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46奴目 帰路と岐路

「どういうことイクト、果物図鑑に載ってたライムは緑色だったわ。わたしライムだけど、青色よ?」

「それは仕方ないだろ? 別に見た目が果物のライムに似てたからそういう名前にしたわけではないんだし」

 あくまでも、種族名であるスライムをもじったのであって。


「まああれだ、緑のことも青って言うんだしいいじゃないか」

 結局グリフォンの飛び方についての本は見つからず、苦し紛れに鳥が飛ぶ原理が記された本と、それとライムが読みたいと選んだ本を借り、帰路に着いた俺たち。

 雑談を交わしているうちに、気が付けばもう店の屋根が見えてきていた。


「もし見た目でわたしに名前を付けるとしたら、何にしていた?」

「もちろん、餅っ」

「……イクトも駄洒落の勉強をするべきね。ん? 馬車だわ」

「誰が馬鹿だ! 確かに酷い駄洒落だったけど」

「そうじゃなくて馬車よ! ほら、店の前」

 言われて店の方に眼をやると、確かにその前には一台の幌馬車が止まっていた。


「郵便屋さんの馬車じゃなさそうだな、客か?」

 俺は駆け足気味に店へと戻る。

 もし客だった場合、今日が定休日であったとしても待たせるのは悪い。


「ちょっとあなた、どこへ行っていたのよ!」

 しかし店の中に居たのは客ではなく、ガチムチスキンヘッドのオネエ、この奴隷ショップの本当の店主、アリスさんだった。


「私一人に準備をさせて! 大体、私が帰ってくるまでに済ませておいてってお願いしたでしょう!?」

 眉間に青筋を浮かべ、がなり立ててくるアリスさん。

 だが俺には彼女が何を言っているのかさっぱりだ。


「準備? 準備って何のですか?」

「この子たちを大奴隷市に連れて行く準備よ!」

「は、はあ? 大奴隷市?」

 アリスさんの後ろには、両手足を鎖で繋がれたレイクとニコとデュアとリフォンが、俯いて佇んでいた。


「大奴隷市って町でやってるあれですよね? でもどうしてこんな急に」

「急じゃないわよ、手紙に書いたでしょう? 出品が決まりましたって」

「出品が決まりました……?」

 ふと頭によぎる、血まみれの手紙。

 決まりました。

 確かに手紙にはそう書いてあった。

 前後の文がデュアの血のせいで読めなかったからスルーしていたけど……。

 まさかそんな、大奴隷市への出品が決まりましただったなんて。


「どうしたのボケッとしちゃって。もしかして手紙読んでないの? まあいいわ、今日の私は機嫌がいいの。何たってこれで店が立て直せるもの。あなたもよかったわね、これで元の世界に帰れるわよ」

「……ああ、はい」

「何その返事、嬉しくないの?」

「いえ、嬉しいですよ」

 嬉しいに決まっている。

 やっと元の世界に、元の生活に戻れるのだ。

 家族や友達の下へ帰れるのだ。嬉しくないわけがない。


「それじゃあわたしは町に行ってくるから、あなたはお留守番しておいてね。帰ってきたらあなたを元の世界に帰す儀式をしてあげるわ」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「なぁに?」

「あ、い、いえ、何でもないです……」

 不思議そうな目で肩をすくめ、そ、と返事をすると、アリスさんはレイクたち四人を一つに繋げた鎖の先端を持ち店を出てゆく。

 すれ違いざまに、レイクたちはニコッと俺に微笑みかけた。まるでお礼でも言うかのように。

 そんな彼女たちにかける言葉は、とうとう俺には見つからなかった。

 扉が閉まる。

 ベルの残響が、いつもより長く響いたような気がした。



「ト、クト……イクト。ねえイクトってば。どうしたの?」

 どれくらい時が経ったのか、どれくらいの時間立っていたのかさっぱり分からなかったが、気が付けば、人型に変形したライムが俺を見上げていた。


「アリスさんの言ったとおり、帰れるというのに嬉しくなさそうね」

「何言ってんだよライム……嬉しいに決まってるだろ!」

 突然の大声に、ライムはビクッと身を震わせた。


「やっと元の世界に帰れるんだ! これでお前たちの顔も見なくて済むと思うとせいせいするよ!」

 なのに、なのにどうして。


「イクト……」

「……ごめんライム。許してくれ、取り乱した」

 嬉しくない、嬉しくないのだ。

 やっと地球に帰れるというのに全然、ライムたちの顔も見なくて済むというのにまったく。


「嬉しくないんだ」

「どうして? あんなに帰りたがってたじゃない」

 罪悪感だろうか。

 皆を犠牲にして自分だけ平和な日常へ戻る、そのことへの罪悪感がこんな心にさせるのだろうか。

 いいや違う。原因など当に分かっている。


「家族、だったんだ」

 あいつらは、レイクはニコはデュアはリフォンは、そしてライムは。


「家族に、なってたんだ」

 バカやって笑って、怒って、喧嘩して。

 一緒にご飯を食べて、遊んで、寝て。

 出て行くときは行ってきますって言って、帰ってきたらただいまって言って。

 どんなときも、何があっても、当たり前のように傍にいる。家族に。


「気付かないうちに、いつの間にか」

 だからライムに図書館で家族とはどういうものか訪ねられたとき、己の口から出た答えに自分自身でビックリした。

 まさか自分から、あんな言葉が飛び出すとは。

 いや、もしかしたらどこかで気付いてはいたのかもしれない、でもいずれ売るから、いずれ別れるからと、その気持ちに気付かないふりをしていた。

 でももうそうは行かない。

 気持ちに嘘は付けても、出た言葉はなかったことにはできない。

 あいつらは間違いなく家族だ。

 掛け値ない、掛け替えのない、家族だ。


「そう。そうよね、家族だったんだものね。あなたの気持ち、今のわたしには痛いほど分かるわ。わたしにとっても彼女たちは、初めてできた大切な家族だった」

「だったじゃない、だったじゃだめなんだ…………、なあライム、お前人の心の中が読めるんだろ? なら俺が今何をしたいと思ってるのか、教えてくれよ」

「あなたおかしなことを言ってるわ。あなたの心の中なんだから、わたしが教えるまでもないじゃない」

「そうなんだけど、いまいち自分に自信が持てなくて。お前の言葉で聞かせて欲しい」

「ふふっ甘えん坊さんなのね。いいわ、教えてあげる」

 ライムは善悪の全てを包み込む女神のような優しい目で俺に抱きつき、耳元でささやいた。

今日も読んでいただきありがとうございました。

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