1. new story
第2章upします。
3-4日に一度はupしていきたいと思います
よろしくお願いします〜
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これは、どうしようもなく美しく、愛おしい世界のお話。
長く海沿いを歩いていたので波の音はすっかり耳に張り付いているが、街に近づくと更に海鳥の声が重なる。
とはいうものの既に日は落ち始め、かれらも帰り支度をしている頃合だ。
「シン様、今日中には街に着きそうですね。」
両手になにやら満杯になった袋を下げて、長い黒髪を頭の下で二つ結びにした少女が振り返る。
「沢山貝殻を集めたね、エドナ。」
シンと呼ばれた青年が笑いながら答える。
エドナは両手の袋を目の前に掲げ、嬉しそうに髪を揺らす。
「すごく色々な種類があって、本当に面白いです。」
エジノバから南に歩くこと野営を挟んで丸二日。
ふたりはこの地域の第二港湾都市ポルトメアに到着した。
エジノバが商業都市であるのに対し、ポルトメアは国外の遠方地域への連絡港となっている。
国外関係が穏やかでないご時世に、他国へ行こうなどと考える人間はそう多くない。
仮に行くとしても、旅人や小規模な商人ならばより安全な陸路を選ぶ。よって、この街は専ら国際商業船の港として利用されている。
だが実際には、明らかにそれだけではない規模の人が集まる。
「楽しみですね、夜市。」
歩きながら、エドナがまた嬉しそうに言う。
この港湾都市は夜市が有名なのだ。
元々は遠方に行く船のための壮行会であったらしいが、それが重なるにつれて毎晩開かれるようになったそうだ。
なんと愉快な。
シンとエドナはエジノバの南からユーラビア大陸を一回りすることに決めたが、その最初の都市がこのポルトメアなのである。
手続きを済ませて街に入る頃には日が落ちきっていたが、街はひしめきあう屋台の光と客引きの声に満ち溢れていた。
さすがに港街なだけあり、焼き魚を売る店が多い。
魚の他にも酒、野菜、肉、甘味など、様々な食べ物を売る店が立ち並ぶ。
工芸品を売る店もまばらに見える。
エドナはそのひとつひとつを覗き込みながら、シンの前を進んでいく。
シンも初めて見る夜市の所々に視線を奪われながらエドナの後に続く。
「シン様!」
急にエドナが帰ってきた。
「そこの屋台の果物、ウユニから来たそうですよ。ラクシュミ元気でしょうか。」
ラクシュミ。あの美しい精霊はその瞳に世界を映していることだろう。
この国を回りきる頃にはもう一度会いに行きたい。
目を細めて考え事をしていたが、再びエドナに呼びかけられた。
「シン様、あれ!あれ食べましょう!」
とエドナの指さす先にあるものは、手のひらほどもある魚の形をした焼き菓子だった。
甘い魚型の生地の中に何が入っているかは、食べてみるまでわからないらしい。
「本物の魚が一匹入っていたら当たりで、もう一つもらえるみたいですよ。」
目を輝かせて語るエドナにシンは笑いながら返す。
「甘い生地の中に魚って、おいしいの、それ?」
きっとおいしい、と根拠無き後押しを受けて、シンが謎の魚型菓子を二つ買って一つをエドナに渡した。
屋台主の頑強な男の悪戯らしい笑顔に不安を覚えつつ、魚の焼き菓子を見つめる。
何とも言えない瞳をこちらに向けているのが食べづらい。
躊躇している間にエドナが歓声を上げる。
「シン様!やりました、当たりです!」
エドナが掲げる魚型焼き菓子から、魚の干物が頭を覗かせている。
「おい、しいの・・・?それ・・・。」
屋台に走るエドナを呆然と見つめる。
視線を下すと、再び手に持った魚菓子と目があった。
一通り屋台を回った後、ふたりは海沿いの公園で休んでいた。
あの後エドナは茹でたトウモロコシやらキュウリやら串焼きやら様々なものを食べ歩き、シンは笑いながらその隣を歩いた。
