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30奴目 不屈の卑屈

 しかしこんな小さな子まで奴隷として売りに出されるのか……。

 非情なこの世界の現実に嫌悪感を覚えつつ、俺は無事だった方の紙、商品管理リストに目を落とす。

 種族や年齢性別といった項目は、既にアリスさんによって全て埋められていた。


「グリフォン?」

 どうやらこの幼女は、グリフォンの亜人だそうだ。


「そうです、思い出しました。わたしグリフォンの亜人です」

 グリフォン。上半身が鷲で下半身が獅子の、伝説の生物だったか。

 確かにこの子の上半身は腕に羽毛と背中に翼で鳥だし、下半身は尻尾と脚共に猫科のそれだ。


「それにしても、記憶って戻って来るもんなんだな」

 何かきっかけがあると取り戻せるのだろうか。

 そう考え、商品管理リストに書かれてある内容を声に出して読んでみる。


「性別は女だね。年齢は十五。で、ん? はあ? 君十五歳なの?」

 どう見ても、見た目年齢は十五歳の半分以下、五、六歳の幼女だ。

 しかしリストに書かれた年齢は十五。日本でいえば中学三年または高校一年くらいか。


「アリスさんの記載ミスかな?」

 五歳と書くべきところを、間違えて十五歳と書いてしまったのだろうきっと。

 そう思ったが、幼女はそれを否定した。


「間違いではないと思います。確かわたし十五歳でした」

「そうなの? でも、それにしては小さすぎない?」

 まあ中には年齢性別関係なく見た目が幼く見える人もいるし、身長が低い人もいるだろう。

 でもこの子の場合のその差は、常識の範疇におさまっていないような気が。


「そうなんです。今思い出したんですけど、グリフォンの亜人って皆体が大きいんです。でもわたしだけ何故か全然成長しなくて……どうしてなんでしょうね」

「そうなんだ。ま、まあまあ、小さいことは別に悪いことじゃないよ。むしろベリーグッドでベリーキュートだと思うよ。それにまだまだ若いんだし、これから成長する可能性もあるじゃないか」

「そう言って巨乳になった貧乳はいないって、聞いた覚えがあります」

「発言には気をつけようね? 今の言葉で一体どれだけの敵を作ったか分からないよ?」

「安心してください、既に全人類はわたしのことを敵視していますから」

 安心できねえよ……たった十五年という短い人生に何があったって言うんだよ。


「それよりその皆っていうのは、同じグリフォンの亜人仲間や、君の家族のことかな? それを思い出したなら、自分がどこから来たのかとか、誰なのかとか思い出せない?」

 しかし幼女はごめんなさいと首を横に振る。


「そっか、仕方ないな。それじゃあ一旦記憶のことはおいておこう」

 彼女のネガティブがうつったからこんなことを言うわけではないが、思い出したところで故郷に帰れるわけではないのだ。

 それならば忘れている方が、俺のように帰りたいと悩まなくて済む分いくらか気が楽かもしれない。


「おいておいて、ごはんでも食べな?」

「はい、分かりました。ご親切にありがとうございます。えっと……」

「あー、名前?」

 そう言えば、自己紹介をまだしていなかったか。


「俺は土嶺生人。訳あってこの奴隷ショップ、モンスターファームの店主をやっている。ただ身分的な差はあってないようなものだから、名前は好きなように呼んでくれ」

 正直なところ、俺もアリスさんに脅されてこの店で強制的に労働をさせられている奴隷みたいなものだ。


「ではイクトさんと呼ばせていただきます」

「どうぞ。で――」

 ついでにレイクたちの紹介もしておこうと、一人一人指し示していく。


「この緑色の髪の毛をした、頭の上にも中にもお花の生えている褐色肌の子は、マンドレイクの亜人、レイクだ」

 俺の紹介を受けてレイクは、『君と同じこの店の商品だよ~』と幼女に手を振って見せた。


「それから、こっちの白髪で角の生えた何だか色々と馬っぽい彼女は、ユニコーンの亜人、ニコ」

 馬という単語に、ニコではなくなぜか幼女が反応を見せたが、気にせず紹介を続ける。


「そしてそっちの、紫色の長い髪を三つ編みにしてマフラーみたいに顔に巻きつけている頭と胴の離れた彼女は、デュラハンの亜人、デュアだ」

 最後に牢に籠もりきりのもう一人を紹介しようかと思ったが、一度に言っても覚えられないだろうと考え直し、やめておくことにした。


「それで君の名前だけど、どうしようか」

 これから奴隷になるのだから当然だが、入っていた商品管理リストには、年齢や性別、亜人としての特徴については書かれていたけど、残念ながら名前までは書かれていなかった。


