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37奴目 お頭はどこかしら

「あいつらのせいで寝不足だよまったく……ああ、朝から辛い」

 俺は隣で震えるスライムの亜人、ライムに愚痴をこぼしつつ、カウンターへと突っ伏した。

 彼女からの返事はもちろんない、ただいつものようにプルプルしている。

 結局このままでは俺が寝不足で倒れてしまうということで、リフォンには、このライムと入れ替わる形で牢に戻ってもらった。


 初めからこうしておけばよかったんではないだろうかと今になって思う。

 何せライムは女子は女子でも、見た目は黒い鉄のリングに無理矢理押し込まれた、半透明な青い餅だ。

 だから俺と彼女が一緒の部屋で寝たとしても、レイクたちに下世話な勘繰りをされる心配はなく、睡眠を妨害される心配もない。

 しかしこの場合、コミュニケーションの取れないライムの意思は完全に無視する形になってしまっているのが気がかりだが。


「ごめんなライム、お前を牢から追い出すような感じになっちゃって。お前、俺と一緒に寝るの嫌じゃないか?」

 そう問いかけるも、これまたもちろん何の言葉も返ってこない。

 そもそも“ライム”というのが自分の名だと理解しているのかどうかが怪しい。

 ふむ、他の奴らが口うるさいだけに、いまいち張り合いがないと言うか何と言うか。

 店を開けて一時間ほどになるが、いつもどおりお客様が来る気配もない。


 手持ち無沙汰を感じた俺は、カウンターに積んであった本に手を伸ばした。

 薬草の本を借りるときに一緒に借りてきた、この世界の神話が記された本だ。

 神話について知ることで、この世界の成り立ちや人々の思想みたいなものが読み解けるかなと思って借りてきたのだが。


「無理だ……」

 寝不足な現状、目がショボショボして文字を追うことができない。

 このままでは眠ってしまいそうである。

 そんなわけで読むのはすぐに諦めたのだが、せめて挿絵だけでも見てみようとページを捲る。

 現れたのは、まるで絵画の中の裸婦のように芸術的な笑みをたたえた、女性の絵だった。

 察するに、この本に記された神話における女神だろう。

 太陽の光を一糸纏わぬその背に背負い、天使や花々に囲まれ、うねる髪を風になびかせている。

 それにしても、こういう絵に描かれる人って何で皆裸なんだろう。


「……って、一番最初に出てきた感想がこれか」

 これじゃあこの本を真剣に読んだところで、何を読み解くこともできないだろう……。


「時間の無駄だ」

 本を閉じて積んであった山に戻し、そしてカウンターの引き出しから一枚の紙を取り出した。

 それはリフォンが送られてきたとき箱に一緒に入っていた、アリスさんからの手紙だ。

 デュアの血で赤く染まり読めなくなってしまったそれだったが、もしかしたら血が乾いたら読める箇所が出てくるかもしれないと思い、捨てずに残しておいたのだ。

 その行動は正解だったようで、乾いたことで下の黒いインクと色の差ができて、少しだけ解読できそうな部分があった。


「えーっと、何だ? 決まり、ました?」

 にじんで読み辛いが、確かにそう書いてある。

 ただし読めたのはそこだけで、何が決まったのかはまったく分からなかった。

 裏返してみても、日に透かしてみても、それ以上の情報は得られそうにない。


「何が決まったのやら……はあ、何だか解読できたことで、逆に分からないことが増えてしまったなぁ」

 期待はずれな結果にどっと疲れが沸いて来る。

 少しだけ仮眠を取ろう。

 お客様が来ればベルが鳴る、その音で起きるだろう。

 しかしそんなささやかな安らぎさえも許すわけがないと言わんばかりに、背面のドアが凄まじい音を伴って開かれた。


「何だ何だ一体……」

 椅子を引いて振り返ると、そこにはデュアがいた。

 いや、正確に言うとデュアの体がいた。

 見たところ、なぜか頭を抱えていない。


「おいデュア、今度は一体何をしてるんだ?」

「…………」

 返事はない。頭がないのだから当然か。

 まったく、また頭を放置して体だけ勝手に動き回っているのか?

