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第11話 日記

 リステリアは家に帰り、邪魔されることのない自室にて先ほどの感覚を掴もうと努力したが結局、もう一度味わうことは出来なかった。


「リステリア。もうその辺にしておくんじゃ。焦っては事を仕損じる」


 扉越しに聞こえたビレッツェの声に確かにそうだと納得する。

 彼女は前世にもそんなことわざがあったはずだと思い浮かべた。


「ほれ、そろそろ晩御飯を作ってくれぬか?腹がへってしもうてのぅ」


 彼女はビレッツェに気を使わせていることに気付いて恐縮しながら、


「すぐに作るね」


 と言って夕食を作り始める。

 昨日使った野菜の余り物と今日新たに購入したまた別の肉を取り出して痛め始める。その味付けは彼女特製“焼き肉のたれ”であった。


「んぉ!なんじゃこれは!うまい、うまいぞリステリア!」


 少しばかり大袈裟な反応に若干戸惑いが生まれる。

 彼女はどうしようかと迷ったが、愛想笑いを浮かべて夕食を食べることにしたようだ。白米と焼き肉のたれで味付けされた肉と野菜の炒め物に箸を伸ばす。


「じゃ、今日はお風呂の日だからお湯張ってくるね」

「気を付けてのぅ」


 リステリアは外に出る。靴は履きっぱなりなので問題ない。寝台へ入るとき以外は基本的に靴を履くようになっているのだ。

 外に出たリステリアは薪をある場所に詰め込んでいく。もちろん空気の通り道を妨げないように気を付けて。

 そのある場所とは浴槽の真下。

 所謂、五右衛門風呂である。

 彼女はくべた薪に点火させるため、火付けと呼ばれる魔道具を取り出した。

 日常的に使う魔道具はこれ以外にも、調理の時に使用しているコンロのようなもの——正式名称は調理器——や家の灯り、そのほかにも水道自体が魔道具になっていたりする。

 彼女は“火付け”で点火すると、そこに常備されている筒を取り出して息を吹き込んでいく。その筒は空気を送り込むためのもので、多量の空気を送ることは出来ないが、それでもないよりはマシなので吹いていた。

 一度家の中に入り、浴槽に手を付けて温度を確認する。

 温度計はないのだが、感覚で大体わかるのでさして問題はないだろう。


「お爺ちゃん!お風呂入れるよー!」


 ビレッツェに入浴を促した彼女は自室に戻り日記を取り出す。

 それは今日の帰り、ビレッツェに言われて購入したもの。

 毎日のことを書き留めることも大切なのだと言われ、言う通りにしているのである。


「これも大概だよね⋯⋯。まさか紙の値段が日本と同じくらいだなんて」


 彼女の言った通り、日本とほぼ同じ金額で紙を購入することが出来る。

 それは紙自体が魔道具であり、魔力を流すと紙が自然に増えて行くのだ。

 よって、紙は安く手に入りやすい。が、あまり買う人はいないのである。買わないのは、魔力を流せば自分で紙の枚数を増やすことが出来るからであって、使う機会が少ないというわけではない。

 むしろ、ほとんどの家庭で家計簿がつけられている。それも魔道具があるだからだろうが⋯⋯。

 なんにしても、紙の需要は高い。

 1枚買うだけで好きなだけ増やせるのだから、最初の1枚は高くてもいいじゃないかと思うかもしれないが、そうすると全く売れなくなるのだ。

 要は、知り合いに頼み込んで1枚もらえばいいだけなのだ。

 だからどこも格安で売っている。それこそ銅貨10枚もしない。

 彼女は日記を開く。

 今の日記はビレッツェの魔力が使われていて、枚数としては20枚程度だ。


「ん~、とりあえず魔力について、だよね」


 彼女は今日の領主館での出来事を綴っていく。その文脈は稚拙ではあるが彼女自身が読む分には全く問題がない。字もまだまだ汚いのであるが、字の練習も含めて書けばいいかと納得する。

 どの程度の時間が経ったのか。

 彼女は時計がないことに落胆する。

 街には鐘があり、その鐘は一日に3度しかならない。

 一度目は街の門を開くときに鳴り、二度目は太陽が真上に位置した時に鳴り、三度目は太陽が見えなくなってから鳴るのである。

 そのような曖昧な時間であるからして、一年中同じ勤務時間というのは有り得ない。

 夏と冬では日中の時間が変わってくるからだ。

 夏は日中が長いので働く時間は長く、また暑いので住民から領主館に苦情が多数寄せられている。とは言っても、住民たちの職場に直接行ってもらわなければいけないことであるので大した返事はしていない。

 冬はと言えば、働く時間が短いことは良いことなはずなのだが、寒いということもあって夏とは真逆に働きたいという苦情が寄せられる。当然、暗くなってから働かせると危ないのでそれらは全て却下していた。

