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4奴目 厨に注意

「おいレイク、この色ボケナスが! またイクに手ぇ出しやがって、今度の今度は許さねえからな!」

 開いた扉の向こう側に立っていたのは、輝く真っ白な髪を短めに整えた中性的な顔立ちの少女。

 その少女は、紺色の美しい目を鋭く尖らせながらレイクに近き、そして掴みかかる。

 レイクも咄嗟に応戦するのだが、自分より幾分か背の高い少女に、少々押されぎみのようだ。


「ちょ、痛いよニコちゃん」

「うるせえ! お前がイクの童貞を奪おうとするから悪いんだ!」

 俺の貞操の心配をしてくれている彼女の名前は、ニコ。

 ニコもこの店の商品だ。レイク同様、奴隷服を、汚れた白いワンピースを身に纏っている。


「それでも暴力はよくないと思うなわたしは」

「これは暴力じゃねえ報復だ、お前がイクトを誘惑したことに対するな!」

「報復だろうと何だろうと、暴力は暴力だよ」

「そ、そうなのか?」

 驚いたように目を丸めるニコ。紺色の瞳はどんな感情を浮かべていても綺麗だ。


「そうだよ、当たり前でしょ。まったく、相変わらずの馬鹿馬っぷりだね。ししし」

「誰が馬だ! ワタシは馬じゃねえ、ユニコーンだ!」

 彼女の言うとおり、店の商品管理リストには、彼女はユニコーンの亜人だと記載してある。

 ユニコーン。頭に螺旋状の角が一本生えた白馬で、気性は荒く、処女の膝の上でだけおとなしくなるという伝説のある、あの生き物だ。

 そんなとんでもない処女厨な生き物、ユニコーンの亜人、ニコ。

 彼女の亜人的特徴といって初めに目がいくのはやはり、頭だろうか。

 つむじとおでこの生え際を結んだ丁度中心辺りから生えた、髪色と同じ真っ白な螺旋状のあの角と、そして頭のてっぺんの両サイドから上に向かって伸びる、馬の耳に似た、ひし形をした大きな耳。

 人によっては、お尻の辺りから生えたフワフワの長い尻尾に目を奪われる可能性もあるが、俺は最初頭部にばかり注目していた。


 それに慣れた頃に気になってくるのが、両腕と両足だ。

 彼女の両手は、二の腕の半ばから手の甲にかけて、真っ白な毛で覆われている。

 遠くから見ればそれは白い指なしのロンググローブに見えなくもないが、近づいて見れば間違いようがなく彼女から生えた毛だということが分かる。

 両足も腕同様、太ももの半ばから足先にかけて、白い毛に覆われている。

 遠くから見れば白いニーソに見えなくもないが、近づいて見るとやっぱり彼女自前の毛だ。

 しかしこれらはまだ序の口に過ぎない。ニコの亜人的特徴といって特筆すべき点は、他にある。

 驚くなかれ、彼女の足は馬のそれなのだ。

 医者などの専門家じゃなくとも一目でわかる。明らかに人間の骨格ではない。爪もない、あるのは馬と同じ蹄。

 故に彼女は四六時中まるでバレリーナの爪先立ちのような状態だ。

 そんな状態でもまったく苦ではないというのだから、やっぱり亜人と人間は、色々と違うらしい。

 とかそんなことを考えているうちにも、レイクとニコのキャットファイトは激しさを増していた。


「お前、イクが童貞じゃなくなったらどう責任取るつもりだ!」

 ニコがレイクを床に押し倒し、

「そんなのわたしは知らないよ!」

 レイクがそれに応戦し。

 両手を握り合いながら、店の床をゴロゴロと転がる二人。

 何だか、(レイク)(ニコ)がキャットファイトというのも、よく分からない話だが。

 しかしまあこの光景も見慣れたものだ。

 処女大好きで有名なユニコーンだが、女の子であるニコは、処女ではなく童貞が好きらしい。

 悲しいかな俺は童貞である。

 だから、そんな俺を惑わすレイクとは、いまいちそりが合わないみたいで、事あるごとに言い合い掴み合いの喧嘩ばかりしている。


「そもそも、最初にわたしを誘ったのはイッくんだし」

「嘘をつくな!」

「本当だよ、イッくんがわたしのことを欲しいって言ったんだもん」

「おいイク、それは本当か?」

 ニコは突然俺に視線を移した。


「え!? ああ、それは……」

 誤解なんだけども……、急に振られてもどこから説明したものか。どう説明したものか。

 なにぶんニコちゃんはおつむが少々弱いと言うか何と言うか、あんなに大きな耳をつけているのに人の話しをしっかり聞かない傾向があるから、うまく伝えないと更なる誤解を生む可能性がある。

