48奴目 売れないけれど、憂いもない
「イッくん、どうしてここに!?」
鉄格子の間から不安げな瞳を覗かせるレイク。
レイクだけでなくニコやデュア、リフォンもそれは同じだった。
「お前たちを助けるために決まってるだろ?」
「助けるって、イッくん――」
「しっ、外に見張りがいるから。まずは檻の鍵を開けよう。ライムよろしく頼む」
分かったわ、とライムはレイクの入った檻の鍵穴へと腕を伸ばす。
「ちょっと待て、レイクじゃなくてワタシの檻から開けてくれ」
「どういうことだ、ニコ」
「そんな一個一個開けてたらキリがねえだろ? ワタシを出してくれたら、後の鍵はこの足でぶち壊すからよ」
「分かった。でも、くれぐれも大きな音を立てないようにな」
「任せとけ。夫と音は立てないのがこのワタシだ!」
「できれば夫は立てやれよ」
そんなやり取りを交わす俺とニコをやはり不安の籠もった目で見つめていたレイクは、ねえイッくん、助けるってどうするの、とポツリと呟いた。
「そうだな、とりあえず走って逃げようかなと」
この世界には何の伝手もなく、何の当てもない。
できるのはせいぜいそれくらいだ。
「逃げるって、イッくん分かってるの?」
「逃げたってどうしようもないって話しか?」
以前町に連れて行って欲しいというレイクのお願いを断った俺に、彼女は語った。
逃げ出したところでその先に待ち受けているのは、更なる過酷な日々か、死だと。
「でもなレイク、それは一人で逃げ出した場合だろ? 俺たちは一人じゃない、皆がいればきっと何とかなるさ」
「そうじゃないよイッくん。そうじゃないの。わたしたちが逃げ出したら、イッくん元のお家に帰れなくなるんでしょ? それでもいいの?」
「よくないよ」
泣きそうな声のレイクに、俺は即答した。
「全然よくない。家族や友人を、自分の帰る場所を、そんな簡単に捨てられない」
「じゃあダメだよ……」
「でもいいんだよ。だってバカみたいだろ? 元の世界に帰ったってきっと、俺は死ぬまでずっとお前たちのことばかり考えて生きていくんだぞ?」
揺れる花を見るたび、ああ、レイクに水あげなきゃって。
ご飯を食べるたび、ああ、ニコの料理の方が美味しかったなって。
マフラーした人すれ違うたび、ああ、デュアは体なくして困ってないかなって。
鳥の鳴き声を聞くたび、ああ、リフォンは飛べるようになっただろうかって。
面白い本を読むたび、ああ、ライムにも読ませてやりたいなって。
どんなときでもずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと。
「だからいいんだよ」
「イッくん……」
「そんな顔しないでくれよ。帰る場所がなくなったのなら、自分で作ればいい。そんな簡単なことではないけど、だからこそ俺はお前たちにお願いする」
檻から脱出し、縄と手足の枷から逃れ自由になった彼女たちに、俺は手を伸ばして言った。
「俺と一緒に、帰る場所を作ってくれないか?」
その手は間髪入れず、温もりに包まれた。
「いいに決まってるだろ、イクの童貞は誰にも渡さねえ!」
「ふん、私はイクト様の臣下。答えるまでもない」
「もちろんです。わたしが座れるのはイクトさんの膝だけですからね」
「ふふっ、わたしはさっき言ったとおりよイクト」
「ありがとう。ニコ、デュア、リフォン、ライム」
後はレイクだけだ。彼女は差し出された俺の手を、胸の前で拳を作ってジッと見つめていた。
迷うのも無理はない。普段彼女たちの中で一番ふざけているレイクだが、実のところ心の中では彼女が一番色々なことを考えていることを俺は知っている。
考えて、考えないようにして明るく振舞う、それがレイクだ。
「おいさっきから話し声が聞こえるが、私語厳禁だぞ奴隷ども」
しかしもう迷っている暇はなかった。
さすがに音を立てすぎたのか、見張りの男が一人、テントの中の様子を見に来たのだ。
「おい、何をやってるお前ら!!」
異常を確認すると、すぐさま腰の剣を引き抜く見張りの男。
「まずい! レイク、もう一度言うぞ!? 俺と一緒に帰る場所を作ってくれ!」
しかしレイクは首を横に振った。
「そんな……どうして」
「大丈夫よイクト、今のは拒否の意を示したわけではないわ。その証拠に見てみなさい、あのレイクの目を」
その目に先ほどまでの不安の色はなく、ただ何かを決心したように力強く開かれていた。
そしてその目でしっかりと見張りの男を捉え、彼女はふっーと息を吐いた。
すると次の瞬間、見張りの男は顔をとろんとさせて地面に倒れる。
「なっ、レイク、お前何をしたんだ? ……って、もしかして花粉か?」
