9. snowy town
9. snowy town
馬車を降りると、眩しさが目を刺した。
「こんなに雪が積もっているのは初めて見ました!」
エドナが楽しそうに声を上げる。
平坦なユーラビアは雪が少なく、冬でも積もるようなことは滅多に無い。
降りしきる雪の中、何人もの大人達が通りの雪かきに勤しみ、その周りで子供達が思い思いに作業を手伝ったり遊んだりしている。
「元々雪が多い街みたいだけど、今年は特に豪雪だって。」
シンが緩慢に返す。
ロゼリアは街に着くやいなや、研究者との打ち合わせがあると言って行ってしまった。
シンとエドナは初めて見る雪の街をゆっくりと回っていた。
降りしきる雪の中、家なのか雪の塊なのかわからないものが林立する。
街の公園は雪の集積場となっていた。
「旅人さんかい?こんな時に大変ねえ。」
公園に積み上げられた雪山を呆然と見上げていると、人の良さそうな中年の女性が話しかけてきた。
雪を満載した荷車を押している。
二人が手伝おうと近づくと、荷車の影から小さな少年が飛び出してきた。
「旅人さん?遊ぼう!」
5、6歳だろうか、無邪気な笑顔を向けてくる。
母親が子供を優しく制する。
「ごめんなさいね、このところ雪仕事ばっかりで、遊んであげられていないの。積み上げた雪が沢山ある分、子供達だけで遊ばせるのも不安ですしね。」
渋る子供の頭を優しく撫でる母親を見て、エドナがシンの方をふり向いた。
シンが普段通りの笑顔で頷くと、エドナはかがんで少年と同じ目線になり、満面の笑みを見せた。
「じゃあ、今日は私たちと一緒に遊びましょうか。」
申し訳なさそうに、だがありがたそうに何度も礼を言う母親の荷車の雪を、シンが降ろす。
軽くなった荷車を引いて去っていく母親を見送ってから、少年が目を輝かせて言った。
「よろしくね、兄ちゃん、姉ちゃん。僕、トール。ねえ、あとふたり友達呼んでもいい?多分タイクツしているから。」
もちろん、とエドナが満面の笑みで答えると、少年は嬉しそうに歩き出した。
同年代の少年と少女ひとりずつを加え、遊び隊が結成された。
「よーし!今日は旅人の兄ちゃんと姉ちゃんに、オミレ三大雪遊びを伝授する!」
トールが、どこで覚えたのかと不思議に思える言葉を豪語する。
少女は浮き足立ち、もうひとりの少年は、少し内気なのか、上目遣いでこちらをじっと見つめている。
「まずは基本の雪合戦!」
はしゃぐトールに子供ふたりが続き、エドナも続く。
シンが目を細めて見ていると、雪玉が飛んできた。とっさに避ける。
「兄ちゃん、やるなあ。燃えてきたぞ!」
「シン様!雪玉作りましょう!」
すっかり子供達に溶け込んでいるエドナに促され、シンも雪を手に取る。
雪合戦で息を切らした後は、休憩だと言って雪だるま作りが始まった。
だが、大人ならもっと大きなものが作れるというトールの煽りによって、シンとエドナには休む暇がなかった。
「すごいな!こんなに大きな雪だるま見たことないぞ!」
トールがはしゃぐ。
その横でシンがため息まじりに言った。
「まさか、自分よりも大きい雪だるまを作るなんてね…。」
「次はこれを下にしましょう!」
エドナが自分の肩ほどの雪玉を転がしてきた。
「ちょっと待ってエドナ。流石にその上に更に雪玉を載せるのは無理だと思う。」
シンが突っ込みを入れると、子供達が揃って笑い出した。
「姉ちゃんすごいなー、ほんと。…でもね、その雪玉、オミレ三大雪遊びの3つ目のヒツジュヒンなんだよ。」
勿体ぶって言うトールの頭を、隣の少女が軽く叩く。
早くやろう、ということなのだろう。
「はあ…流石に疲れました。」
エドナさえも息を切らした時、そこには大きなドーム状の雪の家ができていた。
「これが、カマクラ…だよ!」
トールが息を切らしつつも、自慢げに言う。
少女と内気そうな少年が中に入って遊んでいると、母親の声がした。
「本当にありがとうございました。さ、そろそろ暗くなるから帰ろうね。君たちも、いつもありがとう。一緒に帰りましょう、送るわね。」
気づけば辺りは日が落ちかけ、夕闇が立ち込めてきていた。
シンとエドナが笑顔で手を振ると、子供達も手を振り返した。
一時の大騒ぎが夢のように、夕闇に溶け込み、薄れていく。