 そんな風に悩んでいる俺を怪しいと思ったのか、ニコはレイクから手を離すと、カポカポと蹄を鳴らし俺の傍までやって来て、

「こら何をっ!?」

 そして両手で俺の顔を掴み強引に自分の顔へと引き寄せる。

 眼前一杯に広がる、彼女の、奴隷と呼ぶにはあまりにも綺麗な顔。


「おいニコ危ない、当たる当たる!」

「唇がか? 大丈夫だ、イクとのキスならワタシは気にしねえ」

「違う! 唇じゃなくて角の話!」

 お前が気にするべきは、俺とキスする可能性ではなく、俺を突き刺す可能性だ。

 彼女の頭から生えた角はもちろん硬くて鋭利だ。そんなものが刺さったら、一巻の終わりである。


「ああキスの話か」

「いや、だからキスの話じゃないって」

「何言ってんだイク、キスの話だろ? 突き刺す、略してキスだ」

 そんな接吻は口付けじゃなくて傷口付けだ……。


「で、イク。色ボケナスレイクの話は本当なのか?」

「あ、あれは誤解だって。誤解と言うか、レイクの悪ふざけだ」

 レイクの方に目だけを向けると、彼女は声を出すのを必死で堪えながら肩を震わせていた。

 止めに入るどころかこの事態を楽しんでやがる。


「イク、お前もしも童貞じゃなくなったらどうなるか分かってんだろうな?」

「おいニコ、俺の話し聞いてたか? 俺はレイクの悪ふざけだって言ったんだけど」

 聞いてないんだろうな……。


「ワタシは分かってんだろうなって聞いてるんだ。嬲るぞ?」

「殴るじゃないか? その構え的には」

「どっちでもいいだろ!」

「どっちでもいやだよ!」

 まったく。

 髪も白い腕も白い足も白い肌も白い、着ている服も真っ白までとはいかないが白い。

 そんな全身“白”で、おとなしくしていれば神々しいとまで言えるほどの外見を持つ彼女だが、ひとたび活動を始めればそんなイメージは一瞬で崩れてしまう。

 神々しいだなんて、とてもじゃないが言えない。

 無理矢理に“こうごうしい”と言うのならば、当てられる字は“攻々しい”だろう。

 それくらい攻撃的。喧嘩っ早い。凶暴。

 力は強く、しかも鋭い角や硬い蹄まである。もはや全身凶器と言っても過言ではない。


 しかし彼女は御しやすい。それはもうレイクなんかよりはよっぽど。

 ただ抱きしめてやればいい、それか膝の上に乗せてやればいい、ニコはそれだけでおとなしくなる。

 ただしこの技を使うには、ある条件が必要だ。

 それは童貞であること。ユニコーンが処女でおとなしくなるのと同じく、ニコは童貞でおとなしくなるのだ。

 童貞以外がやれば、死に直結するので絶対に使ってはいけない技なのだがしかし、辛いので何度も言いたくないが俺は童貞なので、この技が使えてしまうのである……。

 まあ、使わずに済むのなら使いたくないのだけど、そうも言っていられない。そろそろ危険だ。

 これ以上放っておいたら、本当に殴られかねない。


「ニコ、ほら、抱っこしてやろう」

 俺はニコの腰に手を回し、自分の膝へと対面する形で座らせた。


「でへ~」

 小さな子どもでもあるまい、見た目的には俺と同い年くらいのニコの顔は、それだけのことでだらしなほどに、にへらととろけてしまう。

 そしてそのまま力なくしなだれかかり、俺の胸に頬をうずめる彼女。

 角が刺さらないか気が気ではなかったが、その辺は向こうがうまく避けてくれたので助かった。


「はぁ~やっぱりすごいな~この濃厚な童貞臭、イクは最高だ~」

 我を忘れたかのように、スーハースーハと俺の匂いをかいではそんなことを呟くニコ。


「ドウテイクトは最高だ~」

「ドウテイクト言うな」

 やっぱりこの技は極力使いたくない……、肉体にダメージを負わない代わりに、精神に深いダメージを負う。


「じゃあチェリーボーイクト」

「変ってないよ!」

「何だ不満か? じゃあ、ヤッたことないクトでどうだ? それとも経験ないクトがいいか?」

「やめろやめろ! それ以上俺を傷つけるな!」

「傷つける? 何言ってんだイク、ワタシは褒めてるんだぞ?」

 確かにニコにとってはそうなんだろう。

 何せ、彼女にとって童貞は価値があるものなのだから。

 しかし俺にとってはそうではない、捨てられるのなら、早く捨てたいものである……。


「ま、まさかイク、お前童貞が恥ずかしいことだとでも思ってんのか?」

 信じられないといった様子でニコは目を丸める。

 そんな顔をされても、俺には、童貞に価値を見出すお前こそ信じられないのだけど。

 まったく、地球全土の童貞野郎にとってこの美少女は、まさに夢のような存在だろう。


「ま、まあ恥ずかしいことと言うか、名誉なことではないと思ってるけど」

「バカヤロウ! 童貞は名誉なことだろうが、童貞であることに胸を張れ!」

「張れるか!」

「童貞が張れるのは、テントくらいのものだよね」

 にししし、と横合いから茶化してくるレイク。

 黙ってくれと言いたいところだったが、そのとおりである……。


「だからか、だからレイクのことが欲しいって言ったのか? レイクで童貞を捨てようとしたのか?」

「いやニコ、だからそれは誤解、レイクの悪ふざけだって言っただろう?」

「知らねえ、ワタシは聞いてねえ」

 お前“が”聞かなかったんだよ。


「分かったじゃあ説明するから、静かに聞いてくれるか?」

「聞く」

 口調は変らないが、やはり膝に乗せた状態の彼女はおとなしく、今度は黙って俺の説明にその大きな耳を傾けてくれた。

 かくかくしかじか。


「――と言うわけだ。分かったか?」

「分かんねえ」

 耳を傾けてくれたからと言って、理解が出来るかどうかはまた別の話だったようだ。


「分かんねえけど、まあ、分かった。今回のことは許してやる」

 どうなってそうなったかは分からないけど、許してくれるというのならそれでいいか。

 許すも何も、だから初めから誤解なんだけど。

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