14. asterism
14. asterism
春を告げるやわらかな風が吹き、木々の冬芽を優しく撫でる。
街を、野を、山を包んでいた白装束に色がつき始める。
穏やかに晴れる空の下、春を告げる鳥がさえずりを雪の上に踊らせる。
「一緒にアティカまで帰って、ネオンに乗せてもらえば良いのに。」
別れに際して不服そうに言うクロムに対し、シンが苦笑する。
出来ることならば、飛竜は避けたい。
そして、例えやむなく乗るとしても、あの無邪気な飛竜にだけは絶対に乗りたくない。
「私も良い加減帰りたいよ。全く、研究会議と事後調査でどれだけ引っ張るんだか。」
ロゼリアが面倒臭そうに言う。
オミレの雪山の件から、早いことで10日が経った。
シンが十分に動けるまで回復したので、エドナとふたりで西へ進むことにした。
クロムは南のアティカに帰り、未だに仕事が残っているロゼリアはオミレに暫く残る。
「オミレでは随分ゆっくりしたなあ。」
街門を出て、シンが伸びをしながら言う。
エドナが幸せそうに笑う。
「ゆっくりすると、それはそれで面白いものにたくさん触れられますね。私、また初めての経験を沢山しましたよ。」
「料理は驚異的だったね。」
シンが休んでいる間、エドナはオミレの特産物を使って新作に挑戦すると言い、何度か大量の料理を作って周囲を驚愕させた。
しかも、そのうちの一回はクロムと一緒に作り、魑魅魍魎とした鍋が宿の厨房に鎮座した。
あの人の姿をとった竜には、人間の常識が通用しないのだ。
宿の主人が懇願して料理を止めたのも、その時だった。
「街に住む人の生活も知れました。」
料理を止められたエドナは街の暮らしを知りたいと言い、皿洗いや洗濯など、宿仕事を手伝っていた。
会議から帰ったロゼリアが花嫁修業かと揶揄してエドナが仕事を辞める頃には、シンが歩けるくらいに回復していたので街を一緒に回り始めた。
「まず、2日歩くとハルムの村がある。そこからユーラビアに馬車が出ているから、それを使おう。」
陸路でヤシナからユーラビアに戻る。
そして、ユーラビアを一周した時に再びヤシナの地を踏む。
少しずつ、ゆっくり世界を巡る。
「少し話しで聞いた程度だけれども、ハルムは花の村って言われていて、ヤシナいちの花の産地なんだ。100種類を超える花を育てているみたいだよ。春の花が咲き乱れる頃には毎年、花祭りが開かれるんだって。運が良ければ見られるかもしれないね。」
笑顔で語るシンに、エドナが楽しそうに返す。
「お花のお祭りですか、素敵ですね。私、花の名前なんて殆ど知らないので、この機会に沢山覚えたいです。」
道中見かける動植物の話やオミレでの思い出話に花を咲かせていると、みるみるうちに太陽が頂点まで登り、そしてそそくさと地平線に沈み始めた。
春の陽気のせいか襲いくる魔物も少なく、平和的に歩みを進める。
日が暮れきる前にと決めた野営場所は、河原近くの開けた場所であった。
木々が疎らに生える。
「よし、今日はエドナにひとつ、成果を見せよう。」
シンがとっておきを隠す子供のように言う。
エドナが首を傾げていると、シンが枝を拾って地面に何やら文字列を書き出した。
見たことのある光景だ。
数分が経ち、シンが顔を上げる。
「よしできた!」
文字列が青白く光り、周囲を膜のように包んだと思うと、ふっと消えた。
エドナが目を丸くしながら感嘆の声を上げる。
「これ、ロゼさんが使っていた・・・」
「そう。これでゆっくり寝られるよ。オミレでずっと部屋にいるのも暇だったからね、ロゼに本を借りて覚えたんだ。まだロゼほど広範囲には張れないし、時間もかかるけどね。」
シンが枝を手の中でくるくると回しながら答える。
周囲の魔物に察知されにくくし、また、魔物の接近を知らせる術式。
ロゼリアが野営の際に使っていたものだ。
エドナが驚いた表情のままシンの方を見る。
術式の文字列は簡単なものでも、本数ページ分になる。
それをたったの数日で覚えきったというのか。
「シン様って、いったいどれだけ頭良いのですか・・・。」
衝撃に押され、声が小さくなる。
