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第12話 円環

遅くなってしまい申し訳ありません。

 いつになく項垂れたリステリアは素直に謝罪を口にした。

 頬を擦ると彼女の手には柔らかい感触が確かに伝わりはしたが、心なしかざらざらとした感覚も伝わった気がした。


「今日も領主館へ行こうかのぅ」

「⋯⋯今日も行くの?」

「嫌かの?」

「⋯⋯そんなことないよ」


 デイルに邪魔されたことが足を引っ張っているのかして、彼女は返答に困りつつも答える。

 ビレッツェと朝食を済ませると、彼女は一度自室に戻り日記の確認をした。


「まだ紙は足りるから⋯⋯、大丈夫かな?」


 今夜書き直そうと思い真っ白な紙の枚数を確認をする。それは直ぐに済み、一階へ移動すると身支度を終えたビレッツェが玄関先で待っていた。


「お待たせ!」


 元気溌剌とした笑顔を見せるリステリアにビレッツェは微笑を浮かべ、玄関の扉を開けた。ビレッツェが開けている間にリステリアがその隙間をちょこちょこと動いて外へ出ると、今日の空模様は曇天であった。


「今日は天気が悪いようじゃの」


 何でもないように言い放つと、ビレッツェは歩き始めた。

 実際、飴が振っても関係ないのである。それはリステリアの前世にある傘とは全く違う雨具の魔道具があるからであり、その性能は遥かに現代の日本での雨対策を越えている。

 ぽつぽつと頭に伝わる感触に彼女は辟易する。けれど、雨が降る前の匂いが漂っていたことであるし、彼女は大方の予想は出来ていたので心の準備は万端だ。

 まだこの世界で目覚めてから間もない彼女ではあるが、その知識は多量にあり、雨が降ったとしても問題なく対処できるのだ。


「〈起動〉⋯⋯これで大丈夫っと」


 彼女は魔道具を起動させるとほっと安堵し、行く先を見つめる。

 その魔道具は、普段であれば十数セメトの大きさだ。スイッチがカチっという音を鳴らすと音声コマンドである〈起動〉という言葉と共に動き出すようになっている。

 スイッチをわざわざ入れてから音声コマンドを唱えるのには訳があり、音声コマンドだけであると、他の魔道具を起動させようとした時に同時に展開されてしまう恐れがあるのだ。

 反対にスイッチだけであると、何かの拍子に入ってしまうとその場で展開されることとなるので、時と場合によっては大事故に繋がる危険がある。

 そういった事柄を防ぐために二重の仕掛けとなっているのである。

 そしてこの魔道具、魔力を操らなくてもいいように《魔石》が使われており、それに魔力を注ぎ込んでいればいつでも起動できるようになっている。

 もちろん使えば貯められている魔力は減っていくので逐次補給が必要となるが。

 それでも魔力を扱えないと言えば年少者しかいないことから問題ないとされている。年少者であれば外出時にはほとんどの場合、両親のどちらかや兄弟姉妹が一緒にいるからだ。

 リステリアは《魔石》の魔力切れを気にせずにそれを使った。

 彼女にはビレッツェがついているから大丈夫なのだ。


「これも凄いなぁ⋯⋯」


 どうやって製造されているのかはわからないが、彼女にとってはとても気になるものであり分解してみたいと思うほどの物である。

 雨具は体全体を透明なビニール袋が覆っているような形状をしており、風に煽られれば所有者の体も同時に煽られる。風を逃がすという工夫があればもっといいのであるが、現状で満足しているのか誰も改良に乗り出さない。

 全ての雨粒を防いでいる雨具をぼーっと見つめていると領主館に辿り着いた。


「ビレッツェ様、リステリア様、今日も来られたのですね」


 門番も雨具をしていて、内側から見る雨具と外側から見る雨具を眺めているリステリアの姿があった。


「うむ。では入るぞ」

「どうぞ。⋯⋯靴は壁際に用意しております」


 二人は領主館に入っていき、門番の言った通り壁際の隅っこに置いてある靴を見る。

 それは雨の日、客人が来た場合に履いてもらうための靴であり、普段はそのまま土足の状態で踏み入れるのである。

 二人は玄関の左端に靴を並べると、靴下で汚れた床を歩くような真似をすることは無く、一段だけ盛り上がった箇所を移動する。そこは雨の日にしか使わないところで、靴下で唯一歩く場所なのでよく手入れが行き届いていた。

