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24奴目 箱を運びたい

「お待たせしてすみません、ご来店ありがとうございます」

 来客の呼びかけに駆け足で店の方に出て行くと、扉の前に一人の青年が立っていた。


「おはようございます、お届けものです!」

 青年は俺と目が合うと、爽やかな笑顔を浮かべて頭を下げる。


「あ、郵便屋さんでしたか、おはようございます。今日は早いんですね」

 いつもなら配達に来るのは大体お昼前だ。

 配達する順番的に、この店はその時間前後になるのだろうと思っていたのだけど、今日はやけに時間にズレがある。


「はい。これがお荷物なんですけど――」

 青年は背負っていた、目算で一五十センチほどもある長方形の木箱を床へと寝かし置いた。


「中身がなまもののようだったので、痛んではいけないと先にお届けに来たんです」

「そうでしたか、わざわざありがとうございます。それにしても、なまものですか?」

 何だろうとその箱を見つめていると、突然、入念に釘で打ちつけられたその箱の中から、ガサゴソと何かが動くような音が聞こえた。


「ね? こうやって動くんですよ」

「なるほど。何でしょうね?」

「多分お魚だと思います」

 お魚、それは助かる。

 実は今月は色々と出費がかさんで、と言うか調子に乗って使いすぎて、アリスさんから支給されたお金がほとんどない状態なのだ。

 一応何かあったときのためにと思って、前にお客さんが落としていった五千リンはまだ取ってあるのだが、それを使ってもギリギリ足りるか足りないかというところ。

 だから次の支給までどうやりくりしようかと思っていたけど、これなら何とかなりそうだ。


「今夜はご馳走ですね。ってごめんなさい、余計なことを。それじゃあ僕は次の配達があるので、これで失礼します」

「あ、はい、ありがとうございました」

 俺がそう言うと、青年は一度笑顔で会釈をして店を去って行った。

 ふむ、何だか最近めちゃくちゃな奴らとばかり接しているせいか、ああいう普通の対応をされると少しだが嬉しい。

 年齢もそんなに離れてなさそうだし、友達になったりできないだろうか。


「どうしたイク、目え輝かせて。もしかしてお前男が好きなのか?」

「それは違うぞニコ。俺は友達になれないかなと考えていただけだ」

「ふーん、まあ男となら童貞を失う心配もないから、イチャイチャしててもワタシは何も言わねえよ」

「むしろ何か言って!? ちゃんと突っ込んで!?」

「イクは突っ込んでもらう側がいいのか? それなら尚更安心だなっ」

「不安だよ! 色々不安だよ!」

「で、そのでっかい箱は何だ?」

 俺のあらぬ誤解はそのままに、ニコはころりと話を変えた。

 突然現れたかと思えば、相変わらず自由な奴だ。


「お魚じゃないかって。そう言えばまだ送り主を見てなかったな」

 箱の上に張ってある紙を引き剥がし手に取る。


「うーん……」

「どうしたイク、送り主が書いてないのか?」

「いや、書いてあるんだけど……」

「なら何だ? まさかお前字が読めねえのか?」


「字は読める」

「なら何だよ、痔なのか? 男とイチャつくのはいいけど、気を付けた方がいいぜ?」

「だからそれは誤解だって!」

「五回も!? なかなかの経験者だなお前」


「そうじゃなくて、勘違い!」

「カンチョウがいい? やっぱ上級者の言うことは違うなぁ」

「感心するな!」

「寒心するぜ……」

 寒心してるのはこっちだ、まったく。


「あのなぁニコ、俺が言いたいのはだな」

 もう誤解を解くことは諦めて、俺は話を先に進める。


「この箱の送り主がアリスさんで、どうしてその中身がお魚なのかってことだ」

 一体あの人ははどこで何をしてるんだろうか。さっぱり分からない。


「ふーん。にしても魚なら早く食べねえとな。でも朝飯はもう作ったぜ? もう一品足すか?」

 疑問符と共に、首ではなく耳を傾けてみせるニコ。


「いやそれはいい。これはお昼ご飯にでもしよう」

 ただでさえ多いのに、これ以上増やされても食べきれない。

 それに家計は圧迫されているのだ、大切にいただかないと。

 ただここに置いてあると邪魔だ、とりあえずキッチンにでも運んでおくか。

 と木箱を持ち上げようと試みたのだが、片方が浮きはするものの持ち上げられない。


「重っ」

 郵便屋さんが軽々しく担いでいたから大した重さじゃないのだろうと思っていたが、とんでもない。

 彼が簡単に持っていたのは、普段から配達で鍛えられているからだろう。


「悪いニコ、運ぶの手伝ってくれないか?」

「あぁんイク、お前今何つった?」

 なぜか突然すごみの利いた声を放ち、俺を睨みつけてくるニコ。


「え、な、何? どうしていきなり切れてるの?」

「切れてるんじゃねえ、聞いてるんだ」

 いや確かにそうかもしれないけど、切れてるのも確かだろう……。


「今何つった?」

「えっと、運ぶの手伝ってって言ったつもりだったんだけど。何かおかしなこと言ったか?」

「言ってるだろ! パコるの手伝ってって!」

「運ぶの手伝ってだよ!」

 質問いてきたのなら、ちゃんと傾聴いて!