術式の具合を確認していて聞こえなかったようで、シンは辺りを見回し続けていた。
星が空で賑やかに瞬く。
並んで太い木に背中を預け、目の前の夜空を眺める。
「シン様、あの星たちって名前ありますか?あの、7つの強い光の・・・」
「北斗七星。」
エドナの指差す方向を見て即答する。
目を凝らさずともしっかりとその輝きが見える。
「一際強い輝きの、3つの星が見える?」
エドナが夜空を見上げて星を探す。
なんとなく、その横顔を見つめてしまった。
「あれ、と・・・あれ?・・・あ!見つかりましたよ!」
エドナが夜空を見上げている間にさっと目線を逸らし、その指差す方向を見る。
「うん、正解。うしかい座のアルクトゥールス、おとめ座のスピカ。そして、しし座のデネボラ。3つを結んで、春の大三角形。」
すらすらと言うシンに、ただただ呆然とした。
何か言い返さねばと思い、必死に記憶を辿る。
何か知っていることはないだろうか。
そうこうしている間にも、シンの星座解説が繰り広げられる。
「あれがうしかい座の本体で、あっちはうみへび座。おおぐま座、かに座、からす座、りょうけん座、ろくぶんぎ座」
シンがゆっくりと夜空を指差していく。
わずかな間をおき、エドナが笑い出した。
「シン様、詳しすぎです。」
シンがはっとして笑う。
「ごめんごめん。星の名前や物語の本は、子供の頃よく読んだんだ。」
目を細めて夜空を眺めるシンを、エドナが横目で見つめる。
「シン様、私もひとつ夜空のお話をします。」
「何々?」
少し得意げに言うエドナに、シンが楽しそうに聞く。
「昔、この星から月に、無理やりお姫様として迎えられた人がいました。そのお姫様はこの星の恋人や友人を守るために、月へ行ったのです。」
「悲しいお話だね。」
シンが目線の先に月を捉えて相槌を打つ。
今日は満月だ。
「でも!恋人さんはお姫様の悲しい顔を見逃さなかったのです。なんと月まで行って、お姫様を連れもどしました。その後、恋人さんは月からの追っ手を撃退して、お姫様と幸せに暮らしたそうですよ。」
後半、言葉の調子を強めてエドナが語る。
撃退、という言葉がいかにもエドナらしく、シンは少し笑った。
「へえ、知らなかったな。そういうお話があったんだ。」
楽しそうに言うシンに、エドナが付け足す。
「今考えました。」
シンがむせる。
「創作!斬新だね。」
笑いながら言うシンに、エドナが更に言葉を重ねる。
「実を言うと、前に夢の中で聞いたお話なのです。それを今必死に思い出して、繋げました。・・・不思議な夢でした。夢なんてすぐに忘れてしまうのに、あの夢は今でも思い出せます。」
夜空を眺める。
ゆったりとした時間が流れる。
人は創意に富んでいる。こんなにも沢山の物語を夜空に描いてしまうのだから。
子供の頃、その話のひとつひとつに、どれだけ魅入られたことか。
天の川の話は切ない話だった。
とある星から来た王子様の話も、どこか切なかった。
人は死ぬと星になる、という表現もある。
夜空は人の切なさを誘うものなのだろうか。
とりとめもないことを考えていると、ふいに左から重みがかかった。
夜空を見ながら夢の世界にいざなわれたのであろう、エドナが静かに寝息を立てる。
硬直。どうしたものかと焦る。
動くわけにはいかない。動けば起こす。
いや、起こした方が良いのだろうか。
だが、この上なく気持ちよさそうに眠っている。
「シン様・・・それは・・・カッパですか・・・」
何やら意味のわからない寝言を発する。
何の夢を見ているというのだ。
笑いを堪えながら、夜空を見上げる。
まあ、良いか。暫くこのままでも。
ひとりで旅をしてた時は気づかなかったが、どうやら自分はとんでもなく不器用だ。
良いことも悪いことも、どちらにも分類できないものも。ふたりで旅をしていると、ひとりの時には出来なかった新しい発見ができる。
ありがとう。
君が僕に言う言葉を、僕も君に対して抱いているよ。
今ここにいられること。
それさえも、君のおかげだから。
目に映る星々の余韻に浸りながら、ゆっくりと目を閉じた。
ふたりに幸せになってほしいです




