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20奴目 スマイルに参る

20奴目 

「多分、あれが図書館だな」

 周りの家々と比べると縦にも横にも格段に大きいその建物は、壁だけでなく屋根を含めた全てが白く、ぽっかりと開いた入り口を支える、綺麗な彫刻の施された柱と相まって格式高い雰囲気を醸し出していた。

 そんな図書館を眺めながら、その奥にあるという花屋へと歩みを進める。


「ねえイッくん、トショカンって何なの?」

「知らないのか?」

「うん。わたしたち奴隷は、必要以上の知識を与えられていないからね」

 必要以上に不必要な知識は持っているくせに……。


「でイッくん、図書姦って何? どんなプレイなの?」

「いやちょっと待てレイク。“トショカン”は別に、プレイの名称とかじゃないからな?」

「ええっそうなの!? 書痴の人が本とえっちなことをするという意味の、プレイの名称じゃないの!?」

「わざとらしい奴だな、全然違うよ。そもそも書痴という言葉の意味自体、お前が思っているようなものではないから」

 書痴はただの、本を読んだり集めたりすることにとても熱中している人を指す言葉だ。

 と言うか書痴って、やっぱり変な方向の知識ばっかり持ってるなコイツは。


「まず、図書姦じゃなくて図書館な。そして、本とえっちなことをするという意味のプレイの名称じゃなくて、本を閲覧することの出来るプレイスの名称だ」

 借りたりも出来るのだろうか。時間があれば今度来てみよう。

 この世界についても、もう少し色々と知っておきたいし。


「ふーん、つまり逸物をどうこうする場所じゃなくて、書物をどうこうする場所ってことなんだね。何だかがっかりだなぁ」

「だからお前が思ってるほど、外の世界はえっちじゃないの」

「あ、がっかりって言葉、何だかえっちじゃない?」

「はぁ……お前って、五十音のた行もエロいと思ってるだろ?」

「よく分かったねイッくん。“たちつてと”って、もはや狙ってるとしか思えないよね」

「さすがに偶然だと思うけど……」

 そんな会話をしているうちに図書館を通り過ぎ、花屋の前に辿り着いた。


「何だか今からプレゼントを買ってもらえると思うと、胸がドキドキするねイッくん」

「そりゃよかったよ」

「触ってみる?」

「触ってみません」

「じゃあ見る?」

「見もしません」

 決して触ってみたくないわけでも見てみたくないわけでもないというのが、隠さざる本音だが。



「イッくん、これにするよ」

 女の子の買い物は長いと聞いていたので少しは覚悟していたのだが、レイクの買い物は拍子抜けするくらいにすぐに終わった。

 まあこの花屋にあった霧吹きの種類が二つで、もとより時間を掛けられるような状況ではなかったのだが。

 彼女が選んだのは、ブリキで出来たくすんだ銀色の霧吹き。

 特に可愛い絵が描かれていたり、綺麗な装飾が施してあるわけではない、ごくごく普通で、決して素敵と言えるような物ではなかったが、それでも彼女は嬉しそうに胸にそれを抱きしめ、ありがとうイッくんと微笑むのだった。

 ピュアとは程遠い言葉ばかり知っているくせに、ピュアな奴だ。


「さて、それじゃあ店に帰ろうか」

「うんっ」

 花屋を出る頃には、教会から、昼を告げる鐘が鳴り響いていた。





「おいニコ、一体お前は何をしているんだ?」

 ようやく店に帰った俺に、ニコはお帰りと声をかけるや否やズカズカと近寄ってきて、そしてしきりに俺の体のニオイを嗅ぎ始めた。


「童貞をなくしてきてないかチェックしてるに決まってんだろ」

 お前は浮気をしていないか夫の服の匂いを嗅ぐ妻か……。


「うん、大丈夫だ。このむせ返るような童貞臭、最高!」

「最低だよ!」

 どうして少し買い物をして帰ってくるだけで、こんなに心を抉られなければいけないんだ。


「それで、イク。鎌を買いに行くって話しだったけど、何だその袋から突き出てるそれ、剣か? 何で剣なんて買って来たんだ?」

 不思議そうに紺色の目を丸め、俺が手に持つ布の袋を指さすニコ。


「まあそれは説明すると長くなるから、また今度にしよう」

 どうせ時間を掛けて丁寧に説明をしたところで、コイツは聞きもしないのだから。

 真剣に聞いているような顔でそれだから、性質が悪い。


「それよりニコ、お土産があるんだ」

「お産があるだと!? お前の子か! 許さないぞワタシは!」

「お産じゃなくてお土産。大体お前、今俺が童貞であることを確認したばかりだろ?」

「あ、そうだったそうだった。悪い悪い」

 と言うか、“お土産”って声に出して言ってるのに、今の間違いは普通ありえないだろう……。


「で、イク、お土産って?」

「ああ、これだよ」

 俺は袋から包丁を取り出し、巻かれた紙を外してから彼女にそれを渡した。


「こ、これは……、包丁」

「そう。切れ味悪いって今朝言ってただろ? だから、新しいやつ買ってきたんだよ」

「おぉ、新品……」

 包丁ではなく、まるで高価な宝石を前にしているかのようにためつすがめつそれを眺める彼女の尻尾は、8の字を描くようにブンブンと音を立て揺れている。


「お土産ってことは、これ、ワタシにくれるってことだよな!?」

「そのつもりだけど?」

「本当にいいのか?」

「もちろん」

「返さないぞ?」

「どうぞ」

 俺が頷くとニコは、いやっほー! と叫びながら、包丁を天に掲げ店の中を走り回り始めた。

 彼女もレイク同様、喜びは一切隠そうとはしない。


「マジか! 夢みてえだな! もしかして夢だったりしてな! だとしたら辛えなぁ……、二度と起きたくねえ!」

 いや、頼むから起きてくれ。


「いやぁでもこれでようやく昼飯が作れるな。実は包丁があんなだから、料理する気起きなかったんだよ。餓死するかと思ったぜ」

 それが、一通り喜び終わったニコの第一声だった。

 ニコのことだ、いずれそんなことを言い出すだろうと予想はしていたが、まさかこんなに早いとは。

 包丁を買ってきて正解だったな。改めて刃物屋の店主に感謝だ。


「それじゃあ昼飯、俺らの分もよろしく頼むよ」

「おうよ、任せとけ! 今日はそうだな、何かすっげえ切る料理にする」

 そんなわけのわからないことを言って、包丁片手にスキップで居住スペースに向かう彼女だったが、なぜか途中で踵を返し足早に俺の前まで戻って来て、ニコッと白い歯を見せる。


「どうした?」

「お礼を忘れた。サンキューな、イクっ」

「ぐはっ……」

 さっきとは違う意味で心を持っていかれた。

 包丁を買っただけでこんなに喜んでもらえるなら、もう十本でも二十本でも買ってきてやりたくなってしまう。

 いやだから、そんなことを思う将来の自分が危ない。

 経済力がないことが、今の場合逆に功を奏している。


「どうしたイク、何だか童貞臭が増してきてるぞ?」

 台無しだな……。

今日も読んでくださって、本当にありがとうございました。

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