9奴目 草食な朝食
俺が主を任された奴隷ショップ、モンスターファーム。このL字型の建物には、主に四つの部屋が存在する。
一つはL字の下部、“一”の位置にある全面板張りの部屋。
カウンターのあるその部屋はこの建物のメイン、お客様と対面する、店としての役割を担っている。
二つ目はL字の上部、“1”の位置にある鉄格子の部屋。
そこはレイクやニコにとっては寝室だが、実際は店の商品である奴隷を閉じ込めておく牢だ。
三つ目は同じく、L字の上部、“1”の位置にある部屋と言うか、倉庫。
鍬や鎌といった道具や、釘や木といった資材、その他保存食などが詰まっている。
最後は俺の住居としての部屋、場所は牢・倉庫と同じく“1”の位置にある。
居住スペースは更に細かく三つに区切られていて、一部屋は浴室&トイレ、一部屋は寝室、そしてもう一部屋は今俺がいるこの場所、ダイニングキッチンになっている。
いや、ダイニングキッチンと言ってもそんなにいいものではなく、調理場に無理矢理テーブルと椅子を四脚押し込んだ窮屈な部屋だが。
「いただきます」
そんな窮屈な部屋で俺は、ニコと隣り合って椅子に腰掛け、彼女が作ってくれた朝食を食べ始めた。
テーブルに並べられた今朝のメニューは、トーストと目玉焼きとボイルされたソーセージが二本。
左隣に座るニコの前にはソーセージの代わりに生のニンジンが丸々二本。
彼女は別に肉が嫌いだったり食べられないわけではない。
しかし草食動物である馬の耳や尻尾がはえていて、更に足も馬のそれなだけあって、野菜が大好きらしく、ほとんど野菜しか食さない。
それでも料理が野菜一辺倒にならないのが、彼女の凄いところだ。
「おいイク、お前今なんつった。抱きます? よくもワタシの前で童貞捨てます宣言が出来るな。死にたいのか?」
今にも掴みかかってきそうな勢いのニコ、朝から元気がいい。
「落ち着けニコ、抱きますじゃなくていただきますだ。前に教えただろ、食べ物と、食事を作ってくれた人に感謝の気持ちを伝える言葉だって」
「そだっけ? んー、聞いたような聞かなかったような」
お前のその大きな耳は飾りか。
「言ったよ。まあつまり俺は、ニコに、ご飯を作ってくれてありがとうって言ってるの」
本当にありがたい。口に合うだけでなく美味しいと思える彼女の料理は、突然異世界なんてわけの分からない場所に一人で放り出されて不安定になっていた俺の心を、安定に導く大きな一助となってくれたのだから。
「ふーん、そかそか。どういたしましてっ」
改めて礼を言うと、ニコは嬉しそうにはにかんだ。
「それにしても、せっかくワタシが手料理をふるまってるっていうのに、相変わらず他の奴らは来ねえな」
「そうだな……、一応さっき声かけて、牢の鍵は開けて来たんだけど」
この店にいるのは俺を含めて五名。しかし今この部屋にいるのは俺とニコの二人だけ。
アリスさんがここにいたときは、ニコが作った料理を個別に牢屋の中で食べていたらしいけど、俺はそんなのは寂しいから朝昼晩の食事は一緒にとろうと提案したのだけど、これがなかなか定着しない。
基本的に朝昼は俺とニコ、二人だけでの食事だ。夜は辛うじて、そこにレイクが混ざり三人となるが。
「ワタシの料理がまずいからか?」
「いいや、お前の料理はお世辞抜きで美味しいと思うぞ」
腕から手の甲までびっしりと白い毛に覆われている彼女の形態上、たまにその毛が食べ物に混入しているのが玉に瑕と言うか、まさしく偶に傷だが。
「いや、でも最近包丁の調子が悪くて、いまいち本気が出せてないような気がするんだよなぁ」
