7. happiness
7.happiness
アティカの柔らかな風の中、畑仕事をする人々、猟具を作る人々、食物や武具、日用品を売る人々。
各々が仕事に勤しむ。
シンたちは朝早くから商店を巡り、道中必要なものを買い揃えていた。
「シン様!これなんてどうでしょう。」
エドナはもこもことした防寒着を着て見せる。
シンは良いんじゃないかな、と緩慢に返した。
これから向かう場所は馬車で北に半日ほど行った所の、雪の街オミレ。
そこにロゼリアの調査対象の精霊がいる。
元来雪の街オミレは寒い街だ。
そしてロゼリアによると、その気候はオミレの隣山に住む精霊が司っているそうだ。
その精霊が何故か不安定であり、今は更に寒くなっているという。
「そういえばロゼ、他の研究者はもう現地にいるの?」
何やら怪しい民芸品を見つめているロゼリアにシンが尋ねる。
わざわざユーラビアから術式学者を呼ぶほどの調査だ。
呼ばれた研究者がロゼリアだけということは無いだろう。
ロゼリアは民芸品を凝視したまま答えた。
「2、3人現地にいるよ。あと、オミレの北と西から精霊の影響評価をしながら来ている班があるね。全員で十数人。」
オミレの隣山の精霊は、精霊の中でも力の強い部類だそうだ。
その周囲に与える影響を調べるために、4つの班に分かれて調査を担当しているという。
東は海なので、西、北、南から1班ずつと、直接オミレで精霊の状態を調査し続ける班。
ロゼリアは南から調査をする担当だ。
「でも、なんでまたロゼはひとりで調査していたの。偶然会えたから良かったけれど、危なくない?」
都市間の移動は危険が伴う。
戦闘能力に劣る学者は護衛をつけるのが常套手段だ。
「個人的に寄りたい場所があってね。ああ、あんたらと会う前に済ませたから後は北上するだけだよ。」
目を細めながらロゼリアが返す。
「どんな所なのですか?」
シンが会計を済ませておいた防寒着を受け取ったエドナがいつの間にか戻ってきており、質問を被せた。
ロゼリアはそれに対して、軽く笑いながら答える。
「なんのことは無い、ちょっとした思い出の場所だよ。」
「それってもしかして、ロゼの旦那さんの住んでいた村?」
間髪を入れずに、だがあくまで緩慢にシンが聞く。
アイサルで研究をする前、ロゼリアはヤシナにいたという話を聞いたことがある。
ヤシナは精霊が多いため、精霊や術式研究の聖地なのだ。
まあね、と軽く、返すロゼリアにエドナが食いつく。
「ロゼさんの旦那さんってどんな人だったのですか?出会いはどのような・・・?」
対してロゼリアは悪戯らしく笑った後、先ほどから凝視していた民芸品を手にとって店主に渡しながら言った。
「そんな過去の話はどうだって良いんだよ。またいつか気が向いたら話してやるよ。あんたは、今を考えな。」
またもや、からかわれている。
「ロゼさん!?」
エドナは慌てて否定してから恐る恐るシンの方に目を遣った。
シンは先ほどまでロゼリアが見ていた民芸品を見ており、聞いていない様子であった。
良かった。
「シシ・・・マイ・・・?ロゼ、これ何に使うの・・・。」
呆れた様子でつぶやく。
まだ時間はあるが馬車に乗るためにアティカの村の広場に来ると、そこには昨日は見られなかったものがあった。
草原の上に佇む、幅5メートルほどの毛むくじゃらの白い巨大な饅頭のような塊。
村人は全く気にしていない様子で広場を行き来する。
その塊はシンたちが近寄ると、もぞもぞと動いた。
「うぅん・・・。ん、キミたちが例の・・・。」
その塊はもぞもぞと動きながら、少年のような高い、だが少し掠れた声を発した。
シンたちが呆気にとられて見ていると、その塊は丸めていた体を伸ばし始めた。
まず現れたのは、長いしなやかな尾。
