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42奴目 ライムタイム

 果たしてスライムの亜人ライムが少女の姿を獲得したことによって俺の睡眠不足が解消されたかと言えば、残念ながらそうはならなかった。

 と言うのもその問題のライムが、毎朝早くに俺を叩き起こしに来るのだ。


「イクト、イクト起きて、朝よっ、朝の読書をしましょう!」

 枕に埋めていた頭を少しずらしてライムの顔を盗み見ると、彼女の目はまるでクリスマスプレゼントを開ける前の子どものように期待に満ちていた。


「ライム……お願いだからもう少しだけ寝かせて」

 俺はその視線から逃れるように布団をかぶった。

 しかし布団はすぐに剥ぎ取られる。


「ダメ、さあ起きて。おはよう、おはようイクト」

「おはやすぎる……」

「だって今日はお店お休みの日なんでしょう?」

 無言で頷く。今日は月に一度の定休日だ。

 だから日頃の寝不足を解消するためにも、ゆっくり寝させて欲しいのだけど。


「だからこそ本を読むの。休みの日に読書をしないなんてもったいないわ」

「だからって早すぎるんだよ」

 昨日の夜だって『明日はお休みなんでしょ?』という文言を武器に、随分遅くまで本の読み聞かせをさせられたし。


「大体だ、自分で読めばいいだろ?」

「ダメ、わたしはイクトに読んで欲しいのよ。あなたの声が好きだから」

「俺の声?」

「そう。こうなる前の、返事も反応すらもできないわたしに向かって、毎日ライムライムって話しかけてくれたあなたの優しい声。大好き。ってどうしたの? 変な顔して」

「あ、いや、そんなことを言われたのは初めてだから」

 嬉しいと言うか、くすぐったいと言うか。


「ふふっ、ならもっと言ってあげる。大好き。大好きよイクト。の、声が」

「声が、ね……」

 それにしてもこのライム、人型になった初期の頃でさえかたことの会話でそもそも口数が少なかったが、あれからたくさんの本を吸収し、たくさんの知識を収集し、その結果言葉は完全にマスター。

 現在ではこのとおり、会話は完璧にこなせるようになっている。

 いや、こなせるどころか、手に負えないほどのお喋りさんになってしまっている。


「それにねイクト、わたしの肌は少し湿り気を帯びているわ。本に湿気はよくないの。それを教えてくれたのはイクトじゃない」

「そう言えばそうだったな」

 知識も知識で、彼女は覚えたことを絶対に忘れないので、俺なんかよりよっぽど有しているだろう。


「もし本を湿らしたりしたら、きっと図書館の人にこう言って怒られるわ、しめっ!」

「…………」

「あら、駄洒落のつもりだったのだけど、面白くなかったかしら?」

 面白い面白くない以前に、図書館の人は『めっ!』とは怒らないんではないだろうか……。


「んー、まだ駄洒落の知識がいまいち不足してるわね。今度駄洒落の指南書を借りましょう」

 駄洒落の指南書って、知識に対してはとことん貪欲だなこいつは。

 貪欲すぎて、知識を蓄えまくって、彼女はちょっとした図書館状態になっている。

 何なら『歩く図書館――ライぶらり』の称号を与えてやってもいい。


「それはちょっとダサいわね。『ライムラリ』の方がいいわ」

「む、なかなかやるな」

 少し前までは俺が先生で色々なことを教えてやっていたのに、もう敵いそうにない。


「と言うか心を読むな」

 テレパシー。

 言葉を介さずとも相手の心の中が分かったり相手の心の中に直接語りかける能力。

 そんなものをスライムの亜人は有しているらしい。

 だからライムには秘密も嘘も通じない。

 思春期男子としては非常にまずい能力だ。


「大丈夫よイクト、エッチなことくらい考えてもスルーしてあげるわ。スルーするわ」

 ……駄洒落の知識は、やはりもう少し付けた方がいいかもしれない。


「現にこの前イクトが『ライムの体はどこを触っても同じ感触だなぁ。もしかして胸やお尻を触っても同じなんじゃないだろうか。はっ! そうなってくると今やっている頭を撫でるという行為は、胸を撫でるという行為と意味合い的には同じなのでは!?』って心の中で考えていたことも、スルーしてたもの」

「今言っちゃってるよ! スルー仕切れてないよ!」

「あら、本当にそんなことを考えていたの? 冗談で言ったんだけど」

 な……に、墓穴を掘ったか……。


「ふふっ。そうだイクト、内部の骨組みが透けて見えるという意味の『スケルトン』って言葉、あれは“骨組み”から来ているのであって、決して“透ける”から来ている言葉じゃないのよ?」

「だからどうした。それに知ってるよ」

 もし“透ける”から来ている言葉だったとしたら、“トン”って何だよって話になるだろう。


「もし“透ける”から来ていると考える場合はあれよ、“透けとる!”という驚きの言葉が転じてそうなったと考えるべきね」

「確かに初めて透けてる物体を見た人はそうも言いたくなりそうだけどって、だから何の話だよ」

「イクトの心の中なんて、テレパシーがなくとも透けて見えるわって話よ」

 透けとる!


「それよりイクト、そろそろ本を読んで? ね、いいでしょ?」

「今の会話の後だと、半ば脅しのようにも聞こえるんだけど」

 バラされたくなければ読めと。


解体(バラ)されたくなかったら読んで?」

「怖い……まあ分かったよ」

 どれだけ言葉を重ねようとも、ライムを説き伏せることは無理だろう。


「ただ少し待ってくれ。目を覚ますために、顔を洗って外で体操をしてくる」

 この寝不足な現状では本は読めないだろう。

 だろうと言うか、実際に寝不足状態で神話の本を開いたとき、目がショボショボしてまったく読めなかった。


「あのときイクトってば挿絵を見て『こういう絵に描かれる人って何で皆裸なんだろう』って考えてたわよね」

「スルーしろって!」

遅くなってすみません。今日も読んでいただき、ありがとうございました。

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