第4話 明日への道
彼女は目覚める。
それは最早日常となりつつあり、一向に先へ、明日へ進まない地獄の日々。だがそれでも生きていることに変わりはない。なんてことはない。
彼女が死ぬ度に両親が禁術を使い、生き返っていると勘違いしている。生き返るというより時間を巻き戻しているのだが、この際どちらでも変わらない。
重要なのは、平行世界を移動しているところにある。
別の酷似した世界へ移動することによって、更に死ぬ少し前にタイムスリップも付け加えることによって、運命を変動させることが出来る。
これがこの魔法のすごいところである。けれど、それは人によっては地獄でしかない。何度も記憶を保ったままタイムスリップのように、時間を巻き戻され、そして何度も死ぬ。死への道は多岐に渡るため、様々な死を経験することになる。それこそ、殺してくれ、と思うほどに。
彼女は現在、そういう気持ちになり果てていた。
「ほんとに、未来なんて変えられるのかな⋯⋯」
“リステリア”としての自我は既に生を諦めている。だが“彼”としての自我が辛うじてではあるけれど生へしがみついている。
その状態は、壊れやすいガラスのような心。
“リステリア”は弱みを吐き、それを窘める“彼”。今、そんな関係が出来上がる。それは自我の割合にも関係しており、もうメインの自我は“リステリア”となってしまっている。それでも“彼”は今回の転生において、前世の両親にも胸を張れる生き方をしようと思い必死にその体にしがみついているのだ。
「とにかく!さっきの時に龍脈の力を扱うことは出来たから、練習を繰り返すべき」
それは自分に言い聞かせるように、実際に自身の身の内に言い聞かせている。
彼女はまた龍脈の力を操る。今度は先ほどより少しばかり多い量で、若干上達しているように“リステリア”は感じた。だが“彼”は違和感しかない。
「(どうして、こんなに上達が早いの?さっきも急に操ることが出来たし⋯⋯何か、何かがある)」
“彼”は疑う。
何故これほど簡単なのか。
先ほどの両親も言っていた。
『リステリアは天才だ!』
それはつまり、この年で操れるようになることは異常であり、常識の範囲外であり、普通ではないということ。
「なんだっ!今のはまさか⋯⋯」
そしてまた、両親がやってくる。
そして今回のリステリアの知識、経験、記憶に妹はいない。先ほどの平行世界だけだったのか、という疑問が“彼”の中で渦巻いて行く。
「お父さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど⋯⋯」
“彼”は両親に問いかける。
それは全ての“リステリア”の記憶を手に入れた時から思っていたこと。
「⋯⋯なんだ?」
父親は彼女が龍脈の力を扱っていたことを問い詰めようとしていたが、当の本人から聞きたいことがあるという。それは興味をそそるものであった。
「どうして僕に、魔法を見せていたの?」
それは3歳にまで遡る。
彼女たちが魔法を、龍脈の力を使った魔法を見せられるようになったのは3歳の時。
それは何故か。
“彼”はそれがずっと気になっていた。
3歳と言えば、まだ自我が出来ているかそうではないかの境界くらいであり、物覚えは確かにいいだろうけれど魔法なんてよくわからないものを理解できるとは到底思えない。
そう考えると、“彼”は何故魔法を“リステリア”に見せていたのかがわからないのだ。
「ん?初めに言ったんだがな。小さかったから忘れてしまったか」
「へっ?」
思わぬ事実に“彼”は素っ頓狂な声をあげる。
その後すぐに記憶を漁った。けれどどこにもそのような記憶はない。
忘れてしまった記憶まで思い出すことが出来ないということが、唯一の欠点であるとも言えるかもしれない。
「龍脈の力は長いこと触れていると感覚的にわかるようになってくる。だから魔力を感知出来るようになり、少しでも龍脈の力を感じ取りやすくなるように何度も見せているんだよ」
その言葉を聞き、忘れていた記憶が脳内に浮き上がる。まるで鍵がかかっていたかのように。
そして納得する。
どうしてこれほど簡単に操れるようになったのかを。
「(これまで7回くらい死んでるはず⋯⋯。魔法を感知出来るようになるのが平均で7歳。だから、7回死んで、それに3歳から1年半以上⋯⋯この際1年半として計算しても、8年半以上龍脈の力を感じていることになる?)」
“彼”は考えた。