シン自身は、意を決して食べた魚型生地の中から出てきた大量のエビが衝撃的すぎて、それ以上何も食べる気が湧かなかった。
あの甘い生地に入れておいしい海産物などあるのだろうか。
見てきた屋台について話し合っていると、急に聞き覚えのある声が飛んできた。
「また会ったな、シン!」
ラウド船長だ。
ウォント襲撃時の怪我はもうすっかり良いようで、手を振りながら走ってくる。
「良いところで会った。ちょうどお前みたいなやつを探していてな。」
ラウドは全く息を切らす様子もなく言葉を継ぐ。
さすがは海の男だ。
シンの隣のエドナを見て、ラウドは更に笑顔をほころばせた。
「嬢ちゃん、エジノバでは世話んなったな。ありがとうよ。」
「いえ、私は何もできていません。シン様のおかげです。」
謙遜するエドナにラウドは笑いかけながら言う。
「何であれ、今俺がここに立っていられるのは、あんたらのおかげってもんよ。・・・ところで話したかったことなんだが、あんたらふたりに、ひとつ、俺たちの次の航海護衛を頼みたいんだ。エジノバでの一件で俺らもいろいろ考え直してな。船員30人の命がかかっている。それなりの航海をするときは、それなりの護衛を雇いたいと思ったんだ。思ったんだが、いざ雇うとなるとなかなか適任者が見つからなくてなあ・・・。」
ラウドの船は世界中を回れる大型商船で、技術と速さではユーラビア国の中でトップクラスの評判だ。
危険な海域を通ることもあるのだろう。
シンが行き先を尋ねると、ラウドは躊躇なく答えた。
「ヤシナ。イーストポートへ行く。」
ヤシナ国。ユラ大陸のユーラビア、アイサルと並ぶ三大国のひとつ。
だがこの二国とは異質な国。何が異質かというと、まず人間が少ない。
三国の中で最も多くの精霊が住む豊かな国土には、緑あふれる自然の中で多様な生物が息づく。
アイサルやユーラビアの人間が古来それらを支配し利用しようとしてきたのに対し、ヤシナの人間はそれらと譲り合い、共存する道を選んだという。
結果、人間の数は少ないものの、国としての力は精霊や魔物によって非常に強いものとなっている。
「ヤシナ、か・・・。」
シンはため息をつくように言う。
世界航海を主な仕事とするラウドのことだ、突拍子もない土地に行くと言い出すことは想定していたが、改めて明言されると目がくらむような思いがする。
ラウドが続ける。
「出発は明日の朝を予定しているんだ。急な話ですまねえ。お前にも都合ってもんがあるだろうが、もし受けてくれるってんなら」
「いいよ。」
ラウドが言い終わらない間に、シンが答えを出した。
元々、目的地の定まった旅ではないのだ。
その場に任せて大いに寄り道をしてしまうのも悪くないだろう。
「エドナもいい?」
念のためエドナに確認をとるが、エドナは聞く必要はないというように大きく頷いた。
ラウドは歓喜あふれる笑顔で感謝の意を伝え、明日の出発時間と場所を告げて去っていった。
シンとエドナも宿に行き、各々休息をとった。
ポルトメアの朝は昨夜の喧噪が嘘であったかのように静かだった。
漁師たちは海に出ており、それ以外の人間はまだ寝ている時分だろう。
「足元が、ゆ、揺れます。大丈夫なのでしょうか・・・。」
初めて船に乗ったエドナは不安そうに言う。シンも船は初めてだが不思議とさほど怖くはない。
「大丈夫、大丈夫。あのラウド船長の船だよ。」
恐る恐る船から海を覗くエドナを横目に船の上の方を見ると、見晴らし台からラウドが手を振ってきた。
シンも軽く手を挙げて返事をすると、ラウドは前方に向き直って大声で出航の合図を放った。
ヤシナのイーストポートまでは10日間の旅になるという。船が走り出してしばらくすると、一人の船員がシンとエドナを連れて船内を案内して回った。
20人ほどの人間が各々の持ち場で働いており、残りは夜番のために眠っているという。
一通り船の案内と船員たちへのシンとエドナの紹介を済ませると、船員は持ち場へと戻っていった。
