41奴目 一件落着? 一見落着?
「よし、これでシャツは取り戻した」
後は膝だなと、一人で意気込み始めたニコは、部屋をキョロキョロト見渡す。
少しして彼女はライムに目を留めた。そして何かを思いついたかのように手を叩く。
「なあイク、人型になったってことは、ライムもワタシ達と一緒にここで椅子に座って食事をする必要があるよな?」
「ん? ああそれな、さっきライムから聞いたんだけど、そこは今までどおりらしいぞ?」
今までどおり、食事は必要とせずたまに水を摂取するだけ。
それだけで生きていられる。
「なっ、いいやダメだ! 人の姿になったからにはちゃんと一緒にご飯食べねえと! これはイクが決めたルールだろ?」
何を必死になってるんだ? こいつは。
「んーまあそうだな。ライムがそれでもいいと言うのなら、いいんじゃないか?」
食卓は賑やかな方が、ご飯も食べていて美味しいだろうし。
ライムにたずねてみると、食事はしないが皆と一緒にテーブルを囲みたいとのこと。
「よしじゃあ決まりだな! でもちょっと待った、そうなると椅子が足りねえんじゃねえか!?」
「確かにそうだな」
椅子四脚に対して人は六人、内リフォンは俺の膝に座るとしても、まだ一脚足りない。
「ワタシとしたことが、すっかり忘れてたぜ!」
なぜか物凄く芝居がかった雰囲気で、額に手を当てるニコ。
「よし仕方ねえ、ここに座れライム」
彼女は額に当てていた手で今度はライムの手を引き、自分の座っていた席まで誘導した。
「何だニコ、お前やけに優しいじゃないか」
「人聞きが悪いなイク、ワタシはいつだって優しいだろ? ああでも困ったなあ、そうすると次はワタシの座る場所がねえや」
あー困った困ったと、やはりどこか芝居がかっている。
何か怪しい……。
「どうしようかなー、おお! いいこと思いついたぞ、イクの膝に座ればいいんだ!」
言うが早いか、ニコは俺の膝の上に腰を下ろした。
それで焦ったのはリフォンだ。
「ちょっと待ってくださいニコさん、それではわたしの席がなくなってしまうじゃないですか」
「分かってるって、半分こだよ半分こ。リフォンは右膝に、ワタシは左膝に座る。それでいいだろ?」
「ああ、そうですね」
言って、リフォンも俺の膝に座った。
「よっしゃ、これで膝も取り戻したぜ!」
まさか、そのためにライムに席を譲ってやったのか……。
大分下手な芝居だったが、頭より先に体の動くニコにしてはよく考えたと褒めてやるべきだろう。
しかしだ。
「喜んでいるとこ悪いがニコ、リフォンならともかく、お前に膝に座られると食事が出来ないんだけど」
「安心しろ、ワタシが食べさせてやるって! ママが食べさせてやるって! はい、あーん」
「ママじゃないんじゃなかったのかよ……あ、あーん」
「うまいか? うまいだろ?」
「うまいよ」
「そうだろうそうだろう、はははは。ママだけに、はははは!」
……まあ、機嫌が直ったみたいで何よりだよ。
「それでイッくん、さっきの話の続きなんだけどさ」
「さ、さっきの話? さっきの話って何だよレイク」
「ライムとイクト様が同じ部屋で寝ることについての話に決まっているだろう」
と、ライムではなくデュアが答えた。
「聡明なイクト様のことだ、まさか今ので誤魔化せたなどと思っているわけではあるまい」
「うぐ……」
いや、聡明な俺としては今ので十分に誤魔化せたと思っていたのだけど。
聡明ではなく、どうやら早計だったらしい。
さてどうしたものか。まず、睡眠不足になりたくなければ、俺とライムが同じ部屋で寝てはいけないことはもう確実だ。
ライムには、俺の部屋から出て行ってもらわないと。
しかしどうしよう。そうなると、いよいよ部屋が足りない。
ライムが元居た牢にはリフォンが入ってしまっているし、他に空き部屋などもない。
以前のように相部屋をするにも、小柄とは言え人間サイズになってしまったライムとリフォンとではもう不可能だし。
「モドれる、ヨ?」
そんな俺の思考を読んだかのように、突如ライムは小さな餅状態に体を変形させた。
「おお! そうか、別にお前の変形は不可逆じゃないんだ」
「これなら、アイベヤ、デキる?」
と、これまた俺の心を読んだようなことを言うライム。
「そうだな、それなら相部屋できるな」
俺は不思議に思いつつもそう頷いた。
ただ、確かに相部屋が出来る大きさにはなったが、それとは別にリフォンがライムと相部屋をすることについてどう思うかが問題だ。
いくら可能な状態とはいえ、嫌だと拒む可能性もある。
が、何となく大丈夫なような気がしたので、すぐに膝の上のリフォンに話しを振った。
「なあリフォン、今のライムとなら相部屋を出来ないか? 別にこいつの外見が怖かったとかじゃないんだろ?」
「はい。わたしがライムさんを恐れていたのは、震えているだけで何を考えているか分からなかったからです」
見た目だけで言えば、透けてキラキラしていてむしろ好みだとリフォン。
「ですので大丈夫ですよ。ライムさんが、ライムさんを怖がり追い出したわたしを許してくださり、わたしと一緒に寝ることが嫌でないと言ってくださるなら」
俺の膝からピョンと飛び降り、怖がってごめんなさいとリフォンは謝罪をする。
そんなリフォンに、人型に変形し直したライムは手を差し伸べた。
「ヨロしく、ね」
「許してくださるのですね、何とお優しい。こちらこそ、よろしくお願いします」
その手をリフォンはしっかり握り、二人はにこやかに握手を交わす。
めでたしめでたしだ。これで安眠も約束されただろう。
「レイクもニコもデュアも、これでいいだろ?」
「わたし的にはよくないんだけど、イッくん」
「ワタシはそれでいいぞ、イク」
「私はどうでもいいぞ、イクト様」
どうでもいいってデュア……まったく、ありもしない疑いをかけられるのはこりごりだ。
しかしまあ本を二冊も失ってしまったけど、そのおかげでライムが人型になって、色々と結果オーライってところか。
いやでも人型になったことによって、餅型だったときよりも格段に売り辛くなってしまった。
帰るという目標を達成するためには、全然結果オーライではないか……。
いつになったら売れるんだろう、そして帰れるんだろう。
「帰る、か」
食事をしながら談笑をする彼女たちを見たときに、自分の心に浮かぶこの感情が一体何なのか。
俺には皆目見当も付かなかった。
今日も読んでいただき、ありがとうございました。




