32奴目 目出してめでたし
「ニコは席に着く」
「ちぇ、絶対服も膝も取り戻してやるからな」
「リフォンも座って、それでおデコ見せてみな」
目を覆い隠すほどに伸ばされた彼女の金髪をかき上げる。
すると確かに彼女のおデコはデコられていた。
額の真ん中に、五百円玉ほどの大きさの赤いマルが、デコレーションされている。
真っ赤な両目と合わせて、何だか三つ目の生き物みたいになっているが……、まあこれくらい何ともないだろう。
「あの、もしかしてわたし、もう長くはないんでしょうか……」
「心配するな、長い。お前の寿命はまだまだ長い。そして前髪も」
「そうですか、死神も見えますか」
「死神じゃなくて前髪ね」
“がみ”しか合ってねえよ。
「前髪、ですか?」
「そ、もうちょっと何とかならないのか?」
ただでさえ暗い性格が、その長い前髪のせいで余計暗く見える。
性格はすぐには直せないにしても、見た目くらいは明るくしておいて悪いことはないだろう。
「何とかとは、切るとかですか?」
「そうだなぁ。ああいや、その髪型にこだわりがあるのなら無理にとは言わないけどな?」
おでこを出すのが嫌だとか、ファッション的に伸ばしたいのだとか、女の子には色々あるだろうし。
そこにまで口を出すつもりは毛頭ない。
「この髪型に、わたし自身強いこだわりがあるということはありません。むしろこんな髪型やめたいくらいです。視界が悪いですし」
「ならなぜその髪型を?」
俺がそう問いかけると、実はですね……、と声のトーンと落としてリフォンは続ける。
「この世界が、わたしの目が表に出ることをよしとしていないのですよ」
仰々しい雰囲気を醸し出して一体何を語りだすのかと思えば、またそんなことか……。
「逆らえば、凄まじい罰がわたしを待ち受けています」
だから前髪を伸ばして目を隠していると。ふむふむ。
「リフォン。多分、いや絶対、それはお前の勘違いだ」
「で、ですがイクトさん、太陽は毎朝わたしが起きるたびに、目に向かって光の攻撃を仕掛けてきますよ?」
うん……、寝起きって眩しいよね。
「これは“世界がわたしの目を世に解き放たないようにしようとしている”ということに他ならないのでは?」
「他ならなくない」
他なる。他なりまする。
「そんなことを言い出したら、俺だって毎日光の攻撃とやらを仕掛けられているぞ?」
「そうなのですか!?」
「俺だけじゃない。レイクやニコやデュアだってそうだ。なあ?」
うんうん、と頷く三人。
「まさか、世界に目を晒すことを許されていない人間が、わたし以外にもこんなに……」
「それでも俺たちはこうやって普通に目を出しているだろう?」
デュアなんて、目だけしか出していないくらいだ。
「それはつまりどういうことか、もう分かるな?」
「はい。つまり皆さんは、世界に反旗を翻しておられるんですね」
「俺たちはそんな、悪の組織みたいな集まりではないから」
まあ俺たちが今いるここ、奴隷ショップは、悪の組織以外の何ものでもないとは思うけど。
と言うかリフォンの言に則るならば、この世界に住むほぼ全ての生物が世界に反旗を翻していることになる。
「そうじゃなくて俺が言いたいのはつまり、太陽が光による攻撃を仕掛けてきていたとしても、それは自然なことであって、特に世界が目を表に出すなと言っているわけではないということだ」
「本当でしょうか……?」
「嘘だったら、世界に逆らって目を出している俺たちには、何らかの罰が与えられているはずだろう?」
「失礼ながらわたしの目には、イクトさんたちは罰を受けているように見えるのですが」
む……、確かに。
俺は奴隷のようにここで無理矢理働かされているし、レイクたちはようにではなく正に奴隷だし。
え、これってもしかして、目を世に晒した事に対する罰だったの?
前髪で目を覆えば、俺たちは今の身分から解放されるの?
