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25奴目 手が切れ薬も切れ

「準備はいいか? ニコ」

「オッケーだぜーいつでもどんと来いっ」

 ワンピースの上から俺のシャツを着込んだニコは、かなりご機嫌な様子。


「ん、なら上げよう」

 せーのと二人で声をかけタイミングを合わせて体に力を入れる。

 あれだけ重たかった木箱は、今度は簡単に持ち上がった。

 しかもあまり重さを感じないことを思うと、ほとんどニコの力で持ち上がっているのだろう。

 彼女も彼女で亜人、俺なんかよりもよっぽど力があるのだ。この箱だって、一人で持てるに違いない。


「それじゃあ足元に気を付けて、ゆっくり移動させようか」

「ほいほーい、痛ッ」

「どうした?」

「ん、あ、いやあ釘が飛び出してたみてえでさ、ちょっと切っちまった。はっはっは」

 ほら、とこちらに突き出された彼女の手の平には、血で赤くなった線が一本。


「ちょっと切っちまったってお前、結構やっちゃってるじゃないか。薬どこにしまったっけ?」

「薬なんていらねえよ、これくらい舐めときゃ治る」

「ダメだ。箱は一旦置こう」

 もし放っておいて傷が残れば、そしてその傷がアリスさんに見つかったりしたら、俺が何をされることやら……。

 いやまあそれもそうだが、そんなことを抜きにして、怪我をしているニコをそのままにはしておけない。

 料理で手をよく使う彼女のこと、自然治癒なんかに任せていたら治りきる前に傷口が開いて、完治までに時間がかかるだろうし、それにその手で料理をするのは、衛生面的にもよろしくない。


「薬取って来るから、ここでおとなしく待ってろ」

「ふーい。まったくイクは心配性だなぁ」

「何とでも言ってくれ。あ、でも待った。そういえばデュアが塗り薬切れたって言ってたっけ」

 なんてタイミングの悪い。

 本当に必要なときに必要なものがないなんていうのは、世の常だが。


「仕方ない買いに行こう。ってお金もないんだよな……」

 さっきも言ったとおり、アリスさんから支給されたお金はもうほとんどない。

 そんな状態の今、薬を買うとなるといよいよ生活できなくなる。

 今月は本当に、調子に乗って使いすぎた……。


「ニコ、買い置きの食糧は後どれくらい残ってる?」

「んーそうだなあ、今日と明日で終了ってところだと思うぜ」

「え、もうそんなにないの!?」

「毎日三食頑張って作ってるからな!」

 ニコッとグッドサインのニコちゃんだった。

 こいつに新しい包丁を買ってあげたのも、家計が火の車になった一因だ。

 料理をするのが楽しすぎて、ついつい無駄に作りすぎてしまうらしい。

 作ってくれるのはありがたいのだが、その辺はもう少し考えてもらわないと。


「悪いけど明日からは一日二食か一食で我慢してくれるか?」

「そりゃないぜイク」

「……だよなぁ」

「料理する機会が減っちまうじゃねえか」

「そっち?」

 食事の量が減ることについての文句じゃないのか。


「んー、どうしようか……」

「そんなに薬が欲しいなら、薬草採ってきて自分で作ったいいんじゃねえのか?」

「薬草? そんなものがあるのか?」

「ここの山ん中入ったらいっぱいあると思うけど」

 しかもアリスさんの所有しているこの山で採れるのか。

 なるほど、それならお金を使わずに済みそうだけど。


「でもニコ、どれが薬草で、どうやったらそれを薬として使える状態に出来るのか知ってるのか?」

 もちろん俺にそんな知識はない。


「何言ってんだイク、奴隷がそんな知識持ってるわけねえだろ?」

「じゃあダメじゃん……」

 何の知識もない人間ががむしゃらに山へ分け入ったところで、たくさん生えている草の中から欲しいそれを見つけられる可能性なんて、万が一にもないだろう。

 きちんと加工出来る可能性も然り。


「それじゃあよ、あそこに行けばいいんじゃねえのか? レイクの色ボケナスが言ってたんだけど……、名前は何だったかなぁ。確か『逸物をどうこうする場所だと思ったら、書物をどうこうする場所だった』とか何とか言ってた気がするけど」

「書物? もしかして図書館のことか?」

「そうそうそれだそれ、図書館! 本を貸してくれるんだろ?」

「ああ、なるほど! 薬草の知識が載ってる本を借りて来て、それを頼りに探して作ればいいわけだ」

「そゆこと」

「ニコ、お前今日は冴えてるな」

 これで何とかなりそうだ。


「『は』ってなんだ『は』って。まるでワタシが普段は冴えてないみたいじゃねえか。まさかイク、ワタシのことバカだと思ってないか?」

「えっと……、料理については天才だと思ってるけど」

「だから『は』って何だよ! 料理以外はダメみたいに言いやがって。いいか? ワタシはバカじゃねえ。ただもとから知識が与えられてねえだけだ。ちゃんと教えてくれればちゃんと出来る」

