えてその無意味な抵抗を一瞬だけでも続けるのだ。それこそがこちらの計画であり、勝機を確実なものとする為の布石なのだから。


ただ、その抵抗は本当に一瞬なものだった。

最初から加速するにあたっての条件は揃っている。1秒も経つ頃には全速力となり、正真正銘命の続く限りの斬撃を無数に浴びせる。


腕が切り落とされ、脚が細切りになり、だるまになって尚重力で下に落ちるより早く微塵切りにしていく。只の肉塊になっても切り刻み、そこにアーサーの意識はもうない。


それと共にアーデルの動きは止まり、地面へと何の受け身も取れず倒れ込む。ゴンッと鈍い音がして、頭から血を流すもののその体は一片も動かせずに、殆ど死体と化している。


そんな中で肉塊となったはずのそこには金に輝く何かの破片がアーサーの体があった場所で浮遊してることに気付く。その存在を唯一知っていたマーリンが真っ先に口を動かす。


「《連奏・多重障壁-アッソシアティヴ・バリア-》!」


障壁の上級魔法。その欠片を中心に無数のバリアが何十にも重なる。肉体がその欠片に集まろうにもその障壁が邪魔をして再生が出来ない。

よろめきながらマーリンはその欠片の前へと行き、その欠片へと手を延ばす。欠片を掴むと不思議と肉体はボトボトと重力に従い下へと落ち、それはもう動きそうになかった。


そして、幾重の想いが詰まり、感嘆のあまり口から言葉を溢す。


「やっと…やっと…………アーサー、もう眠りなさい。」


そうして、その欠片はマーリンへと吸い込まれる。

一同は何が起きたのかもよくわからず呆然としていたが、マーリンは自身の感情を制御し、アーデルへと向かった。行動の意図が受付の少女にも伝わり、目を覚まさせた。回復専門である彼女が真っ先に動けないなんて、回復術市の恥である。


重症で意識も昏倒としてるが、マーリンと受付少女の二重回復によりギリギリのところで一命は取り留めたようだ。受付少女は救援を呼び、皆が帰って行く。そして、残されたのはマーリンとレケの2人であった。


お互いにお互いの思うところはあった。

マーリンは何十年何百年掛けた仕事が一段落尽き、久し振りに安眠出来そうな気分だったが、レケのことを思うとそうは言ってられない。

アーサーによって手を翳されたとき、明らかにレケは何かを見ていた。それがレケの腕を治して尚、レケが動かない理由に直結するのは間違いないのだが、なんと声を掛ければ良いのか悩んでる。


一方でレケも過去のあの友との別れ。惨劇について思い出したくもなかったのだが、アーサーの見せたあの記憶は何処かしらおかしな点があった。もしかしたら…もしかしたら…と頭の中で何度も思考を張り巡らせてしまう。


そんな静寂も破られる。


「レケ、家に帰ろう。」


何度も考えた結果そんな簡潔な言葉となった。

ただ、いつものように戯けた口調でないのがマーリンの心境の変化を現してる。ほんの些細なことでこの一瞬だけかもしれないが、その言葉はレケを動かすほどに優しさに溢れている。


       ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦


あの後、イシスを忘れていたレケが急いで戻ったら、既に時遅し。先に家へと帰っていたイシスを宥めるのに自身の悩みなど吹っ切れた様子。マーリンもその日は熟睡したみたいで、次の日一番最後に目を覚したのには驚いた。更に驚いたのはフードを被っていなかったことにある。そのスラッとした細い体と手からはみ出すほどの胸と尻を見た時にはレケは自分への宛付けかと憤怒したが、今後マーリンは出かけるときもフードを被ることはなかった。


ただ、戯けた口調は治らず、声の阻害魔法を掛けてないからなのか優しい女性らしさが醸し出されるようになった。


ギルドの中に入るといつものドジっ娘アーデルが居て、フードを脱いだマーリンをマーリンだと説明すると共に新たな扉を開いてしまったことはまた別の話である。

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