 以前体探しをしたときに、『離れていても感覚はある』みたいなことを言っていたはずだから、とりあえず肩を叩いてみる。

 するとビクッと一度驚いたように飛び跳ねた後、何かを伝えるかのように身振り手振りをし始めた。

 手を上下に振って見せたり、足をばたつかせたり、身をよじったり。

 しかし意味が分からない……、何がしたいんだ一体。


「どうしたものか……ん、そうだ、背中に文字を書けばいいのか」

 感覚があるというのなら、それで言葉を伝えることも出来るだろう。

 俺はデュアの背中に人差し指を滑らせる。


「わ・か・ら・な・い」

 しばらくすると、デュアの体は怒ったように地団太を踏んだ。

 声がなくとも、なぜだか『失望したぞイクト様』と言われたような気分になった。

 彼女が次にとったのは、“お尻を突き出す”という行動。

 そして突き出したそのお尻を、上下左右に躍らせる。

 なんて美しいお尻なんだ……お尻だけじゃない、手足やお腹周りも、毎日修行とか言って重たい剣を振り回しているだけあって、かなり引き締まっている。胸も結構大きいし。


「って、そんなことを考えている場合じゃない」

 頭がないからだろう、純粋なボディだけの魅力がダイレクトに脳に突き刺さってきて思わず見とれてしまった。


「これは、尻字か?」

 デュアのお尻が空中に描いた軌跡を辿ると、浮かび上がったのは『SOS』の文字。


「助けろと?」

 何やら分けアリらしい。更に尻字は続く。


「か・お・を・さ・が・せ」

 顔を捜せ……、つまりアレか、今度は頭を失くしたのか。


「はぁ……、バカかお前は」

 とりあえず俺は、もう一度彼女の背中に指を這わせる。


「まず、その、めいれいくちょう、を、やめろ」

 数秒後、デュアの体は一歩後ずさり、両手の平を胸の前に持っていき驚いたようなジェスチャーをとった。

 『ま、まさか私の主は、臣下のピンチに対してそんな冷たい言葉を投げかけるようなクズだったのか!?』とでも言いたげだ。


「はいはい、分かりましたよ……」

 口がないくせに横柄な口調って、奇跡だなこいつは。

 俺は彼女の背に、端的に『OK』と書いた。


「それじゃあライム、ちょっと店番お願いするよ」

 椅子から腰を上げ、行くぞという意味を込めてデュアの肩を軽く叩く。

 さすがに分からないかと思ったが察してくれたらしく、彼女の体は一歩足を踏み出した。

 そこまではよかったのだがしかし、頭がない、つまり視界がないのだから、己の進んでいる方向がどっちなのか分かるはずもなく、彼女は俺に向かってその足を踏み出したのだった。


「ちょ、うわぁっ」

 ぶつかり、もつれ合う俺とデュア。

 倒れまいと咄嗟にカウンターに腕を伸ばす。


「あっぶないな……」

 何とかカウンターを支えに体勢を立て直し、こけずに済んだ。

 ただその際、積んであった本の山に手が当たり、本が雪崩を起こしてしまった。

 そしてその一番上に置いてあった神話の記された本が、丁度ライムの頭上に乗っかった。

 乗っかって、次の瞬間――


「え……、えっ!?」

 ライムの中に沈み込んだ。吸い込まれた。

 まるで、水の上に本を落としてしまったかのように。


「どうなったんだ!?」

 覗きこむと、半透明のライムの体内に本が埋まっているのが確認できた。

 更にその本は、端の方からどんどん、ブクブクと泡を立てて溶けていっているように見える。


「ちょっと待ってライム! それ借りたものだから返さないといけないんだけど!」

 ライムに反応はない。


「くそっ、手を突っ込んで取るか?」

 いやでもそんなことをしたら、俺の手まで溶かされかねない。

 それにこれは一応体だろう? そんなところに手を突っ込んだらライム自体がどうなるやら。

 そんな風に迷っているうちに本は完全に溶けてしまい、とうとう跡形もなくなってしまった。


「あーあ……最悪だ……」

 どう対処すればよかったのか……、こんなことになるなんて予想だにしていなかった。

 亜人に好意を持つようになってきてはいるけど特に専門家でもなんでもない俺には、手に余る事案だ。


「…………!!」

「何だよ」

 横で忙しなくデュアが手足をバタつかせている、早くしろと急かしているようだ。


「分かってるって」

 さっきの二の舞にならないように、今度は彼女の手を掴んで歩くことにした。

 本については溶けてしまったのだから仕方がない、図書館に事情を説明し、謝罪と弁償をしよう。

 いくらかかるか分からないが、痛い出費だなぁ……。

今日も読んでいただき、ありがとうございました。

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