ニコはそんなことを、誰に言うでもなく一人呟いた。
だから今朝のメニューは、包丁を使わなくても出来るものなのだろうか。
「んー、まあ仕方ないのかなとは思うけどな、亜人の生態じゃあ。レイクはまた外だし」
「確かにレイクの色ボケナスは仕方ねえな」
このモンスターファームには、ファームというだけあって、木の柵で囲われた広い中庭がある。
もちろん建物から出ることにはなるが、柵内は一応店内扱いになっていて、魔女の結界、商品である彼女たちを逃がさないための魔法『絶対隷奴』は発動されない。
だからレイクは朝食と昼食の時間は、大概そこにいる、外にいる。
食事時にそんなところで何をしているのかと言えば、光合成である。
彼女は植物であるマンドレイクの亜人なだけに、光合成が出来て、それによってエネルギーを得てお腹を膨らませることが出来るらしい。
故に日の照っている朝昼は食事を必要とせず、夜にだけ食事をする。雨の日は例外だが。
「後の二人もなぁ」
残りの二人のうち、一人は食事を必要としない。
それはレイクのように、日の照っているときだけなどの条件付ではなく、完全にだ。
生きている以上水くらいは摂取するが、それ以外は本当に何も口にしない。
「いいやイク、あいつは仕方なくねえだろ」
ニコが言っているあいつとは、残りの一人のことだろう。
最後の一人は、単純に食事をしている姿を見られるのが嫌という理由でここにこない。
そういう女性は結構いると思うが、その子はもうそれはそれは頑なである。
そもそもその子、食事姿を見られるのが嫌どころか、自分の顔を見られるのが嫌なのだ。
何でも恥ずかしいのだとか。
「でもあいつワタシのことを馬だ馬だってうるせぇんだよなぁ。うぜぇんだよなぁ。だから別に来なくてもいい」
レイクもだけど、と言って、手元の生ニンジンを豪快にかじるニコ。
「馬だって言われるのが嫌なら、その食事をどうにかしてみたらどうだ? 生のニンジンを食べるのはいいとして、せめて葉くらい取れよ」
「しょーがねえだろ、このままの方がウマいんだから。ウマだけに。ってな、はっはっはっは!」
「…………」
周りにウマ呼ばわりされるのは自分のせいだと、そろそろ気付いた方がいい。
「でもまあユニコーンっぽい食べ物を食べるってのは、アリかもしれねえな」
「ユニコーンっぽい食べ物って何だよ」
「んー、例えば茹でたコーンとか?」
茹でたコーン? 首を傾げる俺に彼女は説明を付け加える。
「ほら、茹でるってのはつまり湯で煮るってことだろ? 湯で煮たコーン、略して湯煮コーン、ってな。はっはっはっは!」
「……」
「おいイク笑えよ」
「無理です」
「ああ? もしかしてユニコーン馬鹿にしてんのか?」
「どうしてそうなった? と言うか馬鹿にって、馬だけに?」
「はっはっはっは!」
俺の冗談を聞いて快活に笑う彼女だったがしかし、次の瞬間、
「喧嘩売ってんのか?」
「がはっ――!?」
彼女は俺の口の中に、食べかけのニンジンを突き刺した。
もはやそのニンジンは生野菜などという生易しいものではない、凶器と化している。
「気を付けろよイク、ワタシはニンジンの葉は取らねえ主義だが、ニンゲンの歯は取る主義だぞ?」
どんな主義だ。
「丁度いいじゃねえか、歯を取って湯で煮込んでやる。湯で煮込んだイク、略して湯煮込んってな、はっはっはっは!」
「それこそ笑えないよ!」
と言うかそれ、俺別に関係ないよね!? 湯で煮込んだ何かであれば、全部そうなるよね!?
それにまずそれユニコーンじゃなくてユニコンだし!
明けましておめでとうございます。
読んでいただき、ありがとうございました。