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3. precious

3.precious



焚き火を囲む。

「こうして3人で焚き火を囲んでいると、ウユニとラクシュミを思い出します。」

エドナが嬉しそうに呟く。

朝早くにイーストポートを出て北に進み、目的の森を目指した。

凶暴化した魔物の巣食う森までは歩いて残り2時間ほどだが、日が暮れては夜目が聞く上嗅覚が鋭い魔物に対して非常に不利なので、森に乗り込むのは翌日にする。


夕食を終えて談笑する時間は、旅の醍醐味のひとつだ。

シンとエドナは船での出来事や新しい発見について話をし、ロゼリアは飛竜の素晴らしさについて語っていた。

エドナは終始目を輝かせて飛竜にいつか乗りたいと言っていたが、シンはさりげなく目を逸らしていた。

「シン様、飛竜は嫌ですか?」

エドナが尋ねると、シンはエドナから目を逸らしたまま、決まりが悪そうに小さな声で答えた。

「あまり高いところは・・・苦手だから・・・。」

エドナが非常に意外そうな顔をする。

「シン様にも苦手なものがあったのですね。」

シンは軽く笑った。

「それはトラウマのひとつやふたつあるさ。」

トラウマ。ロゼリアは何か引っかかるものがあった。

「あ、それ、私のせいか。」

ひらめいたように言うと、エドナが恐怖を顕にした面持ちで言った。

「ロゼさん・・・何したんですか。」

「違うんだよエドナ、ロゼが何かしたわけじゃなくて・・・いや、したのはロゼか。でもロゼのおかげで助かったんだよ。」

曖昧な返答をするシンにエドナが話をせがむ。

渋りながらも少しずつ話をするシンを、ロゼリアは目を細めて見る。

いつしか自身も追憶の彼方にいた。


アイサルの土地は広い。

あまりに広い。

この広い土地から人をひとり探すことなどできるのだろうか。

わずかな手がかりを頼りに探すこと2年が経ち、3年に差しかかろうとしていた。

走鳥の息が上がってきた。そろそろ休息が必要か。

その時、前方に微かに立ち上る煙が見えた。村が近い。

首をさすると、走鳥は喉を短く鳴らして加速した。

この子も村で休みたいようだ。


アイサルの田舎は生活水準が低く、滞在審査どころか十分な柵や門すら無い村が多い。

審査はあっても困ることはないが、やはり時間をとられずに済むのは楽だ。

村に入り、鳥を水場で休ませていると、何人かの子供が物珍しそうに寄って来た。

旅人が珍しいのか、鳥が珍しいのか、若しくは両方か。

日暮れが近いので手頃な宿を尋ね、鳥を連れて向かう。

今日も一日中走らせてしまった。

暖炉で微かに揺れる炎が肌寒さを助長している。

もう冬支度をする季節だ。

夕食をとりながら宿屋の主人にいくつかの質問をした。

大した情報は得られなかったが、落胆することもない。慣れた。

久々の暖かい布団にくるまりながら、窓から見える星を見つめる。

「一体どこにいるのかねえ・・・。」


何百人もの子供の命を奪い、持つものは全て失った。

残ったものは罪。

一生をもってしても償えるはずはないが、それでも、まだできることが残っているかもしれない。

どれだけ大きな罪に苛まれても、死を選ぶのは最も無責任な方法だ。

わずかに残った可能性、自分にできる事。それを探し続ける。

それだけが、自分の命を繋ぐ希望の糸であった。


最後に会った黒髪の少年。

生きている確信も無いが、あの場で死を選ぼうとしていた自分でさえもこうして生きているのだ。

生きているかもしれない。

いや、生きていてほしい。

自分のせいで壊してしまったあの子の人生を、少しでも補いたい。

あの後、少年に関して調べたが、奴隷として連れられてきた子だ。わかったことは、出身国に加えて実験の参考資料としての年齢、そして名前のみであった。

情報は極めて少ないが、時間と体力を武器に探し続けてきた。

明日は村の人にもう少し話を聞いてみよう。

目を閉じる。

きっと次に目を開けるとき、それは寒々しい朝だろう。


そうはならなかった。けたたましい鳴き声が耳をつんざく。

走鳥だ。

飛び起きて表へ出ると、走鳥が翼を大きく広げて前方を威嚇していた。

明かりの無い村なのでそこに何がいるかがわからない。

騒ぎを聞きつけた村人が松明を持って出てくる。

魔物だ。獅子の頭に竜の翼、蛇頭の尾を持つ獣、キメラ。

走鳥に襲いかかろうとしたのだろう。

村を囲うものが簡素な柵しかないため、魔物が村に入ることも珍しくない。

村人たちが農具を持って集まる。

自身も翼を必死に広げる走鳥の前に立ち、術式を構築するが、焦りがある。

鳥、多くの人。守るべき物が多すぎる。

それが無くとも術式は近接戦には不向きなのだ。

