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第10話 魔力

 デイルが利き手である右の手の平を前へと突き出す。

 その手の平に不穏な気配が漂い始め、リステリアの脳内に警鐘が鳴り響く。


「ほ、ホントに大丈夫なの?」

「だぁ~いじょうぶだって!」


 昨日一杯練習したし!とは続けずに更に気配が強まっていく。

 彼が手に汗を滲ませ始めた。


『出でよ!我が炎!』


 簡単な詠唱と共に出てきたのは小さな炎。


「あつっ」


 デイルの手の平から出ているにも関わらず、彼には熱気が届いていないのかそれを出している手の平は火傷一つ見られない。

 近場に居て、様子を恐々しながら見ていたリステリアの方がよほど熱気を感じ取る。


「どうだっ!凄いだろっ?」


 荒い息を吐きながら、その炎の小さな球体を維持しながら言う姿は、まるで生まれたての小鹿のようにぷるぷると全身が震えていた。

 しかし、維持し続けていれば当然のように魔力は消費され続ける。これが魔法である限り。

 彼は炎の小さな球体を徐々に消していく。

 手の平から完全に炎の小さな球体が無くなると、彼は盛大に息を吐く。


「っはぁ~~~」


 相当頑張っていたようで、手の平だけでなく額からも汗が溢れ出ていた。

 それを目にしたリステリアは、


「しょうがないなぁ⋯⋯」


 と言いつつ、ポケットに仕舞っているハンカチを取り出して彼の額にポンポンと軽くあてる。


「っ!」


 途端、デイルの顔が運動後に顔が赤くなるような赤身を帯び始める。

 彼女はそれを、魔法を使ったからだと判断し深く考えることは無かった。

 彼女が汗を拭き終わるのにそう時間はかからず、デイルは若干肩を落としてリステリアを見る。


「⋯⋯ん?どうかしたの?」

「あ、いや、その⋯⋯どうだったかな、と思ってさ」


 言い辛そうに言ったデイルの表情は暗い。


「あ、うん。そうだね、凄かったよ!」


 小さな男の子の心境を考えてリステリアは彼の事を褒めた。

 デイルはそれに表情を綻ばせ、会話が捗るようになった。


「リステリアは魔法、まだ使えないのか?」


 彼女はそれに肩を落として答える。


「まだ魔力を感じ取れてないから⋯⋯」


 それに、と彼女は思う。


「(まだ5歳だし、慌てるような時期じゃないんだよね?)」


 青空が広がる上方へ視線を投げかける。

 その質問に答える者は皆無であったが、そう言えばもう一つの力もあったな、と思い出す。


「魔力が無くても魔法は使えるよ!」


 デイルは彼女の言っている意味が理解できずに首を傾げる。

 それは二人のお守りを任された兵士二人も同様だった。


「えっと⋯⋯あれ?なんだっけ⋯⋯?」


 ――思い出せない。

 何か大切な、何か、とても、忘れてはいけないモノ。

 思い出せない。


「んー⋯⋯忘れちゃった!」


 彼女は年相応の笑みを浮かべた。


「そうか、まぁ魔力が感じ取れないなら、仕方ないかー」


 デイルが残念そうに言う。

 そこへ兵士の片割れが彼に耳打ちした。その提案に、リステリアと共に芝生に寝転がり青空を眺めていた彼は体を起こして彼女を見る。


「リステリア!俺が教えてやろうか?」


 兵士の片割れが提案したのは「魔力の感じ取り方を教えて好感度アップ」というものであった。


「え、ホント?いいの?」

「ああ!任せろ!」


 俄然やる気が出てきたデイルはいつも以上に張り切る。それを見た兵士二人が失敗を予見し、脳内で慰めるための策を用意し始めた。

 また、リステリアも魔力の感じ取り方を教えてもらえるということでテンションが上がっていく。


「(この世界に来てから初めての魔法だっ!)」


 内心ガッツポーズまでして喜んでいると、早速デイルから話し始めた。


「魔力ってのはな、体の中にある熱い奴だ。それを動かすんだ。わかったか?」


 リステリアは落胆する⋯⋯より前に相手の年齢を思い出した。

 そう言えばまだ5歳だったな、と。

 魔法に浮かれてうっかりしていた彼女は噤みそうになった口を頑張って開いて声を出す。


「熱いやつ?」


 とにかく、何かしらの反応をしなければと思った苦肉の策がこれであった。

 我ながらなんという⋯⋯と思ったが、デイルが嬉々としてまた説明を始めたので良しとした。


「熱いやつってのは魔力だ。えっと、ん~。ここんとこに何かあるだろ?」


 そう言って左胸の辺りをトントンと握りこぶしを当てる。

 心臓、か。

 彼女はすぐにそう思い至った。

 心臓が魔力の核であるなら、血液のように魔力を送りだす役目も担っているのではないか、と思ったのだ。

 心臓とは血液を置く出すポンプの役目をしていることは現代日本では“当たり前”のことであるが、この世界において死体を解体するなどは禁忌とされているので、人体についての研究は一切されていない。

