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31奴目 姉妹喧嘩はお仕舞い

 その日の朝は、珍しく全員がキッチンに顔を揃えた。

 ここのところ夜は基本的に皆で食事をとる習慣が根付いてきてはいたのだが、朝はレイクが光合成をする関係上、どうしても一人欠けた状態になってしまっていたのだ。

 しかし今朝は生憎の雨。雲の切れ間からときどき日が差し込むことはあるものの雨自体は降り続けているため、レイクは諦めて食べ物によるエネルギー補給を選択したらしい。


 お客さんの足が遠退いてしまうから毎日が雨天では困りものだが、こうして朝から全員が顔を合わせられるというのなら、たまには悪くないかなと思う。

 まあ今も今で厳密には一人足りないのだが、そいつは完全に食事を必要としないのだから仕方がない。

 ともあれ今朝は、キッチンに置かれた四脚の椅子全てが人で埋まった。

 俺の左隣にはニコ、正面にはレイク、左斜め前にはデュア、そして俺の膝の上にはリフォンが、それぞれ腰をかけて朝食のトーストを口に運んでいる。


「悪いなリフォン、そんなところに座らせて」

 残念ながらここには椅子は四つしかなく、リフォンには俺の膝の上に座ってもらうしかなかったのだ。

 俺からすれば色々幸せだが、特に彼女のお尻付近から生えたライオン尻尾に自然にと言うか、偶然を装って触れられるから幸せだが、彼女からすれば、そんな不安定な場所での食事など取り辛いに違いない。

 だから早急に新しい椅子を調達しようと思うのだが、いかんせん家具というのは値が張るのでなかなか手が出せず、困っている。


「いいえ、むしろ謝るのはこちらですよイクトさん。わたしなんかを膝に乗せて朝食をとるなんて、さぞ気分が悪いでしょう」

 相変わらず、わたしなんかがと卑屈な物言いのリフォン。

 直した方がいいと注意したことはあるが、そんな簡単に性格が変えられれば人間苦労はないだろう。


「俺は全然構わないよ? 君が嫌でないのなら、これからいくらでも座ってくれていい」

 声には出さないが、むしろと言うのなら俺はリフォンが膝の上に座ってくれて嬉しいのだから。

 それにそれならば、椅子を買うお金を捻出しなくても済むし。


「なるほど、つまりイクトさんの膝の上は、この世界で唯一わたしが座ることを許された場所ということですね?」

「いや、別に他のところにも座って問題ないと思うけど」

「ダメなんです。実は以前一度地面に座ったことがあるのですが、そのとき大地は激怒して、わたしのお尻をビショビショにしました」

「うん。今度からは地面が濡れていないか、きちんと確認してから座ろうね……」

「それ以来わたしは、一度も“どこかに座る”ということをしたことがありません」

 ただのちょっとした失敗なのに、それだけで“世界が座ることを拒否している”だなんて、一体どんな凄まじい思い込みをしているんだこの子は……。

 と言うか嘘をつけ、ついさっき牢の床に腰を下ろしているところを目撃したぞ。


「まあ何でもいいけど、俺の膝に座ることが嫌ではないということでいいんだな?」

「はい。と言うか、椅子に座るとテーブルが高くて食事がとり辛くなると思うので、逆にこちらの方がいいくらいです」

「そっか」

 それならばそれでいい。それがいい。俺の幸せとお金は確保された。


「後は服だな。いつまでも俺のシャツを着ているのも、気持ち悪いだろう」

 シャツの構造上どうしても翼を押し込める形になってしまうから、どうにも見ていて窮屈そうだ。

 早く着替えさせてあげたい。

 ただしリフォンたち亜人の場合、服なら何でもいいというわけにはいかないのだ。

 彼女たちには翼や尻尾が生えている。だから普通のシャツやワンピースを用意してもまともに着ることができない。

 きちんと体の形態に合うように、穴の開けられた亜人専用の服を購入しなければ。


「なるべく早く用意するから、もう少しだけ我慢してくれ」

「いえ、それについても気になさらなくていいですよ」

「そう言ってくれると助かるよ」

 まあ最終手段として、シャツに自分で穴を開けるという手もないではないと思うが、そうすると今度は俺の服がなくなるのでそれは避けたい。

 それにしてもこの問題、アリスさんが服の一枚くらい着せてリフォンをこっちに送ってくれればそれで済んだ話なのだ。

 拾ったと手紙には書いてあったが、何も拾った当初から裸だったわけではあるまい。

 まったく、どうしてわざわざパンツ一枚にして送りつけてきたんだ……、その割にはしっかり首に鉄輪をはめさせているし。


「おいイス!」

「ニコ、それは誰のことを言ってるんだ?」

「お前だお前、チェアボーイクト」

「チェリーボーイみたに言うな! あのなあニコ、確かに俺はリフォンに膝に座ることを許したが、家具になった覚えはないからな?」

「じゃあ何になった覚えならあるんだ!」

「え、えぇ……、特に何になったつもりもないけど」

「はっはーん、つまり非童貞になったつもりもないと?」

「ねえよ」

 非童貞になった()()()の童貞とか、痛すぎて目も当てられない。


「なるほどなるほど、それはいい心がけだぜイク」

 俺の答えに満足したらしく、腕を組んでうんうんと頷くニコ。


「でも今はそんな話は関係ねえ!」

「…………」

 ならば今の会話は一体何の時間だったというのか。朝の貴重な時間を返せ。


「ワタシはお前に聞きたいことがある! 一体、そいつの着ているその服と、そいつの座っているその膝は、誰のものだ!?」

 言いながら、ニコは俺の膝の上に座るリフォンを指さした。


「さあ、答えろ!」

「俺のだけど?」

「違う! ワタシのだ! それなのに何だ、二人で勝手に話を進めやがって。何がむしろこちらの方がいいだ、気になさらなくていいだ。ワタシは全然よくねえ! 早く服を返せ! 膝を返せ!」

