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4.forest

4.forest


角の生えた狼の魔物が襲いかかる。

シンがそれをひと薙ぎで切り倒すと、辺りは静寂に包まれた。

「ったく、お出迎えはいらないよ。」

ロゼリアが吐き捨てるように言う。

3人は森の入口に差し掛かっていた。

鬱蒼とした木々が侵入を拒むように生えている。

街に来た精霊に聞いた話では、森の精霊たちがかつて集っていた千年樹という老齢な大木が完全に魔物に占領されてしまったという。

魔物の数は二百に近く、精霊たちは森の端まで追いやられている。

「じゃあ予定通り、森奥の千年樹を目指すよ。そこを一気に叩く。精霊が持ちこたえられるのも時間の問題だからね。」

ロゼリアが確認し、シンとエドナが頷いた。


太陽は昼前の日差しを届けているはずだが、森の中は薄暗い。

警戒しながら森を進む。

「ヤシナは人も精霊も魔物も共生すると聞いたのですが、このように敵対することもあるのですね。」

襲いかかってきた一抱えもある巨大なコウモリの魔物を退け、エドナが不思議そうに言う。

「魔物は人よりもマナの感受性が高いからね。精霊に異変が起こったりすると自我が崩壊して、いわゆる凶悪化しやすいのさ。そして、今回の魔物の凶悪化の原因は、恐らく北の精霊だ。その調査に呼び出されたんだよ、私は。」

