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33奴目 夜、寝る、ぷるぷる

「ごちそうさま。さて、そろそろ開店準備を始めないと。悪いけど膝から降りてくれるか? リフォン」

 しかしリフォンは、一ついいですかと俺を引き止めた。

 そしてようやくあらわとなった目を軽く伏せ、言い辛そうに言葉をつむぎ始める。


「あの、寝るときで思い出したのですが。椅子のことやシャツのことはわがままを言わないので、その代わりと言ってはなんですが、寝る場所を変えてはもらえないでしょうか……?」

「寝る場所? 相部屋はやっぱり嫌だったか?」

 この建物には牢は四つしかなく、リフォンが来たときには既にその全てが埋まってしまっていたのだ。

 そのため彼女には、仕方なく相部屋という形で牢に入ってもらっているのだけど。


「いや、その、相部屋自体が嫌だと言うわけではないんですよ。ただ、わたしなんかが言うのもあれですけど、同じ部屋のあの方が怖いと言いますか不気味と言いますか、その……」

 どうにも歯切れが悪いが、リフォンの言いたいことは何となく分かった。

 つまり問題は、相部屋ではなく相部屋をしているパートナーにあるらしい。


「ずっとプルプル震えてるじゃないですか?」

「震えてるな」

 リフォンと同じ牢に入っているのは、スライムの亜人である。

 いや、亜人と言っていいのかどうか。あれは人ではない。

 見た目はもはや、ただのスライム。ただの青い半透明な、湿り気を帯びた楕円形の物体である。

 食べることもしなければ語ることもしない。

 性別も、商品管理リストには一応“女”と記載されてはいたが、見分けがつかない。

 寝ているのか起きているのか、それすらも分からない。

 とにかくただひたすらに、暗い牢の隅で、リフォンの言うとおりプルプルしているのだ。

 今だって多分そうだろう。


「夜中もずっとそうなんです……、ふと目を覚ましたら、わたしの隣でプルプルプルプル。震えたいのはこっちですよ!」

 おお、リフォンが突っ込んだ。

 まあ確かに、彼女の気持ちはよく分かる。

 人間どんな相手が一番怖いかって、言葉が通じない相手である。

 言葉が通じなければ、何を考えているのかも分からない。次の瞬間にどんな行動をとるのか、予測が付かない。

 そんな相手と同じ部屋で睡眠をとる。そんな相手に人が一番無防備になる寝姿を晒す。

 なんて、恐怖以外のなにものでもないだろう。


「どうにかならないでしょうか……」

「んー、どうにかしてあげたいのはやまやまなんだけどなぁ……」

 リフォンがこれだけ押してくるのだ、よほど困っているに違いない。


「ただ場所がさ」

 場所、牢がない。

 他の奴との相部屋が出来ればいいのだが、“相部屋”なんてものが成立したのはリフォンとライム、二人ともの体が小さかったからこそだ。

 レイク、ニコ、デュア、いずれかの一人とリフォン、という組み合わせで相部屋を成立させることには、少し無理がある。

 新設はもちろん不可能だし。

 だからと言って牢以外の場所で寝てもらうというのもちょっと……。


「まあ、最終手段で俺と相部屋ってのが出来なくもないけど。嫌だろうし」

 いくら見た目年齢が五、六歳の幼女だとしても、リフォンの実年齢は十五歳。お年頃である。

 そんなお年頃の女の子が、同じくお年頃の男子であるところの俺と床を同じくするなんて、今の牢屋で寝ることと同等にお断りしたい事柄だろう。


「いえ、全然嫌ではありません」

「えっ、いいの!?」

「はい。イクトさんがそれでもよろしいのでしたら。わたしはそちらの方がありがたいです」

「そんな……」

 次の瞬間どんな行動に出るのか予測不可能なのは、思春期男子も変わらないのに。

 いや、俺は理性や自制がしっかり働いてくれるけども。働いてくれるけども。


「リフォンちゃん、自分だけイッくんと気持ちいいことしようだなんてずるいよ。わたしもまぜてね?」

「鷲獅子リフォン。もしイクの童貞を奪いやがったら、そのときお前は鷲獅子から串刺しに変わるぜ?」

「リフォンよ、豪傑というのは色を好むものだ。本当にお前でイクト様を満足させることが出来るのだろうな?」

 と、三者三様の視線をリフォンに送る。

 レイクは愉快そうに、ニコは怒りを込めて、デュアは問い詰めるように。

 しかしリフォンはどの視線も、何を仰っているのですかと受け流した。


「イクトさんがわたしに手を出すわけがないじゃないですか。わたしみたいな低俗な人間に手を出したと知れたら、世間から白い目で見られますよ」

 確かに、リフォンに手を出したとしたら世間から白い目で見られることは間違いない。

 ただそれは、低俗な人間に手を出したからではなく、低年齢な人間に手を出したからという理由でだろうけど。

 実年齢は十五歳でも、見た目はただの幼女なのだから。


「だからわたしなんかに手は出しませんよね? イクトさん」

「あ、ああ、そうだな。落ち着くんだ皆、俺はリフォンに手を出したりはしない」

 もし世間に白い目で見られなかったとしても、それは変わらないが。

 リフォンに手を出すということは、アリスさんとの“店の商品には手を出さない”という約束を破ることになる。

 そうなれば俺の人生は、終了だ。


「でしょう? だから、わたしにイクトさんとの同室を嫌がる理由はありません」

「まあ、リフォンがそう言うのなら、俺の部屋で寝てもらっても構わないけど」

「本当ですか?」

「ああ、本当だ」

 しかしまったく恐ろしい論調だ。自分は低俗なので襲われる心配はありませんって。

 劣等感を、逆手にとっている。地位が低いことを、笠に着ている。

 自信のなさこそが彼女の自信に繋がり、弱いことこそが強みになっている。


「これで夜中にプルプルされることがなくなるわけですね」

「た、ただリフォン、夜中にプルプルされることはなくなるかもしれないけど、夜中にプニプニされることはあるかもしれないぞ?」

 俺に。

 次の瞬間どんな行動に出るのか予測不可能なのは、思春期男子も変わらないのだから!

 いや、俺は理性や自制がしっかり働いてくれるけども! 働いてくれるけども!


「プニプニ、ですか?」

「そう、肉球をこう、ちょっと、ね?」

 ね? じゃねえよと、自分で自分に突っ込みたい。

 一体何を口走っているんだ俺は。理性や自制なんて、全然仕事をしていないじゃないか。


「いいですよ? それでわたしが、イクトさんの部屋で寝ることが許されるのでしたら。どうぞわたしの足なんていくらでも触ってやってください」

「ま、マジで?」

「だってイクトさん?」

「はい?」

「それ、今に始まったことじゃないですし」

「はい……」

 理性や自制なんて、全然仕事をしていないじゃないか!


「ゴホン……、そ、それじゃあそういうことで。リフォンは今晩から俺の部屋で寝てくれ」

「はい。ありがとうございます」

 よし。これでこの一件も、無事解決だな。

 このときはそんな風に思ったのだが、そうは問屋が卸さなかった。

今日も読んでいただき、ありがとうございました。

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