 もしかしてそのことで最近不機嫌だったのだろうか。

 どうにもリフォンが来て以来、料理が手抜きになっていると思っていたが。今朝も今朝でトースト一枚だけだし。

 まあ手抜きだろうが何だろうが、作ってもらえるだけでもありがたいから何も言いはしなかったけど。

 ただ――


「ちょっと待て、確かに服についてはお前にあげる約束をしたからお前のものだ。そこは俺が間違ってたから謝ろう。早く返せるようにも努める。でも俺の膝は間違いなく俺のものだからね?」

 ニコのものではなく、もちろんリフォンのものでもない。

 俺の体の一部は、他の誰でもない俺のものだ。


「おいおいイク、コケコッコーはもう鳴いたぜ? いつまで寝ぼけたことを言ってるんだ、早く目を覚ませ。いつもその膝に乗ってたのはワタシだろう?」

「まあそうだな」

 こいつが暴れるごとに、俺は必死で自分の膝に乗せてそれを静めてきたが。


「だろう? つまりその膝はワタシのものだ」

「いや、色々飛ばしすぎだろう……」

「ワタシはツバ以外飛ばした覚えはねえ!」

「ツバも飛ばすなよ!」

「じゃあツバを飛ばさない代わりに話を飛ばす!」

「ツバを飛ばしてもいいから話は飛ばすな!」

 だがニコはもちろん俺の言葉などに耳を傾けない。

 もはや彼女の中で、話は前に進んでしまっている。


「さあ鷲獅子リフォン、ワタシと場所を交代しろ!」

 椅子に座ったまま、リフォンにグイッと顔を近づけるニコ。

 リフォンのことだから、こんな風に詰め寄られたら一瞬で折れて場所を譲るに違いない。

 そう思ったのだが意外や意外、彼女は譲らないと首を横に振った。


「ここはわたしが唯一座ることを許された場所ですから」

「何だと!? ワタシには嫌いなものが三つある。一つめは非童貞。二つ目は童貞を誑かす女。三つ目は何か分かるか?」

 ニコは言う。それはライオンだ!


「お前は二つ目と三つ目に当てはまる。そこをどかねえって言うんなら裁きを下す。裁きを下すと言うか、捌く、卸す、食う! まあ上半身とだけなら仲良くしてやってもいいけどな」

「な、何とお優しい方でしょうか。たとえ上半身だけと言えどわたしと仲良くしてくださるだなんて」

 優しいのかそれは……。


「ですがそれでもここは譲りません。普段なら一目散に逃げているところですが、わたしにも一つだけ、絶対に戦わなければいけない相手がいます」

 それはお馬さん、あなたです!

 力強く宣言すると、リフォンはふらふらと危なげながらも俺の膝の上に仁王立ちをし、ニコと相対する。


「何を!? ワタシは馬じゃねえ、ユニコーンだ!」

 それを見て、ニコも椅子から腰を浮かせた。一触即発状態だ。


「おいおいお前らなぁ……」

 どうしたものか。ニコをおとなしくさせようにも、リフォンを膝に乗せている状態だから身動きが取れないし。

 と言うかまさか、ニコはともかく弱気なリフォンがここまで反抗をするとは。

 そう言えば何かで『グリフォンは馬をライバル視している』と聞いたことがあるような気がするが、それが原因だったりするのだろうか。

 くそ! こんな雰囲気では、せっかくのふとももに感じる肉球の幸せなプニプニが、楽しめないではないか!


 助け舟を求めるようにレイクとデュアに視線をやるが、デュアは目が合った瞬間顔を赤くして目をそらしてしまうし、レイクなんて助けるどころかもっとやれと喜んでやがる。

 何てことだ。こんなときこそ主を助けるために力を貸してくれるのが臣下の役目ではないのかデュアよ……、レイクはまあ、予想どおり過ぎて言葉も出ないが。

 と、そうこうしているうちにも事態はヒートアップ。

 とうとう戦いの火蓋が切って落とされた。


「お、おおっと、うわぁっ」

 かと思いきや、不安定なふとももを足場にしていたリフォンが体勢を崩し、ニコの方に勢いよく倒れ込む。

 咄嗟のことにニコも避けきれなかったのだろう、顔をつき合わせていた二人はそのままお互いの額をゴンと音が出るほどにぶつけ合った。


「うわぁんイクトさぁん、ニコさんに殴られましたぁ」

 よほど痛かったのか、額を押さえて俺に泣き付いてくるリフォン。


「弱っ……」

 どうしてそれでニコに挑んでしまったのか。

 しかも何か勘違いもしているようだし。


「人聞きが悪いことを言うな、ワタシは殴ってなんてねえ! むしろ被害者だ!」

「殴ったじゃないですかぁ……、ニコさんのおデコはわたしのおデコをデコったじゃないですかぁ」

「せめてボコったと言え! ボコってもないけど!」

 様子からして、リフォンは本当にニコに殴られたと思っているらしい……。

 この子はこんな風にいつも勘違いをして、座ってはいけないだとか何だとか、自分で自分に制限をかけているのだろう。

 何とも難儀な性格である。


「イクトさぁん」

「イク!」

「はいはい、今のはお互い様だよ。喧嘩を始めた両方が悪い。と言うことでこの話は終了」

 俺はポンと一度手を叩いて、その場を納めた。

今日も読んでくださり、ありがとうございました。

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