11. partner
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雪崩。
押し寄せる雪の波。
だが、包まれたものは凍てつく雪ではなかった。
獣のような、くすぐったい毛。
同時に感じる、毛の下の固い鱗。
起こった現象に戸惑いながらも目を開けると、エドナとロゼリアが視界に入った。自分と同様に、赤茶色の毛に包まれている。
鱗と毛。その持ち主は
「竜・・・?」
ロゼリアが口を開く。
顔を上げると、その先には金色に輝く立派な角をたたえた竜の頭が見えた。
ヤシナに来てから会う2竜は頭目だ。この赤い竜はネオンより一回り小さく、翼もない。
細くしなやかな尾の先には獅子のような長い毛を持つ。
黒く澄んだ目はこちらには向けられておらず、竜の正面、狼の魔物が消えていった森に向けられている。
シンはしばらく、どこから来たかも分からない竜に見とれていたが、はっとする。
あの少女はどこへ行っただろうか。
傭兵の男たちは離れていたが、クロはすぐ側にいた。
この竜が自分たちを助けてくれたのならば、一緒にクロも守られていておかしくない。
だが、その姿が見えない。
遠くを見つめる竜に声が届くのかと逡巡していると、エドナが声を出した。
「助けていただいて、ありがとうございます。あの、クロ・・・一緒にいた女の子を知りませんか。」
竜はこちらに目を向けると、その黒い瞳をわずかに細めて、口を開いた。
鋭い牙が覗く。
そこからこぼれ落ちた声は、耳を疑うものであった。
「クロだよ。」
少年とも少女ともつかない、幼さの残る声。
あの赤毛の少女の声そのものが発せられる。
「なんか違和感を感じると思ったら、あんた、術式でヒトの姿をとっていたね。」
合点がいった、というようにロゼリアが言う。
「さすが学者さんだ。私は、南のアティカから来たんだよ。村を出るときは、人を驚かせないように人と同じ形に合わせているんだ。竜とヒトの名前はちょっと違うから変えてるんだけど、正い名前はクロム。」
竜が楽しそうに言う。
クロム。アティカで出会った竜、ネオンが言っていた、村に住むもう一頭の竜。
シンとエドナは衝撃で、何を言って良いかわからなくなった。
術式とは、そのようなこともできるのか。
「姿形変化なんて高度なものを、よくもまあ、やるねえ。」
興味が激しく勝っているロゼリアが感心したように言うと、クロムは悪戯らしくかすかに笑って答えた。
「少しコツをつかめば、楽々だよ。」
元来人間は術式を使用することには長けていない。
対して、竜は様々な術式をいとも簡単に運用する。
ロゼリアは腕を組み、考え事をしている。
これ以上術式の話が続くと日が暮れてしまいそうだ。
ただでさえ、太陽はもう真上から降り始めている。
「クロム。君はあの狼の魔物のことを知っているの?」
シンが尋ねると、クロムは少し俯いた。
「・・・フェンリル。」
わずかな間をおき、クロムが言葉を落とすように始めた。
「氷魔フェンリル。十数年前、フェンリルはこの辺り一帯の魔物を統べていたんだ。この雪山、御山を守り、狩りをする人間を見つけては・・・殺して回っていた。」
クロムは最後の方で、息を飲み込むように言った。
「でも、人間もやられっぱなしじゃあないよね。討伐隊を組んで、フェンリルを追い詰めたんだ。そして、フェンリルは人間の手にかかった。」
沈黙が流れる。
「フェンリルは強いよ。人間の方も、何人も死んだ。・・・瀕死のフェンリルは谷に落ちて、そこで人間は追跡をやめたんだ。 でも、フェンリルは生き延びた。御山の氷の精霊、フリージアが助けたから。フリージアは、消え掛かっていたフェンリルの命を、自分のマナを使って繫ぎとめたんだよ。」
マナによって繫ぎとめられた命。
シンがはっとしてクロムを見上げる。
クロムもシンを見据え、続けた。
「元々フェンリルは魔物だけど、生命基盤の一部がマナだ。・・・どういう経緯でそうなったのかは知らないけれど、シン。君も、そうなんじゃないの?」
想定外の指摘に、3人とも黙る。
雪風の音だけが響いた後、クロムが続けた。
