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第3話 龍脈の力

 妹がいる。

 これは彼女にとって、衝撃の事実であり、そして受け入れることの出来ない現実でもある。けれど、その無情な現実は見事に彼女の希望を打ち砕いた。


「おねーちゃ!」


 ぽすっと抱き着いて来たその妹は小さな体躯をしており、その柔肌は少しでも強く握ってしまうとつぶれてしまいそうなほどだった。

 彼女はその、妹がいるという記憶と、これまで繰り返し死んだことによって吸収した幾度かの前世の記憶。そして、それらを越える“彼”としての記憶。

 その記憶が融合を始める。

 記憶はやがて一つにまとまっていくかに思われた。しかしそう簡単に事が運ぶという、都合のいいようにはならない。

 頭では理解出来たとしても到底心では納得できない。

 彼女の胸の中は“受け入れたくない”という気持ち一色に染まっていた。それ故に、拒否反応とも、防衛本能とも言える状態に陥る。

 それは彼女の精神を二分するほどの出来事。

 悶絶した末に生まれた二つの精神体。その内の片方、彼としての記憶を持つ精神体はこれまでの事を思い出し、そして一つの答えを導き出す。

 すなわち、ただ死んでいるだけではない。時間がまき戻る度に別の世界へ移動していると。


「平行世界⋯⋯」


 それは、数多ある選択肢の数だけ存在しているもの。

 これまでの彼女は、朝食や夕食が違うのなんてよくあることなのだろう、と思っていた。

 だが、ここに来てようやく理解したのだ。

 これは遅いか、早いか。

 まだ手遅れになっていないだけマシ、というものだろう。


「いい子だから、そろそろ寝ようね」


“彼”のいる精神体は “リステリア”として、妹がいるという記憶を持つ精神体が若干大人びていることに気付く。

それも当然と言えば当然であり、下の子がいればそれだけ上の子の自我が生まれる時期は早くなり、そして頼られたいと言った感情が生まれる。それは人に努力を促し、成長を促進させるもの。

だからこそ、完全にとまでは行かないまでも、精神体が二分したと考えられる。

少しして、彼女は思い出す。


「あっ⋯⋯こんなことしてられない。こんなことじゃないけど⋯⋯、でも今は死を回避しないと」


 だが、彼女は気付かない。平行世界とは様々な、実に多種多様な未来があり、その未来は可変であるということを。

 彼女は妹と共に家の中に入り、今回の生における記憶に従い部屋に入る。そこには布団が敷かれており、リステリアと妹の寝室であることが知識としてわかる。

確かに精神体が二分したが、知識、経験、記憶が分かたれるかと言えばそうでもない。実際には両方ともにこれまでの全てが詰まっており、どちらが主導権を握っているか、ということに過ぎない。

“彼”としての精神体と、この世界の本来の彼女“リステリア”としての全ての自我が合わさった精神体。体の主導権を握っているのはまだ“彼”であった。

そして彼女たちは気付く。


「これ⋯⋯もしかして龍脈の力?」


 それは彼女がこれまで目標にしてきた一つの力。

 これを手に入れるまでにかかった時間は、彼女の体感時間では僅か数時間であり10時間にも届かない。本来であれば、何十時間もかけて習得するところを、、彼女はこの短時間で会得することに成功した。

 それは何故か。答えは非常に簡単だ。


「なんだっ!何があった?」


 息を乱して彼女と彼女の妹の部屋に入ってきた父親と母親。その表情は明らかに険しくなっていた。


「今のは、まさかリステリアがしたのか?」


 そのことに彼女は答えられない。質問の意図がわからないのだ。


「どういうこと?」

「さっき、龍脈の力を操ったのはリステリアか?」


 彼女はそう言われ思い至った。


「あ~、うん。そうだよ」


 何気ない素振りで答える彼女だが、これは龍人族にとって由々しき事態である。

 何故なら、彼らは誰一人としてリステリアに、龍脈の力の扱い方、それ以前に感じ方など教えてすらいない。その意味するところはつまり、自身で、独学で学んだということ。

 更に彼女は、未だに魔力を感じ取ることが出来ないでいる。それはつまり、魔力と反発させることなくその存在を確かに感じ取り、理解し、操作したということに他ならない。


「⋯⋯いだ。リステリアは天才だ!」


 そして、一人の親馬鹿が誕生する。母親の方は極めて冷静で、それでいて暖かい眼差しを彼女に向けていた。けれど、それは一瞬の内に変わり冷徹な表情へと移り変わる。


「今回のリステリアのことは、私たちでどうにか誤魔化すから、もう無暗に力を使わないで。リステリア、これはあなたのためでもあるのよ」


 彼女は母親の言われていることがわからなかった。理解できなかった。

 何故黙っていなければならないのか。里の皆は良い人だという認識が染みついている。彼らが自分をどうにかするはずがない。そう、彼女は思った。

 彼女が反論を口に出す前に、母親は両手の人差し指を交差させてその艶やかな唇に当てる。


「ダメよ」


 その一言はいくら自我が確立していようとも、彼女には耐える事の出来ないものだった。

 あまりにも冷たく言い放たれたそれ。

 彼女の内の“彼”は「何かあるんだな」と触れないでいられるだけの経験を前世でしてきた。その自我がある。けれど、“リステリア”はその経験を持っていても、それが意味するであろう知識を持っていたとしても受け入れることが出来ない。その差は自我ただ一つ。