 まったく、どうしてこの子はこんな残念な耳をしているのだろう。

 あんなに大きくて綺麗なのに。

 やっぱり飾りなのだろうか、カチューシャなのだろうか。


「それってワタシに、お前が童貞を捨てる手助けをしろってことだろ? よくもまあそんなことをワタシに頼めたな……パコる前にお前をボコってやる!」 

 怒鳴りながら、頭をこちらに突き出してくるニコ。


「イクは突っ込まれるのがいいんだったよな。喜べ、今からワタシの角を突っ込んでやるぞ」

「待て待てニコ、俺はそんなもの突っ込まれたところで全然嬉しくないから」

 それ以外のものを突っ込まれてももちろん嬉しくないけど!


「黙れイク、もはやお前に選択権はねえ。あるのは天国への旅行券だけだ」

「そんなチケットはいらないよ!」

 一体何泊すれば帰って来られるんですか!?


「地獄よりはマシだろう?」

「いやだから待てって、お前の怒りは見当違いだから。見当違いと言うか聞き間違いだから」

「うるせえ、ゴチャゴチャと言い訳をしてねえで、男ならさっさと覚悟を決めろ」

 そう言うと彼女は片方の足を下げ腰を落とし、いつでも発射できる態勢を整えた。


「分かったよ」

 もう今のコイツには何を言っても無駄だろう。色んな意味で聞く耳を持っていない。

 仕方がない、会話を成立させるためだ。覚悟を決めて奥の手を使おう。

 ユニコーン殺しの、諸刃の必殺技を。


「来いニコ!」

「おうよ!」

 瞬間、ニコは床の板を踏み抜かんばかりの勢いで蹴り出した。

 命がけのマタドールの開始だった。相手は牛ではなく馬だが。

 俺はニコが走り出したのと同時に素早くシャツを脱いだ。

 何もこれを闘牛士の持っている赤いマントに見立てようというわけじゃない。

 脱いで、すぐに丸め。


「食らえ!」

 そしてそれを、突進してくるニコに向かって投げつける。


「名付けて、童貞爆弾チェリーボム!」

 俺の手から放たれたシャツは空中で広がり、みごとニコの頭に覆いかぶさった。


「うわっ何だ!? いきなり凄い童貞臭がっ」

 言って、ヘナヘナと力なく床に座り込んだニコ。

 どうやら“俺のにおいのついたシャツで動きを止める作戦”は、うまくいったらしい。

 しかし油断するのはまだ早い、あくまでもユニコーンがおとなしくなるのは童貞の膝に乗っているとき、または童貞に抱きしめられているとき、つまり童貞の体と接触しているときだけだ。

 今は突然の童貞臭に混乱して、一時的におとなしくなっているだけ。

 俺は間髪入れず、シャツを頭にかぶり床にへたり込んだニコに飛びついた。


「あははぁ~さいこ~、やっぱりイクの童貞臭が一番だなぁ。ワタシの心にグッと来る」

「その言葉は俺の心にグサッと来てるがな……」

 まあとりあえず無力化は成功、危機は脱したようだ。

 しかし危機を脱したことによって、新たな危機に直面しているような気がする。

 この状況を誰かに見られたら終わりだ。

 恍惚とした笑みを浮かべるニコの体に、上半身裸で馬乗りになる俺。

 説明がいらないくらいに、分かりやすく誤解を生むだろう。

 となるとむしろさっきより危険な状況かもしれない。


 俺は急いでニコの上から体をどけて、そして彼女をお姫様抱っこする。

 こうすることで多少マシな絵になるかと思ったのだが、全然そんなことはなかった。

 先ほどとの見た目的な差異があるとするならば、無理矢理か同意済みかくらいだろう。

 ニコが俺のシャツを大切そうに抱きしめて腕の中でおとなしくなってるもんだから、余計誤解も生みやすい。

 と言うかそんな反応をされると、俺の理性の方が危険だ。


「で、ニコ、おとなしく話を聞いてくれる気にはなったか?」

「話? 話って何のだ?」

「いやだからさっきしてた、箱についての話」

「何だそれ、忘れた。そんなことよりこのシャツ食べていい?」

「ダメだ。これから朝飯だろ?」

 確かに食らえと言って投げたが。

 しかし忘れたってまったく……俺の苦労は何だったんだ。

 ま、忘れたなら忘れたでいいか。


「なあニコ、お願いがあるんだけどさ、そこに木の箱があるだろ? それをキッチンにはこ……いや、移動させたいんだけど、重たいから手伝ってくれないか?」

「このシャツくれるなら」

 高い駄賃だ。

読んでくださり、ありがとうございました。

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