 彼女は心臓周辺に神経を集中し始める。


「(ああ!もう邪魔っ!)」


 内心で絶叫し、目を瞑る。

 彼女が邪魔だと言ったのは視界に映る全て。それらが見えていると集中できなかったのだ。

 故に目を閉じた。暗く閉ざし、一人の世界に没入することによってそれは成功する。

 トクン

 心臓の音が聞こえる。

 ドクン

 その音が次第に大きくなっていく。

 それは集中力が少しずつ上がっている証拠。

 ドクン、ドクンと波打つそれはやがて一定のリズムを叩きだす。

 額を何かが滑っていく。だが、それを拭うことすら、出来ないでいた。それだけ集中しており、汗を掻いていることに気付いているかどうかも怪しいところである。

 何やら様子がおかしくないか、と思った兵士の二人はそこへ近寄っていく。二人は魔力を操ることができ、魔道具を操ることが出来ても魔法を使うことはできない、ごくごく一般的な魔力の持ち主。

 その二人を片手を水平に振り上げることによって塞き止めた。

 その人物は、話し合いの終えたレイフェルであった。

 レイフェルの隣にはビレッツェもいて、その二人の間にデイルがいつの間にか移動していた。

 彼は幼いながらも身の危険を感じたのだ。

 今しがた魔力のことを教えた相手から尋常ではない気配が漂っていることを本能的に察知し、今ではしっかりと感知して感じ取れている。その大きすぎる量に驚きを隠すことが出来ずに。


「なんだよ⋯⋯これ」


 思わずデイルは呟いた。

 これほどの魔力があれば冒険者になり、世界を冒険することも夢ではないのではないか。

 彼はそう判断する。

 例え国が王国ただ一つしかなくとも、世界は広いのだ。

 彼の夢はこの狭い領地から飛び立って冒険者へとなること。

 その夢の果てには世界の全てを解き明かすというものがあった。

 だが、と彼は思う。


「(こんな、こんなの見せつけられたら行けないじゃないか!)」


 彼はリステリアの容姿だけではなく、前日嫌なことをした相手にも分け隔てなく接してくれる心優しい部分にも惹かれていた。

 その気持ちが今、砕ける。

 今やその強力な力への嫉妬へと変り果てており、その恋心は嫉妬によって隠された。

 ——少し悪戯をしてやろう。

 デイルは早速行動に移す。

 彼はリステリアの側まで歩いて行き、祖父二人がその行動をおかしく思うが子ども故だと判断し放置であった。

 そして、彼女の両脇に手がするりと入り込む。


「きゃっ!」


 突然外界から接触があり、尚且つそれが脇へのこしょばし攻撃であったので、彼女は驚きながらもその相手を見る。

 そこにはデイルがいた。どこか満足げな顔をしている彼を視線だけで射貫くと、すぐにもう一度集中し始めたが、先ほどのような感覚は襲ってこなかった。


「もうっ、デイルの所為で台無しだよ!」


 彼女は怒る。

 初めて彼女が見せる怒気にビレッツェでさえも恐れた。何故なら、その言葉の端には龍脈の力という、魔力とは違う大いなる力が含まれていたからである。

 その力は力ある者ほど、強く感じ取れてしまう。

 無意識に龍脈の力を操った彼女は一言、


「帰る」


 とだけ言ってその場から退場した。

 場に残された3人と兵士の二人は、リステリアのことで話し合いをしたかったが、デイルは彼女に怒られ意気消沈しており、ビレッツェは大急ぎで帰り支度を整え始め、レイフェルはあの多すぎる魔力が暴走しなかったことに安堵し、兵士二人は見てみぬ振りを決め込んだ。




「デイル。今日は説教だ」

「ええ!」

「当たり前だろう!リステリアがもう少しで魔法を使えるようになるところだったのをお前は⋯⋯」

「だって⋯⋯、あいつ、多かったんだもん」


 急に弱弱しく泣き始めた彼を、レイフェルは頭を撫でてあやし続けた。


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