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6. new moon

6.new moon


宿から食堂と反対方向に歩いていった先のなだらかな丘。

柔らかい草が一面に生える。

辺りでは夜虫が鈴のような澄んだ音色で鳴き交わしている。

シンはエドナが湯冷めしないようにと、部屋から持ってきていた防寒用マントを被せた。

エドナが楽しそうに笑う。

「なんだか、最初のリベックを思い出します。」

「あの時もそれを着せたね。」

シンも懐かしむように言った。

温い風がゆるやかに吹き過ぎる。

新月の夜空に星が一層強く輝いている。


「あの時から、いろいろな事が変わりましたね。・・・最初は自分の状況が信じられませんでしたが、今はなんだか過去が遠いです。」

「本当だね。いろんな事があって、いろんな事が変わった。」


夜虫の音色が響き渡る。


「シン様、本当に、ありがとうございます。」

「どうしたの、急に。」

隣のシンが笑いながら振り返る。

この笑顔に何度救われたことか。

今だって、こんなにも幸せな気持ちになる。

「なんだか、シン様と出会った時のことを思い出していたら、急に言いたくなって。」

エドナがたまらず、照れ笑いをする。

心地よい沈黙が流れる。


「それじゃ、僕も、ありがとう。だ。」

「え?」

柔らかい芝生に仰向けになって、シンがやっと聞こえるくらいの声で言葉を落とした。

「今、ここに居られるのは、エドナのおかげだなって。」

澄んだ夜空に満ちる星をその瞳に映しながら、隣の青年はひとつひとつ言葉を置いていく。

自分がシンを救った、ということを言っているのだろう。

自分はまだまだだ。

シンのように相手の気持ちを思いやって言葉をかけられている訳ではない。

ともすれば感情の押し付けと取られるような、我儘だ。

だが、ここでそのような事を言うのは馬鹿げている。

こんなにも幸せなのだから。

言葉の代わりに、シンと同じように草に頭を預けて仰向けになった。


「シン様、怪我は大丈夫ですか?」

思い出して聞く。

ロゼリアのせいとはいえ、フォレストクレーテの穴では申し訳ないことをした。

「うん、ロゼに診てもらったよ。結構打撲していたけれど、手当してくれたから、大丈夫。」

シンは笑いながら言う。

なんだかんだ言いながら、ロゼリアもシンのことを常に気遣っているのだ。

「最初にロゼさんに会った時は驚きました。」

「そうだよね。いきなり投げとばすんだから。」

「ロゼさんって力ありますよね。」

「あれね・・・最初は術式だと思っていたけど、違ったみたい。」

一拍、夜虫に譲り、顔を見合わせて笑いあった。


「そういえば、ロゼさんも不思議がっていたのですが、シン様は、いつからそんなに強いんですか?」

シンは本当に強い。今朝の森でも、時間さえ与えられればひとりで二百全ての魔物を掃討してしまうほどの勢いであった。

「そこまででもないと思うけど・・・」

少し考えるような仕草をしてから、再び言葉を紡ぐ。

「そうだね、今日は、少しだけ昔話をしようか。ほんの少しね。」

シンが自分の過去を語るのは本当に珍しい。

鼓動が高鳴るのを感じた。


「昔、ある小さな国がありました。」

ロゼリアの話していた、カンタナグザのことだろうか。

シンのいた国だという。

「小さな国が生き残るためには、いくつかの手段があります。一番簡単なのが、大国と同盟を結ぶこと。次に簡単なのが、強い力を持つこと。その小さな国は、後者でした。」

物語を語るように、言葉をひとつひとつ紡ぐ。

「国を率いていた王は、紛れもなく国一番の強者でした。集団で挑んでも、勝てる人はいません。強力な魔物や竜でさえもひとりで討ちとる、と言われていたほどです。」

驚愕。竜はこの世界で最も強い生物と言われている。

その竜さえも敵わない人間が、大国アイサルの技術と数多の軍隊の前では、大敗を喫した。

「王は代々、その子に言ったのでした。王の子ならば強くあれ。一身に国を背負えるほどに。・・・物心ついた時から剣を握らせ、様々な戦い方を、文字通り、たたき込んでいきました。」

シンが苦笑する。

「これは王家に限らず様々な名家でなされ、強い家が高い地位を得ていきました。こうして、国力が保たれていったのでした。」


沈黙が流れる。

「え、終わりですか。」

「うん、終わり。」

あまりにも唐突に話が終わったので、思わず確認した。

シンは相変わらずのやわらかな口調で返す。

この話、これではまるで・・・

「もしかして、もしかしてですけれども」

そんなおとぎ話のような事が起こり得るだろうか。

「シン様って・・・王族ですか。」

シンが苦笑いする。

「元がつくけどね。」

普段ならば驚き飛び上がっているところかもしれないが、不思議とそうはならなかった。

むしろ、そのようなことを普段と変わらぬ調子で何気なく言うシンが、おかしい。

思わず、笑ってしまう。

「何か変なこと言った?」

「シン様、王族って・・・全然雰囲気ないですね。」

「元、だからね。元。人生のたった半分、それも前半。」

恥ずかしくなったのか、少し早口で取り繕うように言う。

その様子が普段と少し違い、またおかしかった。


驚きの事実だったがそれ以上に、こうして笑う今の時間があまりにも幸せだ。

出会えて本当に良かった。

生きる道を選んでくれて、本当にありがとう。

不思議な気分だ。手を伸ばせば簡単に届く距離なのに、触れられない。

シンの笑顔を見て、何となしに寂しい気持ちになった。

なぜだろう。

こんなにも満たされているのに。

だが、その寂しさをまとった幸せがまた嫌に美しく、愛おしく感じられた。



なぜこんな話をしてしまったのだろう。

二度と口にすることなど無いと思っていたことを。自分の心の中から決して出ることは無いと思っていた記憶を。

決して悪い思い出ではないのだ。

厳しくも丁寧に教えられた戦い方。

夢を見、夢を追い、そして、大切なものを守る力となった。


隣で楽しそうに笑うエドナを見ていると、不思議と寂しい気持ちになった。

ロゼリアに散々言われたが、こればっかりは、自分の経験ではどうにもならない。

今は上手く伝えれなくても、許してほしい。

君がくれた時間で、どうにかするから。



夜虫の鳴き声が静寂の上に踊る。

「危ない危ない。こんなところで寝ちゃったら、風邪ひくね。」

おどけた語調で言いながら、シンが起き上がった。

確かに、風は暖かいが浴び続けていたら体に響きそうだ。

だが、すぐには立ち上がらずに夜空を見上げる。

新月の夜空に強調される星の輝き。

「エドナ。」

シンがおもむろに声を発した。

急に名前を呼ばれ、振り返る。

シンは夜空を見上げたままだ。

「『月が綺麗だね。』」

再び視線を夜空に戻し、月を探した。

あるはずがない、新月なのだ。

「シン様?今日は新月ですよ。」

疑問をそのまま投げかけると、シンはただ柔らかく笑った。

その笑顔がやはりこの上なく愛おしく、そして心地よかった。



卒業への追い込みで遅くなりました。

また楽しく書いていきます!

よろしくお願いします。

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