21奴目 貴様から様へ
「おーい、デュア。デュアってば」
「う、うぅ……」
さて次はデュアに剣を渡さなければと彼女のいる牢へと訪れたのだがしかし、彼女はまだ悲しみの渦の中にいるらしく、小さく嗚咽を漏らすばかりで何度呼んでも返事がない。
「デュアさーん」
「うっ……、うぅ」
壁に立てかけられた折れた剣の隣で己の膝と顔を抱えてうずくまり、こちらを向こうとさえしない。
「失礼しまーす」
仕方がないので牢の中に入り、片手で彼女の肩を揺らす。
「おいデュア、聞こえてるんだろう?」
するとやっと、
「うるさい! 放っておけと言っただろう!」
というなかなかキツイものではあったが、返事が返ってきた。
「そう言うなって、少し俺の話を聞いてくれよ」
「笑いたければ笑え!」
そんなつもりは毛頭ないのだが……。
「そうじゃなくて。剣を直してやろうと思ってさ」
「折れた剣をか? デタラメを言うな馬鹿者め、折れた剣が直るわけがないだろう!」
「さてそれはどうでしょうか? 俺が魔法を使えるということは、レイクやニコから聞き及んでいるんじゃないか?」
まあ実際のところ俺は魔法なんてこれっぽっちも使えないが、二人とも勘違いをしている。
「確かにそんなことを言っていた……」
そんな二人の勘違いも手伝って俺の話を少しは聞く気になったらしい彼女は、抱えた頭を一八○度回転させ、ようやくこちらに視線を向けた。
「しかしそんなことが本当に可能なのか? いくら魔法でも、そんなことが出来るはずが」
泣き腫らして真っ赤になってしまった目に浮かぶのは、期待と疑惑。
「まあまあ騙されたと思って、その剣を貸してご覧」
「う、うむ」
「レディースアーンドジェントルメン、本日は土嶺生人のマジックショーにお越しいただき、まことにありがとうございます!」
俺は彼女から手渡された剣を片手に、大仰に、芝居がかった口調でそう言った。
突然何が始まったのかと目を丸くするデュア。
「それではお見せしましょう、折れた剣が直るマジック!」
その隙に、隠し持っていた新しい剣と折れた剣を、彼女に見えないように体の後ろで交換する。
「ドゥルルルルルルルル」
ドラムロールも忘れない。
そしてジャジャンッというセルフ効果音と共に、未だに半信半疑といった様子の彼女の目に、買って来た剣を見せつけた。
「はい、直りましたー」
「な、なんと……」
繋がった剣を見て信じられんと驚きの声を漏らすデュアは俺から剣を奪うように受け取ると、本当に直ったのか刀身を入念に観察し始める。
「直った……。貴様、本当に魔法が使えたのか!?」
剣に問題がないことを確認すると、彼女は俺に視線を移した。
その眼差しには既に疑惑の色はなく、代わりに尊敬の念のようなものを浮かべていた。
「い、いやぁ」
そんな目をされると非常に言い出しにくいのだが……。
「実は嘘なんだよ。嘘、いや冗談かな。俺は魔法なんて使えない」
俺が使ったのはマジックはマジックでも、魔法ではなく手品。
マジックと言うか、トリックである。
いや、実際はトリックでも何でもなく、ただ隠し持っていたものを交換しただけ。
種も仕掛けもありませんと言うか、種も仕掛けも必要ありません。
「しかし剣は直っているぞ?」
「単にさっき買って来たもと交換しただけなんだ。折れた剣はここにあるし」
「む、確かに、折れた部分ばかり気にして気付かなかったが、私の剣とは柄のデザインが異なる」
「騙されたと思ってとか言って、本当に騙してごめん。こうした方がデュアの気を惹けるかと思ってさ、はは」
「……」
おどける俺に対し、押し黙るデュア。
がっかりされてしまったかな、こんなことなら変に演出めいたことをせずに普通に渡せばよかった。
そう後悔しかけたのだがしかし、そんな俺の目の前で彼女は一度立ち上がり、そして真剣な面持ちで片膝を立てて地面にしゃがみ込んだ。
「どうしたデュア」
「イクト様」
「は?」
「これから騎士デュアはあなたを主とし、一生傍に仕えさせてもらう」
「へ? は? な、何で急にそんなことを言い出したの?」
まったくもって、意味が分からない。
「イクト様は私に剣をくれた」
「いや、剣くらいで大げさな」
それにこの剣は自分のお金で買ったものではなく、アリスさんに支給されたお金で買ったものだ。
更に刃物屋さんには安くしてもらっちゃったりしたし。
大体デュアのためとか言って買ったけど、自分のためという側面の方が強かったくらいだ。
それで一生を捧げるほどの恩を感じられると、さすがに申し訳がなさ過ぎる。
「決して大げさではない。イクト様が私に渡したのは、騎士の象徴である剣だぞ? その意味が分かっているのか!?」
「意味……?」
そ、そういえばファンタジー映画なんかで、王が主人公を騎士に任命するとき、儀式で剣を渡してどうこうしているシーンを見たことがあるような気がするけど。
もしかしてそれと同じような状況になってしまったということなのだろうか。
いやいや、俺がしたのはそんな大げさなものではなかったはずだぞ?