「そうだよ。前のはイッくんには効果薄かったから、キツイやつを体内で生成してみたの」
これなら効きそうだねっ、とニヤリと微笑みながら俺の手を掴むレイク。
「お前、それを俺に使うつもりか……」
「ふっふっふ、これから大変だよイッくん。後悔してももう遅いからね? 後悔は先に立たない、起つのはイッくんのアソコだけ」
「……誰が後悔なんてするかよ」
いやきっとするだろう。
ああしておけばこうしておけばと嘆く日は、遠くない気がする。
でも、どちらを選択したってそれは同じなのだ。だから――
「よし、行こう!」
しつこくまとわり付いていた元の世界に帰りたいという気持ちと一緒に、テントの入り口を覆う布を力いっぱい振り払った。
「お前たち、どうやって檻から抜け出した!!」
テントを出たはいいが、当たり前のことに、すぐに見張りの男三人に姿を捉えられてしまう。
そして三人の内二人が、剣を構えてこちらに走ってくる。
「まずいな……皆、逃げるぞっ」
私に任せろイクト様、イク刀の錆にしてやる――それはデュアの声だった。
しかし俺がそれを認識したときにはもう彼女は男の懐へと飛び込み、その脇腹へと剣を叩き込んでいた。
更に彼女は間髪入れずに体を捻り、もう一人の男の顎にも剣を叩き込む。
大の男二人は、一瞬にして片付けられた。
「お、おい、殺してないだろうなデュア」
「安心しろ、峰打ちだ。斬れてはいない」
「いやいやお前の持ってる剣に峰はないからね!? 両側とも刃だから!」
前にも言ったけど、お前の持ってるそれは刀じゃなくて剣だから!
「はっ!」
「ここにきて駄洒落かよ……まあ息はしてるか。よしデュア、後は放っておいて走るんだ、もたもたしてると人が集まりかねない」
路地を抜け、大通りへ。
後ろから待てという怒声が聞こえるが、振り返らずにがむしゃらに駆ける。
ただだ。さっきから逃げると言ってはいるが、一体どこに逃げれば、どこまで逃げればいいのだろう。
当ても伝手も時間もなく、勢いだけで来たせいで、見切り発車以前な感じなのだが。
「考えろ……考えろ……何かいい方法は……」
「あ、あの、イクトさん! わたし浮いてます!」
「悪いリフォン、今は自分が周りの人に比べて浮いてるとか、そんなネガティブな話をしている余裕はないんだ!」
「違います! そうじゃなくて、飛んでるんです!」
「ん? 飛んでる? うをぉ、本当だ!」
後ろを振り返ってみると、確かにリフォンの体は宙に浮いていた。
「やったなリフォン! お前、飛べたじゃないか!」
走ったおかげだろうか?
やっぱり庭で試したときは、助走距離とスピードが足りなかったんだ。
「はい、やりました! でも一つ問題があります……どうやって降りればいいのか分かりません。勝手に上に行くんです、イクトさん助けてください!」
「えっ!? ちょっ、翼を止めればいいんじゃないのか!?」
とりあえず引っ張り下ろそうと、リフォンの手を掴む。
が、逆にこちらの方が引っ張られてしまい、俺の体まで宙を浮き始める。
「まずいまずい! レイク、下に引っ張ってくれ!」
「りょーかいーってわわっ、わたしまで浮いちゃったよイッくん」
「何!? ニコ! デュア!」
と更に助けを求めようとしたが、既に二人も同じように宙に浮いていた。
ライムは俺の首に巻き付いているし、もはや俺たちを助けてくれる人は誰一人いない。
「どうしましょうイクトさん……」
プラーンと数珠繋ぎになって、どんどん上昇していく。
高さはもう優に一軒家を超え、下に見える人々も小さい。
「ははっ、丁度いい、このまま行けるところまで飛んでいこう!」
よく見れば人波の中に、騒ぎを聞きつけたのであろうアリスさんがいた。
彼女は腕を突き上げながら何か怒鳴っている様子だ。
しかし何も聞こえないし、何を言っていても正直もうどうでもよかった。
今はこいつらとのこれからのことで胸がいっぱいなのだ。
「ほらなレイク。皆が一緒なら、何とかなっただろ?」
「そうだね。ま、イッて辺りベッタリもいいところだけど」
「それを言うなら行き当たりバッタリだ……」
まあ確かに行き当たりバッタリもいいところだ。
でも、それでも実際何とかなった。何とかなってしまった。
こいつらとなら、きっとどこへだって行ける、どこでだってやっていける。
「しっかしそれにしても、結局誰も売れなかったな」
俺は誰に言うでもなく一人、そんな言葉を嬉しさとともに吐き出した。
今日も読んでいただきありがとうございました。
これにて完結となります。
ここまでお付き合いいただけたこと、心より感射申し上げます。