これまでの全てが引き継がれているのであれば、その龍脈の力に触れている期間が長ければ長いほど良いというのであれば、彼女はこれまで年齢以上の長い期間触れてきたのだ。
それは彼女たちも納得できる答えだった。
彼女たちは“彼”に感化され徐々にではあるけれど、自我も確固たるものになっていき、理解力も上がっている。それは“彼”の前世の記憶にある、科学と言った魔法とは違う力が知識にあるからか。
彼女は本能的に悟る。
「そろそろ時間だ⋯⋯」
それはこの生において、終わりを告げるもの。
彼女は死を覚悟する。
近くにいた両親は突然の呟きの意味が理解できず固まっているが、それでも聞かずにはいられない。
「それは⋯⋯どういう意味だ?」
彼女はぴくりと震える。両親がいることをすっかり忘れていた彼女は慌てて取り繕うとするけれど、母親にぴしりと言われてしまう。
「リステリア」
彼女は言葉に詰まった。
言うべきか、言わざるべきか。
この時に判断を仰がれるのは“彼”であった。
彼女たちの中にある唯一判断力にも長けている、元日本人の彼。
“彼”は、彼女たちの中で相談役のような立場になりつつあった。
「えっと⋯⋯」
“彼”はチラリと両親の様子を見る。
それは嘘を吐くことを許してくれそうもない厳しい表情だった。故に彼は素直に、正直に答えた。
例え信じてもらえなくても、実際に起これば信じてもらうことが出来るし、どのみち巻き戻されるのだから。
「僕はもうすぐ死ぬ」
彼女の言葉に両親は不可思議に首を傾げる。当然だ。
突然突拍子もないことを言われればそのような反応になる。
“彼”はそれでも、と言葉を続けた。
「前回も、前々回も、その前も。何回も死んだ。時間は巻き戻されるから何度でもチャンスはあるけど⋯⋯」
次第にその声は小さくなり、目尻に涙が浮かぶ。
それは“彼”ではなく“リステリア”の自我によるもの。
彼女は両親にこのようなことを告げるのは悲しくて仕方がないのだ。
“彼”にとっては他人ではあっても、“リステリア”にとっては間違いなく、正真正銘の血の繋がった両親なのだから。
「そうか⋯⋯俺たちは禁術を使ったんだな⋯⋯」
両親は察した。
全て、私たちが原因なのだと。
時間がまき戻ることがそれほど辛かったとは、と思わずにはいられない。
なにしろこの魔法は、本来であれば“魔王”が現れた時に使うものだからだ。
龍人族。
それは人族の王城に召喚される勇者と呼ばれるものたちが、魔王を討伐できなかった時の保険の種族。
その役目は、戦って勝てるのであれば戦い、勝てないのであれば分家に魔王の足止めを任せて宗家が全身全霊を込めた“禁術”を使うこと。
巻き戻される時間は彼らの龍脈の力の扱う量と魔力量に左右される。だから、その時が本当に来たのであれば宗家全員で使うようになっている。
そうして、魔王を倒せる世界へと変えるのだ。
しかし両親二人ですると、リステリアが死ぬ少し前までしか戻すことが出来ない。
両親は、幸せを掴むための術として教えられ、それはこの村全員の見解であった。
「リステリア。済まなかった。だが忘れないでほしい。俺たちはお前に幸せになってほしいからこそ、その禁術を使っていた。今はまだわからなくてもいい。でも覚えていて欲しい。お前は愛されているのだと。生きてほしいからこそ、それを使ったのだと」
両親は彼女に謝罪をする。けれどそれは彼女に言い聞かせるためのものでもあり、これからも同じことをすると、迂遠に言っていた。
彼女は涙する。
これほど大切に思われていたのか、と。
彼女は刻む。
両親のことを決して忘れないと。何があっても。
それは“彼”も同様だった。
前世では両親に愛されているということが実感できなかった。けれど、この世界に来て、初めて親の温もりというものを知った。
二つの自我は一つの心になる。
心が同一化され、やがて自我も融合していく。
それは“彼”と“リステリア”がお互いを認めた証。
そして知識、経験、記憶、自我、心。
その全てが、一つとなる。
彼女はようやく“転生”したのだ。
それは新たな出発点。
今まさに、運命は変わろうとしていた。
「あなた。もう一つの方の禁術を使わない?そっちの方がいいんじゃないかと思うんだけど」
母親が父親に提案する。
それは新たな可能性。
リステリアの変化を見た母親は、彼女であれば必ず乗り越えていけると確信した。
父親はそれに同意を示す。
「⋯⋯そうだな。まずは全員に知らせに行こう」
彼らはようやく進む。明日への道に。