ロゼリアが答える。

「エドナ、右!」

シンの声で反射的に右を向くと、先ほどと同じコウモリの魔物が向かって来ている。

応戦しようと身構えると、魔物は高く飛翔した。

これではこちらの攻撃が届かない。

襲撃に備えて身構えていると、シンの短剣が空を切った。

一瞬で息絶えた魔物が落ちる。

「さすがです!」

エドナが歓声を上げる。

「あんたら、見世物でもするつもりかい。」

ロゼリアが笑いながら言い、前方を指さした。

見上げるほどの大木。

直径10メートルはあるだろう。

周囲は光が差さないためか、木が生えずにコケやシダが地面を覆っている。

木の陰に隠れて様子を伺うと、様々な形の魔物が見えた。

樹で爪を研ぐ虎のような魔物、植物に擬態した小さな魔物、とぐろを巻く二首の蛇。

その他様々な魔物が思い思いの行動をしている。


「それじゃあ、行ってくるよ。」

シンが長剣を抜き、木の陰から出て行った。

さすがに魔物の数が多いため、今回は作戦を立てたのだ。

シンが魔物の注意を引き、ロゼリアが術式で弱い魔物を一掃する。

エドナは術式構築中のロゼリアを援護する。

術式は可能ならば木の陰にでも隠れて構築したいが、それでは魔物の中心からあまりにも遠すぎる。

極めて簡単なものだが、無鉄砲に突っ込むよりは遥かに安全で効率がいい。

様々な魔物が様々な方法で襲いかかる。

翼を持つものは上方から、地を這うものは下方から。

囲まれては走り、また囲まれては走る。

それを繰り返して、シンは魔物の注意を引きつつ襲い来る魔物を一匹ずつ切り倒していった。

「シン様、無双ですね・・・。」

術式を構築するロゼリアに襲い来る魔物を退けながら、エドナが溜息混じりに呟いた。

「できたよ、伏せな!」

エドナが反射的にかがんだ。

シンも体制を極力低くし、加えて耳をふさいだ。

辺りに爆音が轟き、光が視界を埋め尽くす。

光が収まるとシンは目を開けた。生き残りを探す。

ロゼリアの使う攻撃術式は下方に届かないものとわかっていたので、地を這う魔物を優先的に切っていっていた。

術式による攻撃が当たらなかった魔物はそう多くはないだろう。

「ロゼさん・・・耳も塞げ、って言ってください・・・。」

ロゼリアのすぐ隣でかがんでいたエドナがふらふらと立ち上がる。

「悪い悪い。ほら、生き残りを探すよ。」

ロゼリアがエドナの頭をぽんぽんと叩く。

「あ、頭に響きます・・・。」


樹の陰に、微かに動く影を見つけた。

シンがその影を追って慎重に覗くと、そこには甲羅の長径だけでも5メートルはある亀の魔物が膝をついていた。

「フォレストクレーテ・・・!」

この魔物については本で読んだことがあった。

地下に巨大な巣を形成する陸亀型の魔物。

人が5世代を跨いでもその生から死を見届けられないほど長寿な魔物だが、その生涯の大半を巣穴掘りに費やして、モグラのように土中の生物を捕食する。

基本的には温厚で恐れることのない魔物だが

「まずい。」

呟きながらエドナとロゼリアを視界に入れる。

ふたりは互いに手が届くほど近くにいる。

青白い光をまとったフォレストクレーテが右前足を高く掲げ、地面に向けて振り下ろした。

大地を揺るがす術式だ。

足元が揺らぎ、轟音に包まれたと思うやいなや、視界が急に暗転した。



ゆっくりと目を開ける。

「痛た・・・シン様・・・?ロゼさん?」

急に地震が起こったかと思うと地面が崩れて、どうやら地下に落ちたようだ。

薄暗い。

見上げると大きな穴が開いており、光が差し込んでいる。

暗いと感じていた森も、闇の中から見ると十分明るく見える。

「エドナ、無事だね。シンはいないか・・・距離があったしねえ。」

背後から声をかけられて振り返ると、ロゼリアが立っていた。

片手に、術式を記したのであろう光源となる石が握られている。

「ロゼさん!」

ひとまず安心感を覚える。

だが、無論、最大の案件が残っていた。

「シン様、どこでしょう。」

ロゼリアが辺りを見回す。

「方向的にはあっちの方にいたから・・・」

「あ。」

ふたりが同時に声を上げる。

そこには、更に深くまで続いていく穴が空いていた。

「・・・落ちたね。」

「・・・落ちましたね」



真上に小さく光が見える。

随分深く落ちた。

千年樹のものであろう、垂れ下がる根を使って何度か速度を減じられたものの、落下衝撃は受けた。

体の至る所が痛むのを感じながら立ち上がる。

「普段、あんなに高いところにいたんだ・・・。」

フォレストクレーテ。

あの巨亀は追い詰められると地面を崩落させて自分ごと敵を巣穴に落とし、逃げる性質がある。

下手をすると自らも落下衝撃で死にかねないが、最後の手段というものだ。

エドナとロゼリアは大丈夫だろうか。

最後に見たときに極めて至近距離にいたので、恐らく一緒だろう。

ひとりずつであればどちらも心配だが、ふたりならばきっと大丈夫だ。

「・・・さて、どこから上がれるかな。」

冷静に考えて今のシンの状況はふたりより危険だが、不安感を全く感じていないような表情で歩き出した。



ふたりの人間の足音が広い空洞に反響する。

「何の気配もありませんね・・・。」

エドナが不安そうに言う。

途中、何度か下り坂があったので下層に向かって進んでいるのは確かだが、全く道がわからないのはやはり心許ない。

そしてそれ以上に、ひとりで深くまで落ちたであろう、シンが気がかりであった。