次に伸ばした太い首の先には、羽のようなふわふわとした耳と、小さな角。
起き上がると鋭く長い爪が見えた。
頭の先から尾の先まで、8メートルはある。
伸びをして広げた翼は体の2倍ほどもあり、あくびをすると立派な牙が覗いた。
この街を守っているという竜だろう。
その黒く澄んだ瞳を向けて、竜は言葉つなげ始めた。
「キミたちだね、森の魔物を助けてくれたのは。」
心当たりの無いことだった。
森の魔物は、殺したのだ。
答えずにいると、竜は大きな瞳を細めて続けた。
「助けたんだよ、北の精霊のせいで、彼らは苦しんでいたんだ。キミたちのおかげで、彼らの魂はまた、廻り始める。」
唐突に語り始めた竜を見て、3人はただ呆然とする。
気づいた竜は少し慌てて足した。
「これ、受け売り。すごく偉い竜の。」
その人間らしい仕草に緊張がほぐれたのか、エドナが口を開いた。
「この村を守っている竜さんですか?」
やっと喋ってくれたのが嬉しかったのか、竜は目を輝かせながら返す。
「守っている、っていうのはちょっと大げさだけど。まあ、一緒に暮らしている、かな。ボクの名前はネオン。よろしくね。」
「ずいぶん可愛らしい名前じゃないか。」
ロゼリアが笑いながら言う。
3人は簡単に自己紹介をした。
「すごいです!私、初めて竜に会いました。人の言葉を喋れるのですね!鱗は無いのですか?火を吹くのですか?地震をおこせるのですか?何歳なのですか?どこで生まれて、えっとそれから・・・」
思いつく限りの質問を並べるエドナにネオンが少し困った表情になる。
「エドナ、落ち着いてね。」
シンがなだめる。
「年はまだまだ50くらいかな。鱗は毛の下にびっしりあるよ。火を吹いたり地震をおこしたりは出来ないけどね。キミ、竜に対するイメージ面白いね。」
竜の寿命は種によって様々だが、ネオンの種族は500年ほどだそうだ。
まだまだやんちゃ盛りなのだろう。
「そうだ、もう一頭の竜はどこに行ったんだい。一緒に暮らしているんだろう。」
ロゼリアが思い出したように聞く。
ネオンは決まりが悪そうに答えた。
「北に行ったよ。精霊の様子を見に行くって。本当はボクも行きたかったんだけどね。精霊、心配だし。」
ネオンが寂しそうに言う。
もう一頭の竜は、ネオンとは別種だそうだ。
翼を持たない竜で、寒さの耐性が強い。
しかし、ネオンの種族は寒さに弱いために北上できないという。
「でも、君がいるおかげでアティカの村の人たちは安心して暮らせているみたいだね。」
シンが白い竜に笑顔を向ける。
「そうかな・・・。そうだね、うん。」
ネオンもどことなく嬉しそうにした。
「そもそもなんで、ネオンは人と暮らしているのですか?」
エドナが尋ねる。
竜と暮らすことで防衛面等人は得るものが多いが、竜にとってのメリットは見当たらない。
対して、ネオンは幸せそうに目を細めながら答えた。
「一緒に暮らせる、それ自体が嬉しくて楽しいことだからかな。」
広場で子供達が追いかけっこをしている。
「ボクら竜は数が少ないからね。・・・ここの人たちは暖かい心でボクらと接してくれるんだ。」
かけっこをしていた子供の一人が転び、泣き始めた。
「だから、こんな皆を守れたらな、とも思うんだ。」
村人の、恰幅のいい女性が歩いてきた。
「ネオちゃん、おいしい柿がとれたよ。食べるかい?」
ネオンが目を輝かせて振り向く。
「旅人さんたちもどうだい?アティカの柿はおいしいよ。馬車の時間までまだ少しあるだろう。」
竜と、4人の人間と。
輪になって座り、のびやかなひと時を過ごす。
確かに、幸せかもしれない。
種族なんて関係ない。
利害も関係無い。
ただ、こうやって、一緒の時間を笑って過ごせる。
それだけで、とっても幸せだ。
竜のお話、ずっと書きたかったです。ほんのほんの少ししか書けませんでしたが…!