ただヘラヘラ笑って剣をデュアに渡したと言うか、半ば奪われただけ。
「分からないようだな。まあ仕方あるまい、イクト様は騎士ではない。ただ少し考えてみるといい、騎士に剣を与える意味ではなく、奴隷に何かを与えるという意味をな。それが私たち奴隷にとって、どれだけ嬉しいことなのかを」
「……」
「さきほど怪我がないかと心配してくれたときも、本当はう、嬉しかったのだぞ。た、たた、多分な!」
「多分!?」
「多分だ! 私は忘れた! 答えは過去の私に聞いてくれ!」
そんな無茶な……。
「な、何だその顔は、細かいことはいいのだ! ともかく、私は現時点をもってイクト様の騎士となった」
まだ任命するとは一言も言ってないのに、勝手になりやがった!
「これからは何でも命令してくれ」
そう言った彼女の声は、とても真剣だった。
「命令って……、まあ、分かったよ」
断っても、聞き入れてくれるような雰囲気ではまったくない。
それにもし断ったとしたら、せっかく持ち直した彼女のプライドを、再び傷つけることになりかねないし。
とりあえずここは受け入れたフリをしておこう。
しばらくすれば飽きるなり面倒くさくなるなりして止める――
「さあ早く!」
「え? 何?」
「命令だ! 早く命令を出せ!」
命令を出せって……、それが己が自ら仕えた主に対する言葉か?
「何をしている! イクト様は臣下に命令も出せない無能な主ではないだろう!」
だからそれが主に対する口の聞き方かって!
まったく……。
「じゃあ庭の草刈を手伝って貰おうかな」
「手伝って貰おうかなではダメだ、それは命令ではないお願いだ。私は命令をしろと言っているのだぞ?」
「はいはい、じゃあ命令です。庭の草刈を手伝え」
「断るっ!」
「……」
もはや声も出なかった。
突っ込みたいけど突っ込めない。
何を言えばいいのか、まさしく言葉がない。
「草を鎌で刈れだと? 何を仰るのだイクト様は。いくら命令でも騎士がそんなことをするわけがないだろう。草原で馬を駆れというのならまだしもな」
「でもお前さっき“何でも”命令してくれって言ったじゃん」
「はっ、そうであったな、不覚。ついいつものくせで無礼な態度を取ってしまった。しかし謝罪はしないぞイクト様!」
なぜ!?
「イクト様はこのくらいのことでいちいち臣下に謝罪を求めるような、心の小さな主ではない。つまり謝罪をするということは、逆に失礼に当たる。そうだろうイクト様?」
「え、ええ……」
「ん? どうしたイクト様。ま、まさか、私の仕えている主はこのような些事で臣下を謝罪させるような心の狭い――」
「はいはい、いいですよ許しますよ。許してつかわしますよ」
「うむ、さすが我が主イクト様だ」
やり辛いなぁ……、どっちが主導権握ってるんだか分かったもんじゃないよ。
別に主導権を握りたいわけではないけど。
「さて、それでは命令のとおり、庭の草刈、いいや、我が折れた剣の弔い合戦に向かうとしよう」
弔い合戦って。お前の剣を折ったのは、正確には草ではなく岩だけどね。
「まあ弔い合戦でも何でもいいけど、今度は鎌でやってくれよ」
「何を言うかイクト様! 鎌は騎士が持つべき武器ではない。剣の敵は剣で取る、いざ出陣!」
言うが早いか彼女は立ち上がり、片手で顔を抱え、そしてもう片方の手で剣を掲げ庭へと駆け出して行く。
「ちょ、おい待てってデュア!」
このままではさっきの二の舞になりかねない。
「鎌でやれ! 命令だ命令!」
「はっはっはっは、聞こえない、聞こえないぞイクト様!」
「……」
聞こえないのではなくて、聞きたくないのだろう。
今回も読んでいただき、本当にありがとうございました。