冷静になれ、冷静に。

旅をする過程で今まで様々な魔物に遭遇してきた。

旅をしながら2年かけて戦闘用術式をいくつも習得し、今まで苦戦することは滅多になかったが、このように多くを守りながら戦うのにはまだ慣れない。

火の玉を炸裂させようとしたが、威力が上がらなかった。

目の前で弾ける炎を、キメラは怯みもせずに振り払った。

「しまった!」

言葉を漏らした瞬間、キメラが手近の村人めがけて飛びかかった。

高速で術式を組む。間に合わない。

その瞬間、何かが鋭く空を切る音が聞こえた。

キメラがよろめく。

松明の明かりに照らされ、その首筋に短剣が刺さっているのが見えた。

更にもう一本短剣の追撃が来たと思うと、それに間髪を入れずに細く鋭い光の軌跡が見え、キメラが崩れ落ちた。

松明に照らされ、浮き上がる刀身。

その長剣の持ち主は黒を基調とした服に身を包むひとりの人間だった。


村人がその人間に駆け寄る。

駆け寄った村人が持っていた松明で、その人間の顔が照らされた。

危機感を欠いた、屈託のない笑顔を振りまく少年。

あまり高くない身長、幼さの残る顔つき。

肩を過ぎるまで伸ばした柔らかそうな黒髪が、頭の動きに合わせて揺れる。

見間違えようがなかった。

村人からの謝辞を受け流しつつ適当に受け止め、その少年は歩き出した。

駆け寄ると、少年が振り向いた。

その向けられた優しげな笑顔が心を締め付ける。

出かけていた言葉が喉の奥に引き戻される。

君の名前は。

君はどこから来た。

確認しなければならないことは沢山ある。

きっとこの少年は、自分が長らく探し続けていた存在だ。

その強すぎる確信が、逆に心を追い詰めた。

「どうしたの、お姉さん。」

無垢な笑顔で疑問を投げかける少年。

その笑顔は間近で見ると幼さよりも、落ちつきと大人らしさをたたえていた。


深呼吸をする。

「ずっと探していたんだ・・・。シン、だろう。」

少年の笑顔が一瞬消える。

笑顔が消えると幼さが垣間見える。

「研究員・・・さん・・・?」

少年はすぐに思い出したようで、神妙は面持ちで質問を質問で返した。

だが、少年からの問いは十分に、自分が聞きたかった事柄の答えとなっていた。

「そうだよ、あの時の、非道な研究者さ。・・・まず、安心して欲しい。別にあんたをどうこうしようと思って探していたわけじゃないんだ。」

警戒する少年を落ち着かせ、自らの事と今までの経緯をかいつまんで話す。

やがて警戒を解いた少年の顔には、再び大人びた笑顔が戻っていった。


「何度も言うようで悪いけど、本当に、私はあんたにしてやれることは何でもしたいんだ。遠慮なく言っておくれ。」

そんなことを急に言われても困るだろう、ということは百も承知だが、それ以外に言葉が見つからなかった。

今まで途方もない人探しの旅をしていた。

諦めてはいなかったものの、次第に実際に見つけることが現実味を欠いてきた。

そしてその分、かけるべき言葉を見失っていた。

村人が寝静まり、静寂が村を満たす。

これ以上外で声を立てるもの迷惑になるということで、明日の朝に会うことを約束し、それぞれの宿に戻って眠りに就いた。


明くる朝、シンは約束を違えなかった。

走鳥を興味深そうに撫ぜている。

走鳥も全く警戒せず、気持ちよさそうに甘えている。

「おはようさん、来てくれてありがとうね。」

声をかけると、シンは昨晩と変わらない優しい笑顔で振り向いた。


走鳥を間に座らせ、広場の芝生の上で話をする。

シンは今までアイサルの田舎を回り続けていたようだ。

美しい景色を見ながら、様々な土地に足を運んだ。

自分の見てきたものについて楽しそうに語るのに加えて、国籍を持たないために所々で兵士に見つかっては死ぬ思いで逃げた、ということを極めて危機感を欠いた口調で語った。

この排他国家では、国籍のない人間は即刻排斥されるのだ。

少年の、過去の辛さを感じさせないその笑顔が、やはり胸を締め付ける。

語る間に昼が近づいてきていた。

昼食をとることを提案して立ち上がったその時、数人の村人の声が聞こえた。

「あの方です、魔物を撃退してくださったのは。」

鎧の音が聞こえる。

衛兵だ。魔物の処理に来たのだろう。

どんなに生活水準が低い小さな村でも、事件が起これば街の衛兵が飛んでくる。

文字通り、飛竜で。

シンが一瞬面倒くさそうな顔をしたかと思うと、そのまま衛兵たちの方とは反対方向に走っていった。

そうだ。国籍が無いのだ。

功績を称えられようものならば、即刻気づかれるだろう。本当に面倒な国だ。

ロゼリアはシンの後を追った。

足が速い。

律儀について来た走鳥に跨る。

「どこまで行く気だい!」

風にかき消されないように大声で叫ぶ。

「逃げ切れるまで。」