「全然思い出せないんだよね?」

「はい。ごめんなさい」

 まあ名前なんて個人の特定に直接繋がる重要な情報を、そう簡単に思い出せるように弄られてはいまい。


「君が謝るようなことじゃないよ。じゃあ呼び名を考えようか」

「呼び名ですか?」

「うん。本当の名前を取り戻すまでの、仮のね」

 これからしばらく一緒に暮らしていくのだ、いつまでも“君”では何かと不便だ。


「自分で考える? それとも俺が考えようか?」

 ちなみにレイクたちの名前は全て、俺が考えたものだ。

 もちろん奴隷である彼女たちにも最初、名前はなかった。

 アリスさんからは、マンドレイクだとかユニコーンだとかデュラハンだとか、種族名で呼ばれていたらしいし、俺も最初はそんな風に呼んでいた。

 ただコミュニケーションを取る上で、そんな呼び方ではなかなか距離が縮まらなかったのだ。

 寂しさを紛らわすために少しでも早く彼女達と仲良くなりたかった異世界に来たばかりの頃の俺は、だから彼女たちに親しみを込めて呼べるような名前を、あだ名を付けた。

 そんな話を幼女にしてあげると、彼女は、ではイクトさんにお願いします、と頭を下げた。


「自分で自分の名前を考えるのは、何だか少し恥ずかしいですし」

「それもそうだね。じゃあ今から考えるから、少し待っててくれ」

 待っててくれとは言ったものの、“グリフォン”から作れる名前なんてせいぜい二、三通りしかなく、そしてそこから女の子っぽい名前にしぼるとなると、もう選択肢などないに等しい。

 だから命名までには、そんなに時間はかからなかった。


「名前は、リフォン。どうだ?」

 個人的にはリボンっぽくてなかなかいい、なかなか可愛いあだ名だと思うのだけど。


「グを取っただけですね」

「…………」

 幼女の反応は実に真っ当なものだった。


「も、もっとポジティブに考えるんだ。ほら、グリフォンという君の種族名は、“グ”を取るだけで素敵な名前になる素晴らしい種族名なんだって」

「そんな素晴らしい種族名の中で“グ”だけ仲間はずれ。まるでこの素晴らしい世界の中で一人仲間はずれにされているわたしのよう。もしかしてわたしの名前、グの方がいいんじゃないですか?」

「逆に聞くけど、グでいいの……?」

 もしかして本当にニコに調理されて、スープの具になることでも望んでいるの?


「だってわたしにお似合いでしょう? 愚って」

 酷くなってる……。


「まあそこまで必死になってリフォンという名前を回避したいのなら、それでも構わないけど」

「いえ、ごめんなさい、決してその名前が嫌だったわけじゃないんです。リフォンでいいです、リフォンがいいです。ただわたしにはすぎた名かなと思って言ったのですが。その……わたしなんかが意見してすみませんでした」

「いやそんな、わたしなんかがって……」

 やっぱり卑屈な子だなぁ。


「ご気分を害されたようなら、きちんと謝罪します」

 彼女はそう言うと、箱から出てテーブルから降り、そして床に両手両足を付け始める。


「あのー、何をしてるのかな?」

「えっと、これ何て言うんでしたっけ? あ、思い出しました、土下座です」

「ブリッジだよ!」

 それは間違いなくブリッジだよ! 謝罪とは何の関係もないポーズだよ!

 それとも何か? 申し訳ないという気持ちが強すぎたために、周り周って裏返ってしまったのでも言うのか?


「本当にすみませんでした。どんな罰でも受ける所存です」

 そんな心境でブリッジができるなんて、卑屈じゃなくてもはや強かだよ!

 もしくはバカだよ!

 だが許す。むしろ許す。


「謝罪をする必要も罰を受ける必要もないよ。それより、名前はリフォンでいいんだね?」

「あ、はい。ようやく仲間はずれではない方に入れていただけた気分です。素敵な名前をくださってどうもありがとうございます」

「ん、それじゃあリフォン、売れるまでの間だけど、これからよろしく頼むよ」

「売れないので一生お世話になります。ふつつか者、いえ、普通以下者ですが、よろしくお願いします」

 そして彼女はブリッジの反りを一段と強くした。

 しかしそれにしても、まだ一人たりとも売れていないというのに新しい子が追加って。

 まだ帰還に一歩も近づいてないのに遠ざかってるし、アリスさんまじで勘弁してください。

 そもそも、おかしい気がする。俺がこの店に来たときにいた四人を売り捌けば、元の世界に帰してくれるって約束だったはずだ。

 一体全体、いつになったら家に帰してもらえるんでしょうか。

 ただそんなことを考えつつも、賑やかになったことを嬉しく思う自分がいることを、このとき確かに感じた。

今日も読んでいただき、ありがとうございました。

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