 時に自我は知識、経験、記憶のどれよりも大切なものとなる。

 それはこれまでどのように過ごしてきたかの集合体で出来ており、しかし吸収された分のそれら知識、経験、記憶といったものまで反映されるのか。

 そのようなことにはならない。

 そうなっているのであれば、とっくに“彼”としての自我は失われており、転生をしたということすら忘れ、ただのリステリアとして生きていただろう。何度も何度も死を繰り返して。

 いや、それも間違いかもしれない。

 “彼”としての全てを思い出したからこそ、時間を巻き戻され更に平行世界のどれかに転移しているとも言えるはずだ。

 彼女は涙を流す。その涙は頬を伝い地に落ちて行く。次第に彼女の目から涙が溢れ、彼女の視界はぼやけ始めた。

 母親はそれ見て悲しみの表情を浮かべる。

 だが、彼女に見えることは無い。彼女の目は涙でぼやけ焦点が定まらないほどのショックを受けたから。


「ごめんね。でも、私たちがいるとこでは使っていいからね」


 あやすように彼女の頭を撫でる。彼女は母親の温もりを感じてひどく安心した表情を浮かべ、そして眠りについた。

 ⋯⋯はずだった。


「(今寝たら、死んじゃうかもしれないっ!)」


 “彼”としての自我はすっかり死を恐れていた。“リステリア”としての自我は恐れていないのか、と言えば嘘になる。痛みが伴うことはなくとも、決して楽とは言えるものではない精神的疲労が溜まるのだ。

 それだけではない。彼女たちには生物としての本能、生への執着が働く。その本能が彼女たちを恐れさせる大きな要因であった。

 しかしながら“リステリア”としての自我は、母親の言動にショックを受け、未だに復帰できずにいる。そのせいで恐れが一時的に麻痺しているだけなのだ。

 “彼”は目を瞑り、自分の体の内に意識を集中させる。それは自身の内にいる“リステリア”を感じるため。“彼”は“リステリア”の自我が眠りについたことを確認すると、ゆっくりと瞼を持ち上げて行く。だが、母親の胸の中に埋められているから視界が開くことは無い。

 それでも“彼”は目を開く。服がこすれ、目に入ろうとも、それでも瞼を降ろすことは無かった。

 彼は本気で運命を変えようとしているのだ。

 それでも、無慈悲な運命は突き動かされる。まるでその時を待っていたと言わんばかりに。


「グオオオォォォォォ――――!!」


 天を、地を裂くような轟く何かの遠吠え。

 それは“彼”を萎縮させるには十分すぎるほどのものであった。

 その遠吠えをあげた、鳴き声からして人ではない何かがゆっくりと自身の元へ近づいてくることを確認する。

 その生き物の体長は4メートルほどあり、その胴体へ繋がる4つの足は分厚く曲げようものならそれだけで筋肉が隆起しそうである。

 そして彼女だけではなく、母親までもがその猛威を振るおうとしている猛獣を視界に収めた直後、彼女を寝室へと押し込んでどこかへと急ぎ足で消えていった。

 彼女は母親のいなくなった寝室でその猛獣の体躯を視界に収める。その体躯ははち切れんばかりの筋肉と、そして血走ったと思われる赤い瞳が特徴的だ。

 彼女は今にも起きそうな妹を抱きなおして、そして目を瞑った。

 目を瞑っても彼女が意識を手放すことは無い。

 彼ら野次馬が消え去るまでゆっくりと、気長に待てばいいだけだと思いこんで。

 その思い込みはやがて破滅をもたらす。


「凄い⋯⋯もしかして、この猛獣、魔法を使ってるの?」


 “彼”としての自我が推測する。その推測は見事に的中しており、猛獣は体内を流れる魔力を使って魔法を使っていた。

 龍脈の力ではないだけ運がよかったと思うべきであろう。

 猛獣に向かって魔力を練り魔法をぶつける里の者、狙いは同じで龍脈の力を練り魔法を発動させる里の者。その二種の反応は猛獣に向かって様々な魔法を飛ばしていくが、その内のどれ一つとして猛獣にダメージを与えた様子のあるものはない。

 だがそれとは別に彼女は何かが腹の底で溜まっていき、そして今にも爆発しそうな感覚が襲う。


「お父さん⋯⋯、お母さん?」


 その呟きは誰にも拾われることが無いほど弑さな言葉であり、尚且つ他のもの一層体に鞭打つ。

 彼女は震える足を叱咤しながらもなんとか猛獣のすぐそこまで耐えた。猛獣はやがて彼女を視界に入れる。

 視界に入った彼女たちは心が凍てつくかのような感覚に襲われ、そして、彼女たちの意識はそこで途絶える。

 それは、あまりにも激しい恐怖によって塗りつぶされた。

 彼女は猛獣に蹂躙され、そしてまた新たな生へとしがみつくのだった。


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