雪雲のせいで夕日は見えないが、雲を通しても尚わかる空の色の刻々とした変化が、帰りの時間を告げている。
「さて、僕らも宿に戻ろうか。ロゼも帰っているかもしれない。」
シンが歩き出し、エドナも同意して続いた。
宿に戻ると、受付の前の暖炉に暖かい火が灯っていた。
ロゼリアはまだ戻っていないようなので、ふたりは受付前の待合場所で休息を取っていた。
雪で濡れた服を暖炉で乾かしつつ、ふかふかのソファに並んで座る。
「あんな風に子供みたいに遊ぶ機会なんて、無いと思っていました。」
エドナが楽しそうに、少年たちと遊んだことを振りかえる。
「そうだね、僕も初めてだよ。」
ソファの背もたれに頭ごと預けて楽な姿勢になりながら、シンが返す。
「雪合戦、子供達がひとつもシン様に当てられないから、悔しがっていましたね。」
「でも、最後に子供達全員から狙い撃ちにされた上にエドナが変化球投げてくるから、さすがにやられたよ。」
シンが笑いながら返す。
エドナもつられて笑う。
「かまくら、暖かくて驚きました。」
「そうだね、風が入らないからね。」
ロゼリアの帰りを待ちながら、のんびりとした会話をする。
この優しい青年と出会ってからというもの、毎日が驚きと発見の日々だ。
まさか、子供の時にできなかった遊びを、今になってできるなんて夢にも思っていなかった。
あの子供達にも、素敵な未来が待っているといいな、と思う。
大切な友達とずっと一緒なのも良い。
新しく大切な人を見つけるのも良い。
綺麗なものをたくさん見て、たくさん経験して、素敵な一生を歩めると良い。
とりとめも無いことを考えていると、ふいに眠気に襲われた。
乾かしている防寒着だけでなく、その下の普段着も少し濡れているので、今寝るわけにはいかない。
ソファから立って伸びをする。
隣のシンを見ると、なんと熟睡している。
この短い間で。
「馬車でもずっと寝ていたのに・・・相当疲れているのですね。」
かわいらしいな、と思ってしまう気持ちと、少し心配な気持ちが入り混じり、なんとなく、くすぐったい気分になる。
宿の主人も手持ち無沙汰なのか随分前に奥の部屋へ戻ってしまっている。
他の客もいない静かな空間で、暖炉の薪が爆ぜる音と、隣の青年の静かな寝息だけが耳に入る。
ゆったりとした空気に浸っていると、ふいに玄関の扉が開いた。
「やっぱり先に帰っていたかい、遅くなって悪いね。」
ロゼリアが帰ってきた。
「あ、ロゼ。おかえり。」
目を覚ましたシンが眠そうに返事をする。
奥から出てきた宿の主人に夕食をとるよう促され、食事の後、そのまま食堂で話をする。
「事態はそれなりに深刻みたいなんだよ。」
ロゼリアが難しい顔をして言う。
「ここの精霊は、街の隣山に住んでいるんだけどね。この精霊の力が極端に弱まっている。」
「それって・・・」
シンが真面目な眼差しで聞くが、その先を言うのをためらう。
「ああ、恐らく・・・その精霊は、死にかけている。」
ロゼリアの宣告に、ふたりが息を飲む。
死。すべての生命が行き着く先。精霊にも、死がある。
しばしの間、沈黙が流れる。
「とにかく、今はまだ推論でしか物が言えない状況だよ。明日、先に着いていた研究者たちと調査隊を組んで山に入ることになった。あんたらは、勿論行く必要は」
「行きます!」
言い切る前に、エドナが宣言した。
街から外れた雪山には魔物も出る。
精霊が異常を来たしている今、アティカの南森のように、魔物が凶悪化している可能性もある。
いくら護衛が付くといっても、そのような中にロゼリアを行かせて自分たちは街で待っているというのはもどかしい。
シンも笑顔を絶やさずに答える。
「安全じゃないんでしょ。乗りかかった船だからね。最後までお付き合いしますよ。」
ロゼリアは少しくすぐったそうに笑った。
「なんだかんだ言って、あんたらがいると心強いよ。ありがとさん。明日は朝早い予定だよ。ゆっくり休みな。」
部屋に戻り、身支度を済ませて布団に入る。
目を閉じる前から、とてつもない眠気に襲われる。
「なんでこんなに眠いかな・・・沢山動いたからかな。」
シンは微睡みの中で、実際に発したかどうかも定かにならないような独り言をつぶやいて眠りに落ちた。
少し大きな章に入りました。
雪山へ。
これから少しペースを上げて1-2日にひとつずつ投稿します。