「大きい船ですね。」
甲板で一息ついていると、エドナがシンに語りかけた。
朝に出発して、船内を案内してもらい終わった頃にはもう太陽が真上近くまで来ていた。
揺れで気分が悪くなることはないが、やはり海風にあたっているのは気持ちがいい。
いつの間にかあたりには陸地が見えなくなっており、周囲を360°海に囲まれていた。
出航からしばらくついてきていた海鳥たちも姿を消した。
太陽を反射してきらめく海面に、船の単調な波切り音が刻まれる。
「まさかラウド船長の船に乗ることになるなんて、夢にも思っていなかったよ。」
シンが笑いながら言う。
護衛として船に乗っているシンとエドナは、船が魔物に襲撃されるなどの有事の際以外は仕事がない。
暇を持て余していると、ラウドが降りてきた。
「よう、案内は終わったみてえだな。暇の虫か?」
豪快に笑うラウドに、シンは眠そうに生返事をする。
「大陸に近いこの1日目と最終日が、最も危険な日だ。魔物どもはあまり外洋には縄張りを持たねえからな。陸に近いほうが危ねえんだ。」
神妙な面持ちでラウドが言うそばから、けたたましい警鐘が鳴った。
「警報、警報!2時の方向に海蛇の襲来!」
ラウドが反応するのと同時にシンも目にも止まらぬ早さで立ち上がり、壁に立てかけていた長剣を掴んで駆け出した。
エドナもそれに続く。
ラウドは走り去るふたりを呆然と見送った。
「速ええな、さすがに。」
船員に案内された際に船の構造は頭に入れていた。
右前方のデッキに出ると、激しい飛沫とともに3匹の海蛇が上がり込んできた。
大柄なラウドの身長ほどの長さで太い胴体を持ち、その尾部は海での生活に適応したためか、扁平なヒレ状になっている。
「ラクシュミの水蛇を思い出しますね。」
エドナが構えながら、少し懐かしそうに話す。
「そうだね。海蛇は術式を使わないからまだ楽かな。」
シンも踏み込んで長剣に手をかけながら、危機感を欠いた口調で返す。
エドナが左方に駆けると、1匹の海蛇が注意を引かれて追従した。
手近にあったデッキブラシを取って襲いかかってきた海蛇の牙を受け止めると、そのまま海蛇を板床に叩きつけ、蹴り飛ばした。
手すりに激突した海蛇はそのまま力なく海に落ちていった。
シンの方を振り返ると、そこには既に頭部と胴部を両断された二匹の海蛇が横たわっていた。
当人はエドナの方を見て笑いかけている。
船員たちはただ呆気にとられていた。
航海に傭兵を雇うことは時折あるが、ここまでの手練を見るのは初めてだった。
警鐘を聞いて船員が集まる頃には既に魔物は討伐されていた。
そして、何人かの船員は、デッキブラシを意気揚々と掲げる少女と、魔物の血が滴る剣を携えて笑顔で少女に手を振る青年に困惑やら畏敬の念やらわけのわからない感情を抱いていた。
夜の海を船が走る。
強い海風が吹き付ける。
こんなにも速く走っているのに、星は動かない。
地上ではこんなにも目まぐるしく生き物が動いているというのに、星は決められた位置をただ巡り続ける。
今度は目を閉じ、海の中を想像する。
きっと今走っているこの船の下には数多の命があることだろう。
昼夜問わず漂うもの、夜に獲物を探すもの、天敵から逃れ隠れ眠るもの。
見えていなくても、生き物は皆、無数の命に囲まれている。
「シン様、船のお風呂ってすごく面白いですね。水ごと揺れます。」
エドナが船内から出てくる。まだ乾ききっていない長い黒髪が強い海風にはためく。
「水の上に船を浮かべてまたそこに水をためるなんて、面白いことするよね。」
海風にかき消されないよう少し声を大きくして答える。
シンは扉横の壁に背中を預けて座り、星空を眺めている。
入浴後だからだろうか、普段一つ結びにしている髪をおろしている。
話し方や知識量では大人らしさを感じさせるが、星空を見つめるその表情はやはり同年代に見える。
「どうしたの?」
珍しく黙るエドナをシンが振り返る。
