44奴目 驚き桃の木ライムはキィー
「ちょっとイクト、どういうつもり!? 驚き桃の木山椒の木よ! 木と言うか、キィーって感じよ!」
庭にやって来る否や、手足をビヨンと伸ばし俺の体に絡みついてくるライム。
その手足のほのかな冷たさが、首や腕を伝う。
「どうしてこんな所でリフォンと遊んでいるの? わたしに本を読んでくれる約束をしたじゃない。待っててって言うからわたし、あなたの帰りをずっと待っていたのよ? さながら中堅のように!」
「ならお前を待たせた俺は大御所か」
それを言うなら忠犬だろう。
「わたしを待たせるなんて大ごとよ。桃栗三年柿八年とは言うけど、わたしは残念待てないの。まったく、事情を説明してちょうだい」
手足はひんやりとしていたが、どうやら頭の中はカンカンらしい。
いつもの三割り増しでお喋りだ。
「その、待たせたのは悪かった。でも遊んでたわけじゃないんだ。もちろんお前との約束を忘れてたわけでも」
本当のところは遊んでいたし、忘れもしていたが……。
「そう。遊んでいたし、忘れていたのね」
ぐ……そう言えばこいつには嘘や隠し事はできないのだった。
「い、いやな、ちょっとリフォンのお悩み解決を手伝っててさ」
「お悩み解決? リフォンは一体どんな悩みを抱えているの?」
怒っていたいた表情から一転、心配そうに眉尻を下げるライム。
「よかったらわたしにも教えてくれる? 少しくらいなら力になれるかもしれないわ」
彼女は俺に絡みつくのをやめ、人間の姿に戻りリフォンに歩み寄った。
「あの、実はわたし、翼はあるのに飛べないんです」
「あら、そうだったの……」
「はい。それで今も、どうすれば飛べるようになるのかイクトさんにお知恵を出していただいていたんです。だ、だからイクトさんは何も悪くないんです、怒らないであげてください」
「そうね、そういう事情なら仕方がないわ。悩みの解決は読書より優先されるべきことだもの」
ライムは振り返り、怒鳴ってごめんなさいと俺に頭を下げた。
「それでどうだったのリフォン、うまく飛べたのかしら?」
「いいえ。色々やってみたのですがうまくいきませんでした」
「そう。助走をつけてみるというのはやった?」
「はい、それもやってみましたがダメでした。すみません」
助走をつけるというのは、正直一番いいアイデアだと思ったのだけど。
この小さな庭では助走距離やスピードに限界があるのが問題かもしれない。
もっと長く、もっと速く走ることができればあるいは。
「なあライム、お前の知識の中に、何か飛び方に関するものはないか?」
俺がそう尋ねると、ライムは記憶を探るように目をつぶって黙り込む。
しばらくして彼女は残念ながら、と首を横に振った。
「さすがにそうだよな」
「ええ。と言うわけで、図書館へ行きましょう!」
「と言うわけでってちょっと待て、どうしてそうなった……」
「だってわたしの頭にはないけど、図書館の本にはあるかもしれないでしょ? 飛び方に関する情報が」
「ん、ああそうか、確かにな」
この世界には普通に亜人がいて、亜人の研究成果を記した本もある。
その中にグリフォンの飛び方についての本がないとも限らない。
「でしょう? だから行きましょう。もちろんわたしも一緒に」
「はあ、お前も行くつもりなのか?」
「ええ、一度行ってみたかったのよね。ほら、いつもはイクトが本を借りてきてくれるでしょう? それでもいいんだけど、自分でも選んでみたいなって」
それに、とライムは続ける。
「さっきのお詫びもしてもらわないとだし」
「何だよ、待たせたことは許してくれたんじゃなかったのか」
「待たせたことは、ね。約束を忘れていたことに関しては別よ」
ふふっと微笑みかけてくるライムに、俺は渋々了承したのだった。
ダメだと言っても、どうせ何が何でも付いてくるのだろうし。
「ただ、絶対に脱走するなよ?」
「脱稿? 安心して、わたしは本は読むばかりで書かないから」
レイクにしろこいつにしろ、この店の奴らはからは俺を安心させようという気がまったく感じられないな……。
今日も読んでいただき、ありがとうございました。




