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6奴目 異常な通常

「ここは、奴隷ショップで間違いないんだな?」

「はい。亜人専門奴隷ショップ、モンスターファームです」

 入店してきたのは、小奇麗な格好をした四十台半ばくらいの男性、

「…………」

 それと、その男性の後ろに背後霊のようにたたずむ、すすけたシャツを着たがたいのいい男性の計二人。


「そうか。いや、こんな昼食の時間帯にすまないね」

「いえいえそんな、お気にさらないでください。ご来店感謝いたします」

 確かにお昼の時間だが、別に俺自身お腹がすいていたわけではない。

 ニコに言われたから昼食にしようと言っただけで、彼女がいなければ忘れていたくらいだろう。

 だから気にするというのなら、お昼ご飯を食べたいと主張したニコの機嫌の方なのだけど。

 まあさすがの彼女も、お客さんの前で怒って暴れだしたりはしない。

 自分がどんな立場なのかを、自分が奴隷であることを、しっかり認識している。

 さっきまでのあの奴隷らしからぬ態度は、俺の前だからしたことだ。

 お客さんが来た今では、隅っこで姿勢を正し、うつろな目で黙って立っている。

 もちろんレイクも同じだ。


「本当はお昼前に来るつもりだったのだが、思っていたよりここまで苦労してね」

「あはは、そうですよね。ごめんなさいこんな山の中に店を建てて。さっさこちらへどうぞ、お疲れでしょう、おかけください」

 俺はアリスさん直伝のスーパー営業スマイルで、つい数分前まで自分が座っていたカウンター前のチェアに、二人の男性を案内する。

 しかし、俺の案内について来たのは小奇麗な格好をした方の男性だけで、その男性の後ろに立っていた大柄な男性の方は、入り口の前で直立不動のままでいた。


「えっと、彼は?」

 不思議に思い、椅子に腰を下ろす男性にそう尋ねると、

「ああ、アレは放って置いていい」

 帰ってきたのはそんな返事。

 アレ……?


「君、どうかしたかね?」

「あ、い、いえ。そうだ、お飲み物はいかがですか? お客様が普段飲んでおられるものに比べたら、粗末なものでしょうけど」

「うむ、いただこう」

「はい。では少々お待ちください」

 全力でゴマをする俺だった。

 何だか必死すぎて情けなくもなってくるけど、そんなことは言っていられない。

 俺にだって、帰れるかどうかが、人生がかかっているのだ。

 今店にいる奴隷は全部で四人。

 この人が一人買ってくれるだけでも、元の世界への帰還に大きく近づく。

 それならば、どんなことをしてでも売らなければ。


「それで、今日はどんなご用件でお越しいただいたのでしょうか」

 男性がコーヒーを飲み、一息ついたところで早速俺は切り出した。

 どんなご用件も何も、ここは奴隷以外に何も売っていないのだから、奴隷を買いに来た以外ないだろうが。

 案の定男性は、新しい奴隷を買おうと思ってと仰った。


「私は近くで紡績工場を営んでいてね、労働者のほとんどが購入した奴隷なのだが、つい最近立て続けに三体ほどダメにしてしまって」

「はあ、それで新しく購入をと言うことですね」

「うむ。普段なら適当にそこら辺で安価に手に入れるのだが、今回は奮発して亜人奴隷を買うことにしてね。それで色んな店を回っている途中、ここの噂を聞いてやってきたのだよ」

 ああ、ちなみにアレも私が以前買った安物の奴隷だ。

 と、入り口で棒立ちのままの男を、まるでモノのように紹介する。

 奴隷。なるほど、だからアレ呼ばわりだし、格好も薄汚いのか。


「いやしかし、亜人奴隷は高いな」

「そうですね~普通の奴隷と比べるとどうしても」

 一般人奴隷の相場が、年齢や性別やその他様々な要因で差があれど、大体二百万リンなのに対して、亜人奴隷はその二倍以上の五百万リン程度が相場だそうだ。


「ここは大体どれくらいだ?」

「はい、当店は――」

 もちろん店単位でも、価格は異なってくる。

 同じような状態の商品(どれい)であっても、高い場所もあれば安い場所もあるのだ。

 このモンスターファームは、結構高めな値段設定らしい。

 売れてないのだから値段を下げろよと思うのだが、と言うかそのせいで売れてないんじゃないかと思うのだが、まあその代わりにうちの商品の健康状態は極めて良好。

 それに若い女性で、更に付加価値のあるとされる処女だ。

 具体的な額で言うと、商品管理リストにはマンドレイクの亜人レイクが六百十九万リン、ユニコーンの亜人ニコが六百二十五万リンと記載されている。

 店の奥にいる残りの二人も、同じくらいの価格帯だ。


「ふむ、なかなかの高額だな」

 この世界の通貨である“リン”が、地球の円やドルに換算するとどれくらいの金額になるのかは馬鹿な俺には到底分からないけど、簡単に手が出せるような金額ではないことは確からしい。


「しかしまあ亜人なら普通の人間よりも力も体力もあり働ける期間も長いし、それに夜の方も変った味わいがあると聞くからなぁ……」

 そんなことを、特に顔色一つ変えずに呟く男性。


「……」

 虫唾が走る。鳥肌が立つ。気持ちが悪い。吐き気がする。

 何だ、何なんだこの人は。あまりにも普通すぎる。どこからどう見てもただ買い物をする一般人だ。

 奴隷を買いに来る人間が、こんなまともな人間だなんて。

 思えば、一番初めにここに来たお客さんも、案外普通の人間だった。

 あのときは接客に必死すぎて、そんなことにまで気が回らなかったけど。

 本当に、どうなっているんだ。

 奴隷を購入する人間なんて、もっとクズみたいな奴じゃないのか?

 乱暴で口悪くて、いやらしい顔をしているんじゃないのか?

 どうしてこんなに普通なんだ。

 こんなに普通にされると、まるで自分の価値観や倫理観が、おかしいみたいじゃないか。

 こんなことを思う俺が、おかしいみたいじゃないか。


 まあ実際、俺の価値観や倫理感は、この世界にとってはおかしいものなのだろう。

 目の前の客の態度の方が、正しいものなのだろう。

 この男性は『色々な店を回った』とさっき言っていた。

 それは回れるほど多く、奴隷を売っている店があるということだ。

 つまりこの世界の人間にとって奴隷の売買など、日常茶飯事までとは行かずともよくあること。殊更忌避されるようなことではないということ。

 だからこの男性は、人を買おうというときにこんな普通でいられる。

 後ろの大男のことにしたってそうだ、人をモノのように扱うことに、躊躇いや恥じらいがない。

 それはこの世界の人間にとって、それが特に考慮すべき点ではないからだろう。

 そんなものは、俺の持っている常識とは異なる。非常識を超えて、異常識だ。


「……それに苦労してここまで足を運んで、何も買わないというのも何だか味気ない。ん、まさかこんな場所に店を建てたのは、それが狙いか? はっはっはっは」

「あははははー。どうでしょうねー」

 もう顔も見たくない、早急に帰ってもらいたい気分だったが、必死に笑顔を取り繕った。

 元の世界に帰るためだ、これくらい堪えないと。

 ただ、こんな最悪な気分を最低でも後三度は味合わなければいけないのかの考えると、やはり胸の奥底から黒い何かがこみ上げてくる。

 この黒い何かが、さっき飲んだコーヒーだったならどれだけいいか。

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