慌てて視線を逸らす。
「な、なんでもないです!風強いですね。私、船旅は初めてなのですごく新鮮です。」
「僕も初めてだよ。ロゼとアイサルからユーラビアに来た時は陸路だったからね。こんなに船は速いのに、星は動かない。しぶきが当たると塩辛い。船の動揺がなんだか楽しい。」
楽しそうに些細な発見を並べる。
「シン様もですか!私も船の揺れが楽しくて、さっき部屋で揺れに合わせて踊りました。」
不意を突かれたようにシンが笑う。
エドナは自然な流れでシンの隣に座ると、一緒に星を見上げた。
ウユニでの夜を思い出してなんとなく恥ずかしくなる。
今が本当に愛おしい。
死んだように生きることも、死を目前にして生きることも、もう無い。
今を慈しんで生きることができる。
先の事なんて考えられないくらい、今が幸せ。
「幸せだなあ・・・」
思わず声に出る。
隣にシンがいることを思い出してはっとする。
振り向くと、隣の青年は壁に背中を預けて眠っていた。
そういえば昨日は夜市を見ていて遅くなり、今朝も船に合わせて早い出発だった。
確かに自分も少し眠たい。
だが外で寝ていたら風邪をひくかもしれない。
どうしたものかと迷っていると、波に乗ったのか船が少し大きく揺れた。
「あ、寝てた。・・・そろそろ部屋に戻ろうか。」
軽く伸びをして立ち上がるシンについて、船内に戻った。
ラウドの言っていた通り2日目からは魔物に襲われることも無く、順調に航海が進んでいった。
シンとエドナは基本的に仕事が無かったが、時折船員の力仕事を手伝ったり休憩中の船員と旅の話をしたりしていた。
夜にラウドが異国の遊びだと言ってカードゲームを始めた時には、シンが初体験ながら圧勝し、船員を沸かせた。
「見えてきましたね!」
エドナが水平線上を指さす。
あっという間に最終日が訪れ、陸の影が見え始めた。
陸に近づくにつれて魔物に襲われる機会も増える。
見張りは人数を増やし、シンとエドナも周囲をうかがって、いつでも戦闘に入れるよう備えた。
途中何度か水蛇や海サソリに襲われたが、その都度シンとエドナが瞬殺するので、船も船員も無傷で港に到着した。
ヤシナ国最大の港町、イーストポート。
エジノバほどではないが賑やかな街だ。
ラウドや船員が目まぐるしく荷卸しをしている間に街を見回すと、ユーラビアとは明らかに違うものがあった。
「精霊だ。」
シンが呆気にとられたように言う。
草のかげで青白い光をまとった小さな精霊がもそもそと動いている。
毛むくじゃらの鼠のような精霊。
「精霊が珍しいかい、異国の人。」
街の人間であろう、初老の男性が話しかけてきた。
「何のことはない、普通の同居者だよ。」
それだけ言うと男性は歩き出した。
子供たちの声が聞こえたので振り向くと、人の形をした精霊が混じって遊んでいる。
見つめていると、ラウドが声をかけてきた。
「ふたりとも、ご苦労さん。助かった。」
ラウドたちはヤシナで約一月仕事があるらしい。
帰路の護衛は都合があえば是非頼みたいが、無理に合わせることは無い、とのことだった。
シンとエドナはひとまず街を見て回ることにした。
街の至る所に青白い光をまとった精霊がいる。
形も様々で、鳥獣、虫、人型等様々なものがいる。
精霊に気を取られている間にいつの間にか日が落ちかけていた。
街の中心部から外れたところの宿に入り、夕食をとる。
ユーラビアと全く違う料理。
魚を基調とし、独特の調味料で味付けされている。
「明日は一日街を回ってみて、周辺の情報を集めてみようか。どんな自然があるのか、どんな街や村があるのか。」
「はい!また沢山精霊が見られるのが楽しみですね。」
窓の外を見ると、精霊が青白い光を放ちながら舞い踊っていた。
夜鳥や夜虫の鳴き声に合わせるように楽しそうに舞う小さな光を、ふたりはしばらく目で追い続けた。
読んでいただきありがとうございました!
次も読んでいただけましたら幸いです〜