「あの亀の魔物は穴を掘って餌をとっているから、あまりそこに住もうっていう物好きな魔物も居ないんだろうね。こっちとしては好都合だけど。」

「なるほどです。ところで、こんなに深く落ちて、大丈夫でしょうか。落下・・・。」

高いところから落ちるのは、シンにとって非常に大きなトラウマのはずだ。

不安感に包まれながら深く続く暗い穴を見る。

ふとロゼリアの方を見ると、何故か斜め下を向いて笑いをかみ殺していた。

「ロゼさん・・・何に笑っているのですか。」

呆れたようにエドナが聞くと、ロゼリアは笑いで途切れ途切れになりながら言葉をつないだ。

「いや、まず高所恐怖症ってとこに・・・」

「それ何年間ツボに入っているんですか。」

普段弱みを見せないシンの意外性がどうしても可笑しいらしい。

紛れもなくその原因を作った張本人なのだが。

「あとやっぱり、あんた、シンのことが大好きなんだなって思って。」

ロゼリアはまだ笑いながら言う。

エドナは足元の石につまずき、転びそうになりながら慌てる。

「ロゼさん!いきなりですか!」

ロゼリアはそれを見て更に笑う。

そうだ、この優秀な術式学者とふたりになると、いつもこうなのだ。

早くシンと合流しなければ。

色々な意味で。

「そうだ、いい機会だ。あんたに聞いておきたいことがあったんだ。」

思い出したように言う。

良かった、話題が逸れる。

「シンのどこが好きなんだい?」

変わっていなかった。

「どっ・・・」

エドナは顔を赤くしながら、ただただ狼狽えた。

「あるだろ?優しいー、とか、強いー、とか。」

攻める。

確かに激しく同意できるが。

エドナはひとしきり慌てた後、呼吸を整えて言った。

「どこが、なんて考えたことがありませんでした。だって・・・どこがって、一部じゃないですか。・・・そういうのじゃ、ない、です。」

ロゼリアの視線から逃れるように俯き、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。

少しの沈黙が流れた。

恐らくは、解釈の時間。

「つまり全部好きだってことか!あんた少し見ない間に大胆になったね。何かあったのかい?」

「何もないです!違うんです、そういう意味じゃ」

「違うのかい。」

「あ、でも、そういう意味・・・あああもうロゼさんー!」

叫び声に笑い声が乗り、賑やかな音が暗闇の中に響き渡った。



どれだけ上がっただろうか。

動いているせいだろう、落下時の痛みが増してくる。

暗闇に目は慣れたが、少し入り組んだ道に入ると光が全く無くなる。

崩落した穴からの光が唯一の光源なのだ。

「ロゼみたいに術式が書ければ困らないんだけどなあ。」

溜息をつく。

ここがフォレストクレーテの巣穴であったことが、せめてもの救いだ。

凶暴な魔物の巣窟などであったら、さすがに上まで上がるのは困難を極める。

三叉路の壁にもたれかかって休みながら取り留めもないことを考えていると、側方の道から何かの気配を感じた。

静かに身構え、目を凝らす。

転々とする瓦礫を踏みしめながら、何かがゆっくりと近づいてくる。

長剣に手をかけながら体勢を低くする。

と、視界に入ったものは、体長がまだ成体の5分の1程度、1メートルほどの小さな亀の魔物であった。

「子供・・・?」

フォレストクレーテの子がしっかりとした足取りで歩み寄ってくる。

シンの足元まで来ると、見上げてヒューヒューと鳴いた。

「出て行け〜ってことかな。うーん、僕もそうしたいのだけど、暗くて見えないし道もわからないから、正直困っているんだ。ごめんね、ゆっくり出て行くから。」

しゃがみこんで亀の子と同じ目線で言う。

人の言葉など通じないと思うが、話しかけてしまうのも人の性だ。

亀がシンの目を見つめてくる。

沈黙が流れ・・・

ナラ、オイデ。

「え?」

亀から聞こえたのではない、寧ろ自分の中から聞こえた気がした。

亀は向きを90度変えて歩き出す。

シンはしばらくその様子を見送っていたが、

「ちょっと冒険してみるかな。」

少し楽しそうに呟き、亀の後を追った。



前方からの足音に気づき、ロゼリアが灯りを掲げた。

「シン様!」

エドナが歓喜に満ちあふれた声を上げる。

駆け寄った先には、見慣れた笑顔を浮かべる青年が立っていた。

ロゼリアも後に続く。

「深く落ちすぎたよ。」

エドナに笑いかけるシンを、ロゼリアが茶化す。

「そこは、心配かけてごめんねー、会いたかったよーって言って抱きしめるとこだろ。」

適当にあしらおうとするシンを見て、ロゼリアは笑顔でエドナを突き飛ばした。

「ロゼさっ、ふぁぁぁ」

謎の悲鳴を上げてシンに突っ込むエドナ。

「ちょ、痛い痛い痛いっ!」

本気で悲鳴を上げるシン。

「あ、ごめん。あんた、だいぶ落ちたんだったね。怪我してんのか。」

思い出したようにロゼリアが言う。

「そりゃ、あれだけ落ちたら怪我くらいするよ・・・。」

さすがにエドナを支えきれずに仰向けに倒れたシンが、呻くように言う。

エドナはシンから離れようとして転がって壁にぶつかり、悶えていた。


ありがとうございます。

フォレストクレーテは英語とドイツ語のmixで森の亀、という意味にしました ^^

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