第5話 夕暮れ
両親の後ろをひょこひょことついて行くリステリアの姿がある。
彼らが向かう先は里長宅であり、里に何かしらの影響を与える場合は必ず、真っ先に行かなければならないところでもある。
里長宅は彼らの家からほど近いところにあった。そこは里の中心部。
里長宅を中心として円状に家が散築されており、どの家からでもほど近い距離にある。尚且つわかりやすい場所でもある。
里長が住んでいるからと言って他の家よりも大きな家なのかと思うだろうけれど、他の家と同じ程度の大きさである。ただ、全ての家が全体的に大きめの家であるのだが。
彼らは里長宅に着くと、その扉についている木で出来ているノッカーを使って呼び出した。
そこから出てきたのは初老の男性で、風貌は父親とほとんど変わらない。
この里は近親相姦ばかりだから、そのようになるのかもしれない。近親相姦だとしても、何故か健康児ばかり生まれることが特徴でもある。
「何かあったのか?」
「ああ、ちょっと、この子についてだ」
「⋯⋯入りなさい」
初老の里長は家へ招き入れる。
それに従い3人はその家に入り、リステリアは一人きょろきょろと家の中を見回していた。だが、それほど珍しい物もなく自宅とほとんど変わらないとわかると、すぐに興味を失ったように両親の後ろをついて行く。
「それで、リステリアが何かあったのかね」
里長はリステリアを見ながら問いかける。彼女はその視線に少しだけ恐縮しながらも視線を合わせた。
「この子は俺たちが使った禁術で何度も死んでいると言っている。それで、もう一つの禁術を使ってやりたいんだ」
父親がそう言うと里長は顎に手をあてて考え始めた。それは半時間ほどの時間をかけて熟考され、その答えが出る。
「⋯⋯ふむ。リステリア、本当にいいのだな?」
彼女は突然の問いかけに訳も分からず首を捻ってしまう。そのことに驚いたのは里長の方だった。
「お前たち⋯⋯まさか何も説明しておらんのか?」
呆れたように両親を見る里長の目はゴミを見ているかのようであった。
二人はその視線を受けハッと思い出す。そう言えば何も教えていないと。
「⋯⋯すまん」
「はあ。儂が説明するからもうよい」
「本当にすまん⋯⋯」
里長は父親の謝罪を受け入れて話し始めた。
「“禁術”というのは二つある。一つ目は時間を巻き戻す魔法。二つ目が時間を進ませる魔法だ」
彼女はこれを聞いて、はてと首を傾げた。
それもそうだ。時間を巻き戻して無理なら進ませればいい、というのはあまりにもおかしな話。
それを至極真面目な顔で言われるのだから、嘘はつかれていないことはわかりきっている。けれど理解も納得も出来ない。
過去に戻り、未来を変えるというのは理解できても、既にいない未来へ行くなんてことは出来ないはずだ。
彼女は前世の知識も総動員した結果、そう結論付けた。
そう結論付けたのに、彼女は里長と両親の表情を見て、本当にそうだろうか、と疑心暗鬼に陥った。
「一つ目はもう経験していると聞いた。一つ目の時間を巻き戻す魔法は“魔王”とやらが倒せないときに使う魔法。弱い魔王が現れるまで使い続ける魔法だ。これをして、世界に平和を導く、それが我々の使命だ」
彼女は驚愕する。
“魔王”がこの世界にいるなんて初耳だったし、魔王が倒せなかったときの、まるで保険のような扱いの種族だったことの二つに。
だが、現実は非常なものだ。
既に時は満ちた。
彼女は突然の腹の激痛に苦悶の表情を浮かべる。
それは単純な食あたり。
前世においても死亡する危険のあるもの。
それをこの、まだ野生のような生活をしている種族でなったのであれば、すぐに死んでしまうということはわかりきっていた。
彼女は別れを告げる。
「もう、時間だ。⋯⋯ごめん、お父さん、お母さん、僕、二人の子どもでよかったよ」
今できる精いっぱいの笑顔を浮かべた彼女は次第に力を失っていく。
その様子を見た里長は慌てて緊急信号を打ち出した。
この里にいる子どもは既にリステリアただ一人。時期に絶滅することは目に見えているのだ。
里長はそれを里にいる者達に告げて行く。リステリアのことも。これまで幾度も生を繰り返していることも。
そして、里の心は一つになる。
龍人族。
それは温厚な人族の心を受け継ぎし種族。