 しかし、これからも断り続けると次第に不満が溜まっていき、爆発されると困るので街に街灯をつける計画が進行している。


「時計欲しいなぁ⋯⋯」


 彼女が呟くと同時に扉がノックされる。


「リステリア。儂はもう寝るが、リステリアも早く寝るんじゃよ」

「うん。わかってるよ」


 彼女はビレッツェが風呂から出てきたのだと判断し筆を置くと寝間着を持って浴室へと向かう。

 脱衣を済ませて浴室に入った彼女は体を洗い流し、五右衛門風呂に入る。


「ふはぁ~⋯⋯」


 口から心底幸せそうな声が漏れる。

 その声は聞くものを全てを癒しつくして行く勢いを持つほどであった。


「もう⋯⋯デイルったら。邪魔されてなかったら魔法、使えたかもしれないのに」


 湯に口を少しだけ沈めて泡をぶくぶくと作り出す。

 それは誰もがするであろう行為であった。


「明日こそは、絶対に成功するんだから!」


 決意を胸に、右手で握り拳を作ると上に向かって突き出す。その仕草は愛らしさで満ちていた。

 彼女はのぼせてしまう前に出なければ、と思い浴槽から脱出し体を丁寧に拭いて行く。髪の毛も丁寧に水気を取っていき、着衣を済ませると最後の仕上げをする。

 それは前世においてドライヤーと呼ばれていた、今世の世界では熱風送風機と呼ばれている魔道具の一つ。

 それともう一つ、セットとなっているのがあり、それは寒風送風機と呼ばれている魔道具である。

 これは対でワンセットとして売られているので、どちらか片方だけを持っている家庭などは存在しない。存在するにはするが、壊れているので新しいものを購入する家庭が大半である。


「これも流石に慣れてきたなぁ⋯⋯」


 しみじみと呟く。

 彼女がこの二つの魔道具を使うのはビレッツェの家に住み始めてからではなく、もっと昔。

 彼女が記憶を取り戻すより前から使用していたのだ。そして現在の彼女は前世の記憶や知識、経験などを引き継いではいるが、その全てが前世の人格に支配されているのかと言えばそうではない。

 彼女は前世と今世の人格が混ざり合った、言わば世界を越えたハーフである。

 だから、こういった魔道具を使うのも手慣れたものだし、料理は前世でよくしていたので今世では全くしていなかったのに関わらずテキパキとこなすことが出来ている。

 完全に髪が乾いたことを確認すると、自室へと戻っていく。

 先ほどの続きを書くのだろう。机に座って日記を見てどこまで書いたのか、何を書きたかったのかを思い出す。

 筆を取りインクをつけると、再度筆を進め始めた。

 彼女の持つ筆もまた、毛が抜けないように劣化しないように施されている魔道具であり、インクもまた魔力を込めれば勝手に増えてくれるのである。


「この辺りは日本よりも便利だよね⋯⋯魔法使えたら」


 どうして魔法が使えないのだろう、と思い思考に嵌っていく。

 それを自力で脱出することは叶わなかったが、寝落ちすることによって貫徹だけは避けられた。



リステリアは頬にべったりとする嫌な感触を感じて目を覚ます。


「うぅ⋯⋯」


 呻き、そして気付く。


「うわぁっ!」


 頬には昨晩書いていたページの紙がくっついており、それを咄嗟に取るとビリっと破けてしまい中途半端な状態になる。

 彼女は鏡代わりの水瓶を除きこんでその悲惨な状態を見た。


「最悪だ⋯⋯」


 それは折角かいた日記に対してか、それとも頬に紙がへばりついてしまっていることなのか。はたまたそのどちらもが原因なのか。

 彼女は朝から調子が悪いことを感じつつもビレッツェの待つ居間へ行く⋯⋯前に浴室に設置されている洗面台で顔を綺麗に洗う。

 彼女の部屋に水瓶はあるが、浴室にもあるのだ。それを彼女は覗き込む。

 少しずつインクは取れていたが、水洗いだけだと時間がかかりすぎてしまうことに気付いた。そして洗濯の時に使用している石鹸を手に持ち、逡巡する。

 ――本当にこれを使っちゃっていいのか。

 自問自答し、取れないから仕方ないと割り切った。

 しかしすぐに後悔することになる。

 彼女は頬が綺麗になったことに満足してビレッツェの待つ居間に行く。


「遅かったのぅ⋯⋯のぅ?」


 ビレッツェは赤く腫れあがったリステリアの頬を見て首を傾げる。

 一体、何がどう起こればこのようなことになるのか。

 もしやここに来る前に誰かにはたかれでもしたのか。


「リステリア!それはどうした?」


 最早冷静ではいられなくなったビレッツェがリステリアを問い質す。その声色は若干ではあったが怒気が含まれており、まだ幼い精神の残る彼女にとっては恐怖でしかなかった。


「おじい⋯⋯ちゃ⋯⋯?」


 怖くてビレッツェから顔を背ける。それと同時にハッとビレッツェが気付いた。なんて愚かなことをしたのだろうと。

 ビレッツェが問い質すとリステリアは素直に答えた。その内容にビレッツェは苦笑を浮かべて、もうしないようにと注意した。


「うぅ⋯⋯ごめんなさい」


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