って待て待て、そんなわけがないだろう。
元の世界に帰りたいあまり騙されかけたが、そんなわけがない。
「でもリフォン、それが罰だと言うのなら、君はどうして奴隷になってるんだ? 目を隠している君は罰を受けないはずだろう?」
「わたしは世界から嫌われてますから、例外です」
「えぇ……」
「あ、でもイクトさん、考えてみれば既にわたしは罰を受けている状態なんですよね? とすると、わたしはもう罰を怖がる必要はないのではないでしょうか」
「ん? あ、ああ、そうそう、初めから俺はそれを言いたかったんだよ!」
嘘だが。
そんな“もうどん底なんだからこれ以上底に落ちる心配はしなくていい”みたいな、ネガティブなんだかポジティブなんだか分からない理論、俺では到底思いつかなかった。
さすがはリフォンである。
「だからリフォンは、目を隠さなくても何も問題はない」
「なるほど分かりました。ではわたしは今日からこの目を、世に解き放つことにします」
やっとか。こんな当たり前の結論に辿り着くまでに、どうしてこんなに回り道をしなければいけないのか。
正直疲れた……。
「それで、具体的にはどうするんだ?」
「そこまでは考えていませんでした。どうすればいいでしょうイクトさん」
「んー、切るのはハードル高いしなぁ」
前にも言ったとおり、俺は美容師ではないのだ。ただの高校二年生。
そんな俺にはもちろん、散髪の技術などない。変になってしまっては大変だ。
「くくるのとかはどうだ? こう、角みたいにさ」
ためしにリフォンの金髪を手で束ね、前髪でちょんまげを作ってやる。
「ちょっと待ってくれよ。誰か、何か髪を縛れるものを持ってないか?」
「何縛りをするのかな? イッくん」
「あのなあレイク、髪を縛るのに何縛りとかないから。お前また意味の分からない勘違いをしてるだろ。俺はただ髪留めが欲しいだけだからな?」
「髪留め? 何それ。寸止めとは、どういう関係があるのかな?」
どういう関係もないよ……。
「イクト様。輪ゴムでいいのなら、私の髪留めの予備がここにあるが」
デュアが人差し指と親指で摘み上げたのは、何の装飾もない普通の茶色い輪ゴムだった。
「イッくん、わたしもゴムなら持ってるよ?」
「デュアのゴムを借りることにするよ」
レイクのゴムは怪しい。
「うむ、では受け取るといい。ていっ」
「いてっ、ちょ、おま、デュア! どうしてわざわざ指鉄砲で輪ゴムを飛ばした!」
「あえて顔面で受け取るとは。さすがはイクト様、肝が座っている」
「肝が座ってるわけじゃねえ、椅子に座ってて避けられなかっただけだ!」
まったく。輪ゴム一つ借りるだけでなぜこんな目に合うんだ。
もしかして真に世界に嫌われているのは、リフォンではなく俺なのでは?
とか何とか考えつつ、輪ゴムを巻きつけリフォンの前髪を縛る。
「よいしょっと、これでよし」
支えていた手を離すと、リフォンの頭にピョコンと金色の花が咲いた。
「ど、どうでしょうかイクトさん」
「うん、いいんじゃないか、凄く明るくなったよ」
今では不安げに寄せられた眉根も、上目遣いのその目も、しっかりと窺える。
リフォンは普段、こんな表情をしていたのか。
何だか今初めて、彼女ときちんと出会ったような気がする。
「明るくなったのはいいのですが、その、わたしなんかにこの髪型は似合うのでしょうか」
「似合ってる似合ってる。似合いすぎてるくらいだよ」
切ることができないからと思って、妥協案と言うか、ひとまず第一案とくくってみたが、まさかここまで似合うとは。
幼さが、より引き立てられている。
本人にとってそれは嬉しいことなのかそうでないことなのかは、分からないが。
「何ならお風呂場の鏡で見てくれば?」
俺がそう提案すると、リフォンは俺の膝から飛び降りて、ちょんまげをヒョコヒョコと揺らしながら風呂場へと向かった。
そして戻って来るなり無言で俺の膝へとよじ登る。
もしかしてあまり気に入らなかったのだろうか、やっぱり幼く見えるのが嫌だったのだろうか。
「どうだった? リフォン」
俺が声をかけると、またもや無言のまま彼女は俺の膝の上に立ち上がった。
そしてニコの方に体を向ける。その表情はどこか得意げだ。
「どうですかニコさん。これでわたしは三本角になりました」
確かに、頭から突き出した翼のような両耳と合わせて、前髪を結ったリフォンの頭部には、三本の角が生えているかのように見えなくもない。
「あなたの角は一本です。二本もわたしの方が多いですね」
「はぁ? だから何だって言うんだよ。確かにお前の方が量は多いかも知れねえが、一本一本フニャフニャじゃねえか。ワタシのは一本だがガチガチだ!」
「う、うわぁんイクトさぁんっ、ニコさんがこの髪型を馬鹿にしましたぁ」
だから弱っ……、どうしてそんなメンタルでニコに挑むんだって。
「まあまあリフォン、強度では負けても本数で勝ってるんだからいいじゃないか」
「ふっふっふ、それもそうですね」
立ち直りが早いな……、何だかニコに関係した話になると、人が変わってしまったかのように強気になる傾向が見られる。一瞬だけだが。
と言うか本当のところを言えば、ニコもニコで頭部に耳が二本突き出してるから、三本角なのだけど。
まあリフォンは気付いていない様子だし、黙っておこう。
「そんなわけで、わたしはこれから一生この髪型でいることとします」
また極端な……。
「いくらなんでも寝るときくらいは外しなよ?」
普通に日中結っているだけでも髪や頭皮にダメージを与え、ハゲや皮膚のたるみに繋がると聞いたことがある。
さすがに就寝時くらい髪に休みをあげないと。
「でも外したが最後、この髪型を再現することはわたしには出来ません」
「俺がやってあげるから。結ってあげるから。だから寝るときは外しなさい」
「ですが毎日イクトさんの手を煩わせるのは悪いですし」
「なら、俺がやりたいからやらせてくれ、ってことならいいだろ?」
「何と、イクトさんにはそんなご趣味が。あれですね、チェアボーイではなく、ヘアボーイだったわけですね」
……俺は何か? リフォン専用の椅子でリフォン専用の髪結い師なのか?
「あのなあリフォン、俺は一応お前のためを思って言ってるんだけど?」
「そうですよね、ありがとうございます。ではお言葉に甘えて、寝るときは取ることにします」
「ん、そうしてくれ」
これで一件落着、と。
微妙なところで切ってあってすみません。
今日も読んでいただき、ありがとうございました。