 真っ直ぐに伸びるその段差を歩いて所定の位置に置かれている靴を見る。

 確かに靴は6足置いてあるのだが、その中にリステリアが履けるような子ども用のサイズの靴は無い。


「少し待っとくんじゃよ」


 ビレッツェが眉を顰めて言った事に気付いた彼女は慌てて「気にしてないよ」と言ったが、聞こえていないのか明らかに怒っている風で靴を履きドタドタと廊下を歩いて行った。

 遠ざかるビレッツェを見て溜息を吐く。

 少しだけ待っていると、手に何かを持ってビレッツェが戻って来た。それは子ども用の靴であり、リステリアが履いてみれば丁度良い大きさである。

二人は客間に移動した。

 そこには既にデイルとレイフェルが待っていた。

 リステリアがデイルに気付くと、彼はバツが悪そうに顔を逸らし、その孫の様子を見たレイフェルが頭をはたく。


「ほれ!」


 レイフェルがデイルをリステリアの前に押し出すと、デイルは少しの間躊躇したが背後から漂う怒気を感じ取り、慌てて頭を下げた。

 下げられた本人であるリステリアは首を傾げ、続くデイルの言葉で納得する。


「昨日はごめん!」

「うん、もういいよ。顔、あげて?」


 デイルの様子に苦笑を零しながら顔をあげてもらうと、彼の目尻には涙が溜まっていて今にも零れそうだった。

 彼女はそんな彼を見て、


「男の子が簡単にないたらダメだよ」


 と言って目尻に溜まっている涙を人差し指で撫でとる。

 無意識的に行われたその動きをした彼女は自分のしたことに気付かず、ふふっと笑みを浮かべた。

 デイルは楽しそうなリステリアを見て心臓を掴まれたような、痛みはないけれど確かに痛みが伝わっているような気がした。


「い、行くぞ!リステリア!」


 彼はリステリアの手を掴み取り勇み足で扉の前まで行き、バンっと乱暴に扉を開けるとそのままとある部屋へと入っていった。


「⋯⋯ここは?」

「俺の部屋だ」


 短く、けれど正確な答えを言った彼を彼女は見つめる。

 その瞳には「どうしてここに?」と書かれているようであった。


「今日はちゃんと教えてやるから、さ。魔力の訓練しよう」


 彼女は願ったり叶ったりな申し出を一も二も無く頷く。それを見たデイルは非常にうれしそうであった。


「ちょっと手を出せ」


 年少の男の子特有の命令口調に内心穏やかになりつつ手を差し出すと、デイルはそれを両手で握る。


「今から魔力を流すから、それをこっちの手で送り返して見ろ」


 彼は右手から送り込み、左手で受け入れると言った。

 ——何をするのだろう?

 疑問を浮かべながらもその言葉に従うようにしようと目を瞑り集中を始めた。

 やがて集中力が頂点に達した時、タイミングよくデイルから合図が送られる。


「行くぞ」


 同時にデイルの右手からリステリアの左手に何かが流れ込んでくる。


「(何⋯⋯これ、なんだか気持ち悪い)」


 そう思ってしまうのは仕方のない事だ。

 本来、魔力を他人に譲渡することは出来ないのである。

 魔力を早く感知させるために、ほとんどの人は今二人がしていることと同じことをするのだ。

 デイルの魔力を受け取ったリステリアはその“(魔力)”を自分の右手へと移動させ、デイルの左手へと伝えて行く。

 彼女のイメージしたものは円だ。円周をイメージし、それを環状線に見立てて電車を走らせるように“熱”を移動させているのである。

 連続的に絶え間なく循環していく“熱”を、彼女はようやく理解した。


「これが、デイルの魔力⋯⋯?」


 その呟きを聞いたデイルが右手からの魔力の譲渡を終わらせ左手で全て受け取る。

 二人は終わったと同時に長いため息を吐いた。

 デイルは安全に無事終了したことに安堵し、リステリアは初めてであり多少の疲れを感じ取ったからだ。

 二人の溜息の意味は違えど、同じタイミングでのそれは二人の仲を進展させるものとしては十分な働きをする。

 顔を見合わせて苦笑いを浮かべている二人を、少しだけ開かれている扉の隙間から覗き込むレイフェルとビレッツェの姿があった。その二人はデイルと同じ意味の溜息を吐いていた。


「今のが俺の魔力だ!今度はリステリアが俺に流すんだ。わかったか?」


 彼女はなるほどと頷き了承する。


「行くよ」


 先ほどと同じように集中力を高めると、今度は彼女が合図を出した。

 彼女は自分の体の内にある“熱”を探り、昨日心臓付近にあると教わったことを思いだしてそこに集中していく。

 やがて彼女の耳に音は一切届かず、また繋いでいる手の感触も正しく伝わっているか怪しいほどのめり込んでいた。

 彼女は“熱”を見つけそれを操り始めた。その魔力をデイルへと渡していく。すると、すかさず左手から魔力が返ってきた。


「(流石⋯⋯でも、早すぎるよ。もうちょっとゆっくりしてもらわないと⋯⋯)」


 彼女は流す量を少し減らして自分の対処できる範囲にとどめる。

 デイルの魔力を返す速さが異常なのである。とはいっても、慣れれば誰でもこの程度出来るのであるが、リステリアはまだ慣れていないので慌てたのだ。

 集中力に限界を感じ始めた彼女は魔力の譲渡をやめて左手から入ってくる魔力を受け入れ続ける。

 ふぅ、と二人の安堵が重なり笑いが起こった。


「ありがとう!デイルのおかげで魔法が使えそうだよ!」


 デイルはリステリアの心底嬉しそうな表情を見て胸を撫で下ろす。嫌われたのではないかと、ずっと気が気ではなかったのであった。


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