8. to the north
8. to the north
馬車が揺れる、揺れる、揺れる。
馬車、と便宜的に言うものの、それを引いている馬の頭には一本の角が生えている。
まごう事無き魔物、ユニコーンだ。
その魔物特有の力強さと、馬車自体が小さいこともあるのか、ユーラビアで乗った馬車よりもはるかに早く走る。
「ヤシナだから不思議じゃないんだけどね、こればっかりは慣れないんだよねえ。」
ロゼリアが引きつった笑顔を見せる。
馬車の客室も広くはなく4人がやっと寝られる程度のものだが、今の乗客は3人だけである。
精霊の状態が不安定な今、好んでその中心地、オミレに行く人間も居ないのだろう。
シンとエドナは、最初は夢中になって外を見ていた。
流れる景色、ヤシナの豊かな緑。
ユーラビアやアイサルと違い、山がちな国であるため、波打つ景色が見ていてまったく飽きない。
時折外に見える魔物や動物について、シンがエドナに教えていた。
が、途中で大きな石を弾いたのか馬車が激しく揺れた際にふたりして壁に頭をぶつけ、以来大人しくなった。
「ロゼさんは何年間ヤシナにいたのてすか?」
車輪の音が響き渡る客室で、エドナが疑問を投げかける。
「何年間、か。そうだねえ、アイサルの学校を出て直ぐだから、4年間だね。…にしてもよくこんな状況で寝られるね…。」
長方形の客室ではシンが角に、エドナがその隣に並んで壁に背中を預けており、その向かい側でロゼリアが座っている。
エドナとロゼリアがぽつぽつと会話をする中、シンは熟睡していた。
「昨晩は遅かったですしね。」
エドナが少しふくれてロゼリアを見る。
「悪かったって。久々に酒を飲んだもんだから、つい盛り上がっちまってね。」
ロゼリアが笑いながら返す。
シンとエドナが宿に戻った時に部屋の鍵ははすでに開いており、ロゼリアが深い眠りに落ちていた。
「森の魔物と戦ったのも昨日ですし、シン様、さすがに疲れますよね。」
エドナが心配そうに言う。
ロゼリアも流石に悪気を感じているのか、昨晩の事については何も聞いてこない…
「んで、私が飲んだくれてる間、あんたらどこで何してたんだい?」
はずはなかった。この神経の図太さだ。
「こいつのことだ、廊下に佇む女の子を放置して寝たりしないだろう。」
一緒にいた時間が長い分、シンの性格をエドナ以上に理解しているから厄介なのだ。
飄々と聞いてくる。
「外で星を見ていただけですよ…別に、ロゼさんが聞いて楽しいようなこと、ありませんから!」
ロゼリアの興味を断とうとしたが、当人は余計楽しそうに笑って言う。
「ほう?私が聞いて楽しいような事ってどんな事だい?」
完全に墓穴を掘った。
「いや、本当に、広場で星を見ていただけなんです…すごく綺麗だったのですよ!精霊も沢山飛び交っていて!」
「信じられないね…互いに好きなふたりが星を見ていて、手さえ繋ぎもしないなんて…」
「ロゼさん!!!」
話題を逸らそうとしたが、無駄であった。
はっとしてシンの方を見ると、相変わらず客室の角にはまって熟睡している。
聞かれなくて良かった、と思う反面、早く起きてロゼリアの暴走を止めて欲しい、とも思った。
「…寝るねぇ。」
ロゼリアがシンを見遣って言う。
こんなにもうるさくしているのに、全く起きる気配がない。
「ま、森での怪我を術式で治したからねぇ。あれは怪我は直ぐ治るけど、体力を削ぐから余計眠くなるんだよ。副作用みたいなものさ。」
ロゼリアがさらりと言う。
では、昨晩は相当眠たかったのではないだろうか。
睡眠時間を削ってしまって申し訳ない、という気持ちが湧いてくる。
「そういえば、シン様って今も術式を使えるのでしょうか?」
難しい話だったので詳しくは覚えていないが、シンはラクシュミの力を借りて無詠唱で術式を使えた。
「こいつが術式を使えるのは、元々の素質と式を覚えた努力だよ。…今も変わらず生命基盤の半分はマナだから、無詠唱もできるだろうよ。寧ろ、ラクシュミのマナが安定している今は、もっと楽に使えるだろうね。」
シンは本当にすごい。
術式も、剣の技術も、その他の体術も、全て生きるために身につけてきたのだ。
「ラウド船長の船であんまり退屈だったので、一番広い船室を使って、一度シン様と本気で手合わせしました。勿論武器なしで。」
ロゼリアが興味深そうに見つめる。
「…完敗でした。全部軽く避けられました。しかも最後に投げ飛ばされた先が積み上げられた布団だったのです…。」
間違ってもエドナが怪我をしないように配慮したのだろう。
だが、それはシンにそこまでの余裕があったという事だ。
悔しそうに言うエドナを見て、ロゼリアが堪えきれない笑いを漏らす。
「あんたら、ふたりの時何してるのかと思ったら、そんなことしてたのかい…。というか、船室でやるんじゃないよ…」
笑いで途切れ途切れになる言葉をなんとか繋ぐ。
気温が下がり、肌寒くなってきた。
アティカで買った防寒着を着ながら、エドナがシンの方を見る。
「さすがに起こさないと、風邪ひいちゃいますね。」
どう起こそうかと悩んでいると、案の定ロゼリアが悪戯らしい笑みを浮かべていた。
「エドナ、眠っているオヒメサマを起こす方法」
「しません。」
「逆だけど細かい事は」
「しません!」
それ以上言わせるとこちらの頭がおかしくなりそうなので、言わせない。
自分の想像も、食い止める。
自分よ、それ以上先を考えるな。
「よしじゃあ私が…」
「しません!って、ちょっとロゼさんー!!シン様起きてください!切実に起きてください!ロゼさんがー!!」
叫び散らしながらシンを揺する。
先ほどまでもたれかかっていた壁に思いっきり頭をぶつけ、シンが呻きながら起きた。
「おは、よう…。衝撃的、な、目覚めだった、よ…。」
エドナはまたも叫ぶ。
「はわわわ、ごめんなさいごめんなさい!」
頭をぶつけさせてしまった事に対する単純な謝罪と、先ほどまで想像していたことと。
あい混ざって、シンを直視できない。
床に突っ伏して土下座のような体制になりながら、必死に顔を隠す。
ロゼリアはというと、文字通りお腹をかかえて笑っている。
「ロゼ…またエドナに何かしたでしょ。だめだよ、エドナかわいそうでしょう。」
シンがまだ、夢半ばといったようなおぼつかない口調で言った。
違うんです、いや、違わないのですが。
何かされそうだったのはあなたです。
無防備に寝すぎです。
フィールド調査で自然豊かな土地に来ています。
美しい自然を見ると、ふと、シンとエドナだったら、どう感じるかな、と考えてしまいます。
その時に新しいお話が生まれることがあります!