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3奴目 イクトとレイク 下

「と言うかイッくん、立ち話もなんだしそろそろ座らない?」

「いやお前、立ち話もなんだしって……」

「ん? 立ちっぱなしもなんだし、だっけ?」

「そこは間違ってないけど」

 俺が言いたいのは早く牢に戻れよってことなんだけど。

 開店準備を済ませた以上、話しなんてしていないで、俺も労動に戻らないといけない。

 しかしレイクは、じゃあ問題ないねと足早にカウンターの内側に入り、接客時用の、木製のチェアに腰かけた。


「ふう、ほら、イッくんも早く座りなよ。立つのはえっちのときだけでいいんだから」

「だから…………、まあいっか」

 どうせこんな朝早くからお客さんは来ない。

 まあ朝でなくとも、ほとんどお客さんは来ないが……。

 この一ヶ月でこの店に訪れた人はわずか二人、しかもそのうち一人は客ではなく郵便屋さんである。

 町外れの山の中という、足の運び辛い立地がよくないんだろうと思う。

 にもかかわらずアリスさんはと言えば、目立つ場所に看板を出したり、町に張り紙をしてみたりという宣伝作業を全然していないというのだから困りものだ。

 それでは人がくるはずもない。そもそもここに奴隷ショップがあることさえ知られているのかどうか怪しいくらいだ。

 まったく、あの人にないのは商才と言うより、売る気ではないだろうか。またはやる気。

 そんな愚痴を頭の中でこぼしつつ、俺はカウンターを挟んで彼女の正面にある、お客さん用のチェアに腰を下ろした。


「コーヒーでも飲むか? レイク」

 尋ねながら、カウンターの上のトレイを引き寄せる。

 トレイには白い陶器の水差しとカップが乗っていて、水差しの中にはお客さんが来たときにいつでも出せるように、コーヒーが常備してある。


「んーっと、コーヒーより、濃いいのがいいかな」

「濃い目のがいいのか?」

 生憎作り置きなので、薄めは出来たとしても濃くは出来ないんだけども。


「違うよ、分かってるでしょ? それとも分かってて言わせたいの? イッくんのえっちー」

「……」

 この性を強く求める性質も、マンドレイクの特徴らしい。

 もしかしたら地球にいる性欲の強い人は、マンドレイクの亜人なのかもしれない。


「で、コーヒーはいるのかいらないのか?」

「コーヒーはいいから、いつもみたいにピュッピュしてよ」

「はいはい」

 まったく、注文の多い奴隷である。


「ほら、いくぞ。顔こっち向けろ」

 俺はそれをレイクの頭に向け握り、躊躇なくかけた。


「はぁ~」

 青紫色の目を細め、恍惚の笑みを浮かべるレイク。

 それに反応するように、彼女の頭上の花が、花弁を大きく開いた。


「なぁレイク、こんなことされて本当に気持ちいのか?」

「気持ちいいよ? イッくんされたことないの?」

「いや、さすがにないよ」

 霧吹きで頭に水をかけられたことなんて。

 いじめられっ子ではなかったし、冗談でさえそんなことをしてくるような奴もいなかった。


「わたしがやってあげようか?」

「遠慮する」

「どうして? 気持ちいいのに」

「俺にはそれの気持ちよさが分かる気がしない」

 俺は続けて数度、彼女の頭に霧を吹きかけた後、カップにコーヒーを注ぎそれを口にした。


「イッくんはコーヒー好きだよね。わたしにはそっちの方が分からないよ。そんな泥水のどこがおいしいの?」

「別に好きじゃないよ。おいしいとも思ってない」

 俺にだって、こんな苦いものを好んで飲む人の気持ちは分からない。

 そんな人は、舌がおかしいんじゃないだろうかとさえ考えてしまうほどだ。

 さすがに泥水とまでは思っていないが。


「じゃあどうしていつも飲んでるの?」

「元住んでいた世界(ばしょ)にあった味と、同じだからだよ」

 俺がこの世界で正気で暮らしていられるのは、このコーヒーのように、俺が知っている、つまり地球に存在していた、またはそれに近しい食べ物や飲み物が存在しているからということが大きい。