走っているとは思えない余裕な口調で答えが帰ってくる。

鳥を加速させ、シンの前に出て止まらせる。

「乗りな!飛竜には勝てないけどね!」

シンが身軽に鳥に跨る。

後ろのシンに手綱を握らせて振り返ると、衛兵たちも走鳥で追ってきた。

不幸中の幸いか、同じ走鳥ならば逃げ切れる見込みはある。

「あんた、こんなこと何度もやってきたのかい?」

尋ねると、シンはやはり笑いながら答えた。

「うん、何度か本当に危なかった。そして、今回もだいぶピンチ。」

いつの間にか村を出て走っていた。

後ろにはまだ衛兵が3人、それぞれが走鳥に乗って追ってきている。

悪いことなど何もしていないと言うのに、理不尽にも程がある。

心の中で愚痴を漏らしていると、急に走鳥が90°進路を変えて停止した。

進行方向だった方を見ると、そこは崖となっていた。

まずい。

追いついてきた3人の衛兵が自分達を囲むと、鳥から降りた。

シンとロゼリアも走鳥から降りて身構える。

「なぜ逃げるのですか、我々はあなたの功績を称えたいのですよ。」

ひとりの兵が丁重に言葉を並べる。

「結構ですー。」

シンが緩慢に返すと、別の兵が訝った。

「まさかとは思うが、不正入国者か・・・?」

ご名答だ。

入国したくてした訳ではないだろうが、国籍を持たないことだけで不正入国扱いにされるのがこの国だ。

3人の衛兵が身構える。

シンも体制を低くするが、剣は抜かない。

衛兵と戦う気が全くないのだろう。

あくまで逃げる気か。

周囲を見回して退路を探るが、衛兵たちの無駄のない動きで退路は埋められていく。

目線を更に泳がせた先には、崖。

その下にごうごうと流れる、川。

相当に高い崖だ。普通に落ちたのでは命はないだろう。シンの方を見ると、彼も同じように崖の下を見ていた。


走鳥の手綱を外す。自由にしていい、の合図だ。

続いて頭を撫でながら嘴に軽く口付けし、呟く。

「すまないね。」

鳥の澄んだ瞳から目を離すと、今度は衛兵と崖を見比べているシンの方を向く。

「なあ、シン。ユーラビアに行かないか。」

シンは驚いてこちらを振り返る。

「国籍、取らせてやるよ。もっと自由に、沢山旅ができる。アイサルより自然が豊かで、精霊もいる。」

アイサルで国籍を取ることは容易でないが、ユーラビアならば自信がある。

衛兵の方を見つつ、シンが呟く。

「行きたい・・・」

その言葉を確認すると、頷いてシンの手をとった。

足に力を込め、地面を蹴る。

落ちる、落ちる。

重力に任せてすごい勢いで下の川に近づいていく。

無抵抗に一緒に落下するシンを抱き寄せ、組みかけておいた術式を発動させる。

「アンチグラビティ!」

体の回りを青白い光が取り巻いた。

重力が無効化され、更に逆向きの力が働いて速度が落ちる。

水面まで残り数メートルというところで落下は完全に停止し、体が浮上を始めた。

術式の発動を止めると、思い出したかのようにかかる重力によって川に落下した。


すぐに岸に上がる。

シンの方を見ると、完全に気絶していた。

嫌に無抵抗だと思ったらそういうことか。

幸い水は飲んでいないようだ。

思わず笑ってしまいながら、水に濡れた柔らかい黒髪を撫でる。

この子を守ろう。

この優しい笑顔を守り続けよう。

自分の人生の新しい幕開けだ。

自分の過去に対して許しを請うなんてことはしない。

ただ、その上に新しい物語を紡いでいくだけ。

この子を守り、新しい糸を紡いでいこう。

国境は近い。

1日も歩けば着くだろう。

優しい心の少年よ、少しお休み。

目が覚めたら、また素晴らしく美しい世界の物語が始まるから。


焚き火の薪が爆ぜる音で、意識が引き戻される。

「急に崖から飛び降りるんだから、心の準備が全く出来ていなくてね。さすがに途中で意識飛んだよ。死ぬって思った。」

シンが笑いながら語る。

「でもロゼはすごいよ。研究が世界的に認められているから、ユーラビアへの移民申請もすんなり通って、僕のこともロゼが親戚って申請して・・・」

シンが笑いながら続ける。確かに移民申請は非常に円滑に進んだ。シンの身元についても、ほぼ無審査で通ったようなものだ。

「年齢を書く欄で一瞬止まってね」

「いくつなのですか?」

薪の切れ端をふたつ投げる。

「痛っ」

ふたりの声が重なった。

「あんたら、あんまり夜更かししすぎて明日動けなかったら承知しないよ。」

3人の人間の笑い声が夜の静けさに溶け込んでいった。

精霊が静かに踊る夜の世界に、深く、深く包まれていった。


ありがとうございます。

番外編気味になりましたが次回は本編に進みます。よろしくお願いしますー。

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