「え、でもお前何度教えても料理は余計に作るし、レイクとデュアとも喧嘩するじゃないか」

「知ってるか? イク。分かっていても出来ねえこともあるらしいぜ?」

「知ってるよ」

 知ってるけども。その分かっていても出来ないことが“食事の分量調節”と“他者との喧嘩の我慢”って、それこそがもうおバカって感じだ。

 もう少し自制心を持ってもらわないと。


「さて、それじゃあとりあえず箱は置いといて、朝食を食べるとしようか。デュアの修行もそろそろ終わってるだろうし」

 本当なら、薬草を探す時間とそれを加工する時間を考えると、すぐにでも図書館へ向かいたいところだが。

 しかしながら生憎、その図書館がまだ開いていないのだ。焦って急いだところで変わらない。

 なのでひとまず朝食を食べて、まあ、その後開店準備を済ませたくらいで丁度開館する頃合になるだろう。


「ああ、その前にニコ、包帯だけでもしておこう。巻いてやるからこっちにおいで」

 傷の治りを早くすることは出来ないだろうけど、だからと言ってそのままにしておくことはできない。


「そうか、じゃあイクは貞操帯だけでもしておけ。付けてやるからこっちに来い」

「行かないよ!?」



 そんなこんなで図書館へ行き、薬草に関係してそうな本数冊と、個人的に気になった本を数冊借りて帰ってきた俺は、教会から響く正午の報せが耳に届く前に早めの昼食をとりつつ、借りてきたそれらをキッチンのテーブルに広げた。

 ちなみに午前中少しだけ店を開けていたのだが、来訪者はなかった。

 まあ悲しいことに、予想通りだが。


「うーん……」

「どうしたイク、メシ、まずかったか?」

 まだお腹がすいていないらしく、隣でただ俺の食事風景を眺めていたニコが、唸り声に反応して心配そうに顔を覗きこんでくる。


「ん? いいや、美味しいよ?」

 本日の昼食の献立は、パスタと豚肉とキャベツとニンジンを炒めた、何かよく分からない料理だ。

 しかしよく分からないけど、とても美味しい。

 野菜の甘味が存分に引き出されているし、ちりばめられた、刻んだ唐辛子もいいアクセントだ。

 何より片手で食べられるのが、本を読みながらのこの状況には嬉しい。

 本を読みならが物を食べるなんて、読書に対しても食事に対してもマナー違反だが、今日ばかりはお許し願おう。


「じゃあどうしたんだよ」

「いやさ、この本さ……全く意味がわからなくってさ」

「意味が分からない?」

「そう、いや、意味は分かるんだけど」

「何だよそれ」

「何て言えばいいのかな……、理解が出来ない、かな」

 そう、理解が出来ない。

 同じことじゃねえのか? とニコは首を傾げる。

 いや違う。意味は分かるが理解は出来ない。

 ニコがさっき言ってた“分かっていても出来ない”と同じようなことだ。

 書いてあること自体はわかるのだけど、それを噛み砕いて自分の中に落としこめない。頭に入ってこない。


 要はこの本、俺には難しいのだ。

 端から端までビッチリ、文字に埋め尽くされていて。

 端から端までぎっしり、薬草の特徴や生態、効能や加工法が記載されていて。

 読んでもいまいちピンと来ない。俺は特に頭が良いわけではないのだ、むしろバカの部類だろう。

 小学校の教科書みたいにとは言わないまでも、高校の教科書くらいに分かりやすく、要点をまとめて書いてもらわないと困る。

 幸いなのは、申し訳程度とは言え、手書きとは言え、薬草の絵が描かれていることだが。


「まあ全部理解しなくとも、この本持ってって内容と照らし合わせながら探せば何とかなるか」

 少なくとも、こうやってただ本とにらめっこしているだけよりは、見つかる可能性は上がるだろう。


「そうだ、頑張れイク! 感覚で何とかなる!」

 いや、感覚で薬品を扱うほど、怖いことはないと思うけど……。


「ごちそうさま。んじゃまあ行って来るから、留守番よろしくなニコ」

 留守番と言っても、もう今日は店は閉めるつもりでいるから、人は来ないと思うが。

 開いていても来ないという突っ込みは、いい加減飽きたのでしないでおこう。


「任せとけ! バーンと任せとけ! 番だけになっ」

 そんなニコの不安になるような返事を聞きつつ本を抱え立ち上がったのだがしかし、そこでタイミングよくと言うか、まるで計ったかのように

「ふー、お腹いっぱい」

 と、レイクがキッチンへとやって来た。

今話も読んでいただき、ありがとうございました。

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