38奴目 ヘッドをゲット?
デュアの体を連れ立って、まずは牢屋を捜索する。
「ない、な」
残念ながらここに、彼女の頭部は見当たらない。
それにしても、頭を失くしてしまったというのはどういう状態なんだろうか。
頭の意思を無視して体が勝手に動いてしまい、その結果体がどこにあるのか分からないというのなら何となく理解できる。
体には目もなく耳もなく、周りの風景を把握することが不可能なのだから。
けど体と違って頭には目もあり耳もある、己のいる場所は明白だろう。
なおかつ、デュアは頭だけでの移動が可能だ。わざわざ体を使って頭を探させる必要はないはずなのだけど。
そうなってくると考えられる彼女の状況は、どこにいるのか分からない、身動きも取れない。
どこかに落っこちて挟まって、身動きが取れなくなっているのだろうか。
ただ“どこにいるのか分からない”というのが理解できない。
この建物から出ることが出来ない以上この建物の中にいるのは当然で、そして彼女はこの建物内をよく知っているのだから。
「ううむ……」
まあ、ゴチャゴチャと考えたところでどうしようもないか。
デュアの体を見るに、特に緊急性が高い感じでもないし、適当に探し回っていればそのうち見つかるだろう。
しかしデュアの頭は一向に見つからなかった。
キッチンにもない。寝室にもない。洗面所にもない。倉庫にもない。
「となると後は中庭か。お前好きだよな中庭」
そして向かった中庭にも、彼女の頭はなかった。
あったのは、草を刈って以来レイクによって綺麗に整備されている大地と、そこに立つ物干し竿にかけられた、風になびく洗濯物。
それと後、地面にしゃがみ込んで何かをしているリフォンの姿。
「リフォン、一人で何をしてるんだ?」
その丸まった小さな背中に声をかけると、彼女は顔だけで振り返り俺を見上げた。
「あ、イクトさん。穴を掘ってたんです」
「ほう、穴を。座るだけで激怒していた大地なのに、穴を掘っても怒らなかったのか?」
「いえ、もうそれはそれは大激怒です」
ほらと腰を浮かせて俺の方を向き、両手を横に広げる。
「こんなに攻撃をされてしまいました」
「うわ……土まみれじゃないか」
リフォンの体は頭の先から足の先まで、真っ黒に汚れてしまっていた。
「はい、血まみれです。熾烈な攻撃でしたから。どうして世界はわたしにこんなにも厳しいのでしょうか」
いや、そんな状況に陥ったのは世界ではなく己のせいだろう……。
掘ったのは穴は穴でも、墓穴である。
遊ぶのはいいけどもう少し上手に遊んで欲しいところだ、もう十五歳になるのだから。
「それにしても、どうしてそんな場所に穴を?」
「常に穴があったら入りたい人生を送っていますから、いつでも入れるようにと思いまして」
「避難所かよ」
「非難を浴びればすぐに避難出来ます」
「…………」
「今こそ穴に入るべきなのでしょうか?」
正解だった……。
「まあ冗談なんですけどね。本当は、宝石を探していたんです」
「宝石?」
シャツの胸ポケットに手を突っ込み、そこから何かを取り出すリフォン。
「これです」
彼女がポケットからつまみ出したのは、小さなガラス片。
「綺麗でしょう?」
宝石ではなかったが、確かにリフォンの言うとおり、太陽の光を反射して輝くそれはとても綺麗だった。
「これはさっき、あっちの方で見つけました」
「凄いな、こんな広い庭の中からそんな小さなものを見つけ出すなんて」
「グリフォンの亜人は皆、綺麗なものを見つける能力が高いんです。直感のようなものが働くんですよね」
「へえ、そんな能力があったのか」
アリスさんが送ってきた商品管理リストには、記載されていなかったことだ。
「そしてその中でも特に、わたしの能力は高レベルでした」
「いつも自分はダメだって言ってるけど、リフォンも凄い能力を持ってるんじゃないか。もっと自分に自信を持ちなよ」
レイクの感覚で植物を見分ける能力や、ニコの感覚で童貞を見分ける能力も凄かったが、感覚で綺麗なものを見つける能力というのも十分凄い。
「いえ、まあそうなんですけど……」
そんな凄い能力を持っていながら、なぜかしゅんと肩を落とすリフォン。
「この能力が皆より高くなった理由が、“空を飛べないから”なんですよね」
「え、お前飛べないの? 今はシャツに翼が押し込められているから飛べないとかではなく、ずっと?」
「はい、生まれてからずっとです。だから皆が空を飛んでいる間、わたしは常に地面を見ていましたから……」
それで綺麗なものを見つける能力が、他者より高くなったと。
「翼があるのに飛べないなんて、穴があったら入りたいです。あ、丁度目の前にありました、えいっ」
ズボっと、今度こそリフォンは穴の中に収まった。そこからひょっこり頭だけ出して、満足げな表情である。
可愛い……けど気まずい。ので、俺は話を変えることにした。
「そうだリフォン、お前、デュアを見なかったか?」
「デュアさんですか? それならイクトさんの後ろにいらっしゃるのでは?」
「ああゴメン。確かにそうなんだけど、探しているのはデュアの頭部なんだ。どこかへ行ってしまったみたいでさ」
「んーどこかで見たような気がするようなしないような……思い出せません」
「そっか」
「ごめんなさい。わたし記憶力がないんですよね。散歩をしていたら忘れるどころか、三歩歩いたら忘れることも多々あります」
鳥頭なの……?
「まあ、記憶力以外のものもないんですけどね、ふふ」
「ふふってまったく……お前はとことんネガティブシンキングな奴だな」
「ごめんなさい。何ならネガティブシン・キングとお呼びくださっても構いません」
「…………」
獅子は百獣の王だったはずなのだけど、半分獅子であるこいつはどうやら悲観の王らしい。
こうなってくると“王”の部分も“負う”と書くべきなのかも。
「それにしてもデュアさん」
と、悲観の負うリフォン。
「あの人の目ってとっても綺麗ですよね」
「ん、ああそうだな」
「まるで宝石のようです」
デュアの目に思いを馳せ、キラキラとそれこそ宝石のように瞳を輝かせていたリフォンは、
「それじゃあイクトさん、わたしは少し用事がありますのでこれで」
唐突にそう言って穴から這い出た。
「用事?」
「この宝石を箱の中に片付けにいくんです」
「箱って、お前がここにやって来たときに入っていたあの箱か?」
今は確か、リフォンの寝ている牢屋の中に置いてあるはずだけど。
「そうです。その箱の中に綺麗なものを詰め込んでいるんです。絶対に開けてはいけませんよ? 勝手に開けたらわたしは怒ります」
「大丈夫、勝手に開けたりはしないよ」
「ありがとうございます。では、無事に頭が見つかることを祈っております」
「はいよ。って、ん? ちょっと待てよ……」
「どうかしましたか? イクトさん」
箱の中に、綺麗なものを詰め込んでいる?
「なあリフォン、デュアの目って綺麗だよな?」
「はい。銀色に輝いていてとっても綺麗です」
「それでさ、確認のためにもう一度聞くんだけど――」
俺は言った。
デュアの頭知らない?
今回も読んでいただき、ありがとうございました。