温厚であるが故に、誰かのためであれば犠牲を厭わない。
心優しいからこそ、何者にも怒りをぶつけることはなく、武力を用いることもない。
それは理想のような種族。
それが、一つになり、そして一つの魔法を発動するためにそれぞれが龍脈の力と魔力を練っていく。
夫婦である者は男性が龍脈の力を、女性が魔力を練り混ぜて調和させていく。
独り身の者は一人でそれをこなしていく。
やがてそれは一人の胸元に集まった。リステリアである。
彼女の胸元に集まった膨大な力の塊は収縮されていく。収縮された調和された力の塊に一つのスパイスを加えて行く。
その役目は里長。
里長のみがこれを行うことが許されているからだ。
里長による最後の仕掛けが終わると、それは弾けた。
その凄まじい光量に龍人族の誰もが目を瞑り、そしてやり切ったような表情を浮かべた。
「うっ⋯⋯」
彼女が目を覚ます。
それは覚醒の時。
未来へ無事、送り届けられた瞬間だった。
「ここは⋯⋯」
そこは龍人族の里。だが、リステリアを除いた人は誰一人としていない。全くの無人。
彼女は気付く。これまでと違って“しっくり”くると。
「お父さん、お母さん」
二人を呼ぶが、応える人はいない。
「ミスティ」
それは一度だけあった、妹がいた記憶の時の妹の名前。
だが当然のように返事はない。
「里長っ!」
叫ぶ。
誰からも返事がない。
先ほどまでであれば、叫べば両親が飛んできたというのに。
彼女は家の外へ出る。そして初めて気付く。
「里長の家にいた⋯⋯?どういうこと?」
彼女の記憶の中に、里長の家にいたという記憶は失われている。けれど里長という人物は覚えていた。
「どうなってるんだ⋯⋯?」
何度目かわからない問い。それは空中に弾けて消えていく。
「意味が、わからない」
頭を抱え、蹲る。
それでも答えは出ない。
彼女の中に答えを見つけられるほどの情報が揃っていないのだ。
「死のループから、脱出した?」
この“しっくり”くる感じに彼女は本能的にそう思った。
もしそれが本当なのであれば、彼女は安心できる。でも、それを確認する術がない。
「カレンダーとかあればなぁ⋯⋯」
今日がいつなのかすらわからない。彼女はまだ5歳にもなっていないのだから、その辺りの常識を教わるには少しばかり早く、まだ教えられていなかった。
少しの時間が経ち、彼女は太陽が傾いていることに気付いた。
「これは、ほんとに、ループから脱出した?」
少しずつ、だが確実に方傾いて行く太陽を見て確信に変わる。
「やった⋯⋯抜け出したんだ、やっと」
それでも、と彼女は思う。
「どうして皆いないの?」
辺りを見る。けれど人影すら、それどころか人の痕跡すら見当たることが無い。
「わぁ⋯⋯綺麗⋯⋯⋯」
それは彼女が久し振りに見る景色。夕焼け。
雲の合間を縫って顔を出す赤く染まった太陽に、辺りが包まれ赤く染まっていく。その光景は前世のどんな夕焼けよりも価値があるものだった。
「安心したら、眠たくなってきちゃったな」
名残惜しくあったが、彼女は里長の家からほど近いところにある自宅へ帰り寝室に入る。そこに本来であれば一緒に寝ていたはずの両親がいないことに一抹の寂しさを感じながらも、これまでの精神的な疲れを取るように眠りについて行った。
「んぅ⋯⋯おはよ、お父さん、お母さん」
目を覚ました彼女は両親に挨拶する。けれどその両親は既におらず、返事がないことに気付いた彼女は前日のことを思いだした。
その記憶には里長たちが集まって“もう一つの禁術”を行使する場面も含まれていた。
完全に記憶を取り戻した彼女は朝陽を浴びながら、今後について考える。
「まずは、お墓だ」
土を掘って、扱えるようになった龍脈の力を使い墓石を作成すると、それの下半分を地面に埋め簡単に倒れないよう工夫した。墓石には里にいた全員の名前が書かれており、彼女はこれまでの記憶を洗いざらい思い出したのだ。
その中には“妹”の名前も含まれていた。
そこへ一人の来客が来る。
「む⋯⋯何故これほど静かなんじゃ?何があった?どうなっている?」
第一章完結っ
ここまでお読みいただきありがとうございます。
以前、マッチポンプだと言われ結構気にしていたので、そうではないように書き上げてみました。
感想や指摘などあればお願いします。