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23奴目 イクトに貰ったイク刀

 今朝も今朝とてデュアは、今ではすっかり綺麗になった奴隷ショップモンスターファームの中庭で、剣を振るっていた。


「ふんっ! はっ! やぁっ!」

 剣を買ってあげてからというもの、毎朝この調子なのだ。

 曰く、修行なのだとか。

 彼女の剣捌きはと言えば、素人目から見てもなかなかのものである。

 顔を抱えなければいけないデュラハンの生態ゆえ剣を持つ手は片方だけなのだがしかし、片手だけであっても素早く力強くそれでいて柔軟で滑らかな、見るものを魅了する、“武”と言うよりは“舞”のような動きだ。

 ただ残念なことに、冷静なときだけに限るという注釈付きだが。


「なあデュア、そろそろ修行は終わりにして朝ごはんにしようって」

 朝食前である、非常にお腹がすいた。

 隣で褐色少女レイクが頭の葉をめいいっぱい広げ、光合成という名の食事をしているのを見ると、尚更空腹が増してくる。

 植物であるマンドレイクの亜人、何とも羨ましい。

 今日は朝からいい天気だ、さぞお腹いっぱいになることだろう。


「少しは待てないのかイクト様。そんな堪え性のない人間を主にした覚えは私にはないぞ」

 俺もお前を配下にした覚えはこれっぽっちもないが。


「ただでさえ先日マメがつぶれてしまい修行の足りなさを実感しているというのに、これ以上修行時間は減らせん。もしイクト様が悪漢に襲われたとき、守れなかったらどうするのだ」

「そんな心配はいらないから」

 この店には俺を防衛するシステム、魔法がある。


「いつかの悪漢じゃなくて、今の空腹感から俺を助け出してくれよ」

「残念ながら空腹感は倒せん。がしかし、睡魔なら昨晩倒してやっただろう?」

「そのせいで寝不足だわ!」

 夜中に体だけ牢から抜け出してきて、俺の部屋で散々暴れ周りやがって。

 寝相が悪いにも程がある。


「ごほん…………、そ、そんなことよりイクト様、マメに塗っていた薬が切れたのだが、買って来てはもらえぬか?」

「えぇお金ないのに……、まあ分かったよ何とかするよ。その代わり早く朝食にしよう。温かいうちに食べないとニコも怒るし」

 今朝の献立はコーンスープとニンジンサラダ、ポテトフライにトースト、更に焼いた豚肉だと言っていたっけか。

 朝からかなりの量だ。


「ならばイクト様たちだけで先に食べればよいだろう」

「だから言ってるだろ、一緒に食べようって。昨日も約束したじゃないか」

「だから約束ではだめだと言っているだろう。命令をしろ命令を」

 命令をしろと主に命令をする自称臣下。やっぱりあべこべだ。まったく。


「一緒に朝ご飯を食べろ、命令だ」

「うむ承知した。しかしそれは修行の後でだ」

「今すぐにだ! 命令だ!」

「はて、いまいちよく聞こえんな。イクト様、私は昔から音があまり聞こえないのだが、なぜだと思う?」

「耳にまで髪の毛を巻きつけているからでしょうね!」

「ああなるほど、まあいい」

 よくないよ!?


「そんなことよりイクト様、聞いて欲しい話があるのだが」

「俺の話は聞かないのに自分の話は聞けってか? 本当に虫のいい奴だ」

「無視だけにな、はっはっは!」

 笑いごとではないんだけど……。


「む、何だその不満げな顔は。ま、まさか私の話を聞いてくださらないと? そんな、それはつまりイクト様は臣下の言葉に耳を傾けられない愚かな主だったということなのか!?」

 出た、デュアお得意の下から攻撃。

 臣下という立場を逆手にとって、やりたい放題言いたい方放題しやがって。


「……分かった分かった、聞くから」

「そうかそうか、さすがは我が主だ」

 本当にやり辛いったらない。


「で? 話って何だよ」

「いやな、実はイクト様に貰ったこの剣に、名前を付けてみたのだ」

 彼女は剣を振るう手を止め、俺が買って来た何の装飾もない鉄の剣を、大切なお人形を自慢する少女のような目で俺に突き出してくる。


「へえ、名前。どんな名前にしたんだ?」

「聞きたいか? まあそこまで言うのならば仕方がない、聞かせてやろう」

 ゴホンと一度咳払いをすると彼女は言った。


「名は、イクトウ

 い、イク刀……?


「主であるイクト様の名をいただいた。どうだろうか、自分ではなかなかいい名を付けられたと思っているのだが」

 いや、どうだろうかと問われても。

 名前の良し悪し以前に、“刀”って言ってるけどお前のそれ刀じゃなくて剣なんじゃ……?


「どうしたイクト様、黙りこくって。まさかあまりのいい名に言葉を失ってしまったのか? まあそうであっても頷けると言うものだ。しかしそろそろ口を開き私のネーミングセンスの良さを褒めてくださってもよいのだぞ? たまには臣下を褒めるのも主の務めだからな」

「ま、まあそうだな、いいと思うよ」

 プレゼントした身としては、どんな名であれそうやって大切にしてくれるのは嬉しいことだ。


「はっはっはっは、そうかそうかもったいなきお言葉だ」

 俺の言葉にそう言って口元を綻ばせるデュア。


「ただイクト様」

 だったがしかし、途端に神妙な顔つきになる。


「ど、どうした?」

「失礼ながら進言させていただくが、そう易々と臣下を褒めるものではない。付け上がってしまっては困りものだ。気を付けろ」

「いやお前が褒めろって言ったんだからね!? それにお前既に付け上がってるし!」

 意味ありげな顔で突然何を言い出すかと思ったらこれか。

 何が失礼ながら進言させていただくが、だ。


「ん? すまないイクト様、いまいち聞き取れなかった。最近音波の調子が悪くてな」

「音波の調子って何!?」

「耳の辺りを叩けば少しは良くなるのだが」

「なるか!」

 昭和のテレビじゃあるまいし。余計調子が悪くなるよ!


「いやしかし実際なるのだよ」

 それは叩いた勢いで耳に覆いかぶさった髪の毛がズレるからですね……。


「まったく。それじゃあ話も聞いたことだし、今度こそ朝食を――」

「さて、そんなことよりイクト様」

「またそんなことよりで誤魔化すつもりか!」

「そうではなく、来客ではないか? ベルの音が聞こえたが」

「ん、そうか?」

 俺にはベルの音など微かにも聞こえなかったが、耳をすませてみれば確かに『すみませーん』という声が聞こえる。

 どうやらデュアの言うとおり、本当に来客らしい。

 しかしこんな時間に誰だ、まだ開店準備さえしていないというのに。


「と言うかデュア、お前音聞こえてるじゃないか」

 しかも俺より遥かにいい具合で。


「何か言ったかイクト様」

「……お前の耳はあれか? 俺の声だけを拾いたくないのか?」

「耳だけに、嫌、なのだろうな」

「……黙って?」

「おっとイクト様、今臣下のユーモアを馬鹿にするような発言をされたか?」

「いいやしてないよ? 俺はお前を愛してるって言ったんだ」

「なっ、何を恥ずかしいごふっ……」

 言うことを聞かない奴は、吐血の刑だ。

前回の投稿より期間が開いてしまい、申し訳ございませんでした。

本日より投稿を再開させていただきます。

よろしくお願いします。

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