 それらがなければ、俺は早々にこの世からリタイアしていたことだろう。

 コーヒーなんて、元の世界ではほとんど飲んだこともないし、懐かしい味では決してないんだけど、そんなものでもこの異世界では拠り所だった。

 まあもっとも大きいのは、言葉がまともに通じるところだけど。

 不思議なことだがこれについては魔道書の効果だとか何とか、アリスさんは言っていた。

 魔道書やら魔法についてはよく分からないけど、確かに救世主を召喚したはいいが言葉が通じないでは、役に立たないからなぁ。


「お家が恋しいの?」

「恋しいと言うか、まあ早く帰りたいな。出来るなら今すぐにでも」

 十七歳という青春真っ盛りのこの期間を、異世界などというふざけた場所で無駄に過ごすなんて冗談じゃない。

 それに家族や友達も、心配していることだろうし。


「じゃあ帰ればいいじゃん。いつまで居候してるつもりなの?」

「誰が居候だ!」

「え、居候じゃないの? じゃあ何? 早漏(そうろう)?」

「早漏でもない!」

「へえ、イッくんは早漏じゃないんだ」

 う……。


「ゴ、ゴホン……。そ、それは、まあ、いいとして! 俺はこの店の主人だ!」

 代理という形ではあるけど、この奴隷ショップの現主人である。

 そんなこと、彼女は重々承知しているはずだ。だからまあこれは、いつもどおり、ただ単に俺をからかって遊んでいるのだろう。


「それにな、ここにはいたくているわけじゃない。帰れるなら俺もそうしてるよ」

「ふーん、どうして帰れないの?」

「お前がいるからだ」

「それはプロポーズ?」

「どうしてそうなった!」

「だって、『お前をここに残して故郷には帰れない』ってことでしょ?」

 勘違いにも程があるだろう……。


「そんないきなり、わたし困るなぁ」

 俺も困るなぁ。


「でもいいよ、イッくんにならわたしをあげる、わたしの処女もあげる」

「いるか!」

「どうして?」

「どうしてって、と、とにかく俺が言いたいのは、『お前をここに残して故郷には帰れない』ってことではなく『お前がここに売れ残っていては故郷には帰れない』ということだ」

 そう、アリスさんの提示した、俺を故郷、元の世界に帰す条件はただ一つ。

 レイクを含めたこの店の商品を、全て売りつくすこと。

 つまり彼女がこの店に商品としている限りは、俺は地球には永遠に帰してもらえないのだ。

 まったく、こんな条件じゃなければ、俺も律儀にこんな所で奴隷を売るなんて胸糞の悪いことはやらないのに。

 人を売るなんて糞みたいなことはやらないのに。

 だけど、戻るためにはやるしかない。帰るためには売るしかない。


「もうイックんったら恥ずかしがっちゃって、そんな必死に誤魔化さなくてもいいんだよ?」

 いたずらっ子然とした笑みを浮かべるレイク、実に楽しそうだ。


「誤魔化してません」

「本当に?」

「本当に」

「ちぇー、誘惑失敗か」

 誘惑する気があったのか。誘惑と言うより、どちらかと言うとワクワクって感じの顔だったけど。


「やっぱり胸が小さいからいけないのかなぁ」

 なんて言いながら立ち上がり、ほとんど起伏のない胸を撫で回す彼女。


「イッくんは大きい方が好み? まあ大きいと見た目的にもインパクト強いしね」

 何だか知らないうちに、巨乳好き認定をされてしまっている。


「でも貧乳にも貧乳で、強みはあるんだよ?」

「強み?」

「そ」

 また何かを企んでいる顔だ、嫌な予感がするが。


「こうするでしょ?」

 と、カウンターに手をつき前かがみになるレイク。


「そしたらほら、ここ見てみて、首元」

 俺は警戒しつつ、言われたとおり奴隷服である白いワンピースを着た彼女の首元に視線をやった。


「うぉっお、おい!」

「ね? おっぱい見えるでしょ?」

「ねって、見えるでしょって、やめろよ!」

 警戒していたつもりだったのに、やられてしまった。


「ししししっ、イッくん動揺してるー」

「女の子なんだからちょっとは恥じらいというものをだな」

「別にいいじゃん、減るものじゃないし。むしろイッくんの性欲が増えて、わたし的には好都合だよ。にしし」

 人をからかうためだけにここまで体をはれる人間は、世界中探したってコイツ以外には存在しないだろう。


「さぁイッくん、わたしは誘ってるんだよ? そそってこない? 襲ってみない?」

 そうやって、更に追い討ちをかけてくるレイクだったがしかし、

「ちょっと待った!」

 という叫び声とともに、彼女の背後、カウンター奥の、住居と牢屋に繋がる扉が勢いよく開け放たれたことによって、それは中断された。

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