「オミレで初めて会った時から、何となく感じてた。フェンリルみたいで懐かしくて・・・フェンリルは友達なんだ。」
エドナが、合点がいった、という表情をする。
この竜の言った好き、とはそういうことか。
少し恥ずかしい思いに包まれる。
「フェンリルは、クロムにとって大事な存在だったのですね?」
クロムが幸せそうに目を細めて続ける。
「うん。私も寒いのが得意なわけじゃあないからね。冬はここには住めなかったんだけれども、冬以外はここに住んでいたんだ。雪が降ると南に下りて各地を転々として、雪が解ける頃に、またここに戻ってきていた。」
「あんたはアティカにずっと住んでいたわけじゃあないんだね。」
ロゼリアが質問を挟む。
「私がアティカに住み始めたのは10年ちょっと前。ネオンは生まれてすぐアティカに来たみたいだけどね。…私は、雪がない間、ずっと、フェンリルと一緒に暮らしていた。一緒に緑の草原を駆け回って、一緒に動物や魔物を狩った。私は戦うのが得意じゃないから、強い相手は殆どフェンリルに任せっきりだったけどね。」
クロムが最後の方をきまりが悪そうに言う。
「本当に幸せだった。でも、フェンリルが人間に追われた時は冬で、私はそこに居なかったんだ。…居ても力になれなかっただろうけど、悔しかった。」
クロムがきゅっと口を閉じる。
エドナが悲しい表情をする。
「それで、フェンリルとあまり会えなくなったのですか…?」
エドナの問いかけに、クロムはゆっくりと首を横に振った。
「違うんだ、そういうわけじあないよ。ただ、それぞれに大切なものができただけ。フェンリルにはフリージアが、私にはネオンとアティカが。」
言葉を続けるクロムの表情は、暖かさを帯びていた。
「フェンリルったら、フリージアにくびったけなんだよ!もう、何を話しても二言目にはフリージア。可笑しくなっちゃう。フリージアにも何回か会ったけれど、彼女も彼女でフェンリル大好きなんだ。もう、相思相愛ってやつだよね。」
クロムが本当に楽しそうに語る。
フリージアとはどういう精霊なのか、とシンが聞くと、クロムは簡単に説明してくれた。
「フリージアは、人間のメスの姿をしているよ。キリッとしていて、でもすごく優しいんだ。」
メス、という表現にエドナが吹き出す。
竜の概念と語彙が面白い。
クロムが真剣な表情になる。
「でも、今、フリージアが危ない状況にある。フリージアのマナが不安定なせいで、彼女のマナが入っているフェンリルも、苦しんでいるんだ。・・・シン、君も、ここに近づいてから、不調が出たりしていない?君には別の精霊が入っているみたいだからフェンリルほどの影響はないと思うけれど、異様に疲れたり、眠くなったり、しない?」
クロムが真っ直ぐに聞いてくる。
その通りだ。
アティカを出てからというもの、異様な眠気がする。
氷の精霊フリージアの影響だったのか。
シンが答えると、クロムが頷いた。
ロゼリアが確認をする。
「なるほどねえ・・・。つまり、話を整理すると、だ。あんたの友達の氷魔フェンリルは、氷の精霊フリージアの一部が入って半精霊化している。そして、そのフリージアが危機に陥っていて不安定化しているから、フェンリルも暴走している。」
クロムが頷き、付け足す。
「私も、フリージアの詳しい状況や、フリージアがどうしてこんな状況に陥ったのかを知らない。だから、それを知りたいんだ。フリージアの、そしてフェンリルの力になりたい。・・・フリージアは山頂にいる。多分、あまり時間がない。」
クロムの真っ直ぐな瞳を見据え、ロゼリアが立ち上がった。
「決まりだね。他の調査隊は、生きているのなら良いよ。放っておこう。とりあえず、クロム。あんたと一緒に山頂を目指す。」
シンとエドナが頷き、クロムが目を輝かせる。
「フェンリルは今、周りが見えていない。多分、私のこともわからない。警戒を怠らないで。襲ってくるのは、かつて御山の魔物を統べていた氷魔フェンリルだよ。」
降りしきる雪の中、1頭の竜と3人の人間が立ち上がった。
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