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7奴目 客は悪

「ま、まあお客様、頭の中で色々悩むより、実際に商品を見ながらお考えになってはいかがですか?」

「それもそうだな。では、見せてもらうとしよう」

「はい」

 俺は隅に立っていたレイクとニコの二人を男性の前へと連れて行き、そして商品管理リストに記載された彼女たちについての説明を、極めて事務的に読み上げた。


「まず、こちらがマンドレイクの亜人です」

 レイクの背中をそっと押して、一歩前へと出す。


「性別は女、年齢は十六、処女です。力は特段強くありませんが、三本の触手での繊細な作業が可能です」

 俺の説明に黙って耳を傾けながら、男性は彼女の体を値踏みするかのように見回す。


「なお、この触手及び彼女の頭から生えた花の花粉には、微少ながら媚薬と同じ効果の毒素が含まれていますので、お気をつけください」

 最後に彼女の値段を告げると一歩さがらせ、

「続いてこちらの彼女ですが」

 次はニコを一歩前へと出す。


「彼女はユニコーンの亜人です。性別は女、年齢は十七、処女です。力がとても強く、特に馬と同じ形状になっている足は非常に強力です」

 今度も男性は黙って説明を聞きながら、ニコのつむじからつま先までを、角から蹄までを凝視する。


「なお、頭から生えた角には、少しだけですが毒を分解する効果があります」

 レイク同様最後に値段を告げ、説明を終えた。

 聞き終わると、ふむふむと頷きながら、服でも選ぶが如く彼女たち二人を交互に見比べる男性。

 しばらくすると彼は、おもむろにレイクの腕を掴み、引き上げた。

 そして上からへ下へ、更に前へから後ろへ、彼女の身体を隅々まで余すところなくじっくり観察する。

 まるでではなく、これはまさしく値踏みなのだろう。

 しかしそのやり方があまりにも雑だったため、無茶な体勢となったレイクの顔が苦痛で歪む。


「ちょ、ちょっとお客様、あまり乱暴に扱われては困ります」

「ああ、そうだな」

 言いつつも、今度はニコの手を掴み、レイクと同じように雑に値踏みを開始する。

 やはり奴隷を買いに来る奴なんて、クズだ。

 人を人とも思わない。人を人とも思えない。

 この客にとっては奴隷は人ではないのかもしれないが、俺にとってはこの客こそ人とは思えなかった。

 そんなお客様は、今度は彼女たちの服を脱がせてくれと要求してきた。


「え、服をですか?」

「そうだが?」

 何かおかしなことを言ったかなと言いたげな表情の男性。

 もちろんこの人からしたらおかしな事は言っていない、奴隷を購入するときに商品を裸にすることはよくあることだから、要求されれば応えなさいとアリスさんにも教わった。

 確かに何かを買うとき、不備がないか隅々まで確認するのは普通だ、俺にもその気持ちは分かる。

 けどそれは物に対しての思考であって、人間に同じ目を向けるなんて俺には考えられなかった。

 奴隷といえど、年頃の彼女たちが、男の前で裸に剥かれ晒し者にされればどれほど傷付くか。


「何か問題でも?」

「いえ、あの、その……」

 だから俺は嘘をついた。


「当店ではそのようなサービスをおこなっていないんですよ」

「そうなのか」

 怪訝そうな男性の視線をさっとかわし、必死に言い訳を考える。


「そのほら、彼女たちは処女でして、もしかしたら裸にしたときに、何かの拍子にその処女を失う可能性があるじゃないですか?」

 そんな可能性があるのは、漫画の主人公くらいのもだと思うけど……。


「そうなったら困りますし。それに裸にせずとも、品質はきっちり保証いたしますし。はは、あはははは」

 さすがに無理があるかと思ったがしかし、しばらく逡巡した後、彼はそういうことなら仕方がないと頷いてくれた。


「ご理解いただきありがとうございます。それで、ご購入の方はどうされますか? まだ中にも二人ほど居りますが、ご覧になられますか?」

「いや、時間も時間だ、これ以上目移りすると困るからもういい。これを貰うとしよう」

 男性が指し示したのは、レイクだった。


「うちの工場は力をそんなに必要としない。どちらかと言えば繊細さがある方が好ましい。それに好ましいと言えば、顔もこちらの方が好みだ」

 彼はレイクの顎を片手で掴むと、無理矢理右へ左へと向かせる。


「あっちに比べて体は貧相だが、まあ今後に期待――」

「お客様、だから乱暴に扱ってもらっては」

「ん? 別にいいだろう、私が買うと言っているのだから」

「しかし」

「分かった分かったよ、分かったから。早く購入の手続きをしてくれ」

「は、はい」

 明らかに機嫌を損ねた様子の男性。

 工場の主という立場であり、しかも働かせているのはほとんどが奴隷という彼はきっと、周りの人間から注意されたり反抗されたりすることがほとんどないのだろう。

 ほとんどなく、慣れていないから、俺に少し注意された程度でこんな風な態度になる。

 三人の奴隷をダメにしてしまったと語っていたが、こんな男の下でこの先レイクがどんな扱いを受け、どんな生活を送るのか。


 ついつい色々なことを想像してしまって、気分が悪くなる。

 しかしここで悩んだところで、俺にどうにかできる問題ではない。

 俺はレイクの未来に対するあれやこれやを考えないようにして、彼女たちの説明をしたとき同様、努めて事務的にことを進める。

 カウンターの下から契約書とペンを取り出し、客の男性へと渡し。

 契約書に書かれた注意事項を読み上げ、質問を投げかけられれば返し。

 アリスさんに教えてもらったことを、そっくりそのまま、ただただ、淡々と繰り返す。


「それでは最後にこちらの方にサインを頂ければ終了となります。えっと、お金の方は」

「ああ、アレが持っている鞄に一千万リン入っている。おい、持って来い」

 入店から現在まで入り口で黙って立っていた奴隷の男性は、ここに来てようやくハイと小さな声を発し、こちらへと向かってきた。


「六百十九万リンだったな?」

「はい、そうです」

「数えて渡せ。間違うなよ?」

 奴隷の男性は命令を受け再び小さく返事をすると、鞄の中から紙幣を取り出し数え始める。


「それでは、サインの方よろしくお願いします」

「ああ」

 首肯しペンを掴んだ男性はしかし、名前を書くことなく、そのペンをカウンターへと転がした。

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