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2奴目 イクトとレイク 上

 異世界に召喚され、奴隷商人となった。

 これが俺の現状だった。

 あのガチムチスキンヘッドのオネエ、アリスさんの説明によると、彼女が店主をつとめていた奴隷ショップの経営がうまくいっておらず、それを何とかするために、彼女は知り合いの魔女から魔道書を購入した。

 そしてその魔道書を使い、異世界から救世主、つまり自分の代わりに店主をやってくれる“何か”を召喚する儀式を行ったのだとか。

 で、なぜだか知らないが、その儀式で召喚されたのが俺だったという。

 だから俺に奴隷ショップをを押し付けた、アリスさん目線で言うとお願いしたとこうなるらしいのだが。


 そんな説明を聞かされても、何だか突拍子がなさ過ぎて、持てる感想は『ビックリ!』くらいのものである。

 この土嶺生人(つちみねいくと)十七歳、まさかあだ名が奴隷商人だからと言って、本当に奴隷商人になってしまうとは。

 しかも魔女だとか魔道書だとか召喚だとか、そんなわけの分からないものの存在する、異世界などというわけの分からない場所で。

 にわかには信じがたい。意味が分からない。馬鹿げている。

 魔女、魔道書、召喚、異世界、そんなものがあるのは、創作物の中か頭の中だけだ。


 もちろん最初は夢だと思っていた、悪夢だと思っていた。

 しかしアリスさんに出会ってから既に一ヶ月以上の時が経っているのだ。

 もはやこれが夢オチで終わってくれるなどという甘い希望は、捨ててしまった。

 事ここに至れば、全てを受け入れざるを得ない。

 奴隷商人になったのだということも、受け止めざるを得ない。

 俺が今見ているものは全て、夢ではない現実だ。

 俺の目に映っているものは全て、揺るぎのない事実だ。


 だから今日も今日とて俺は、悪夢でもいいから夢であって欲しかったなぁなどと思いつつも、朝から黙ってせっせと開店準備に取り掛かるのだった。

 まあ開店準備と言っても、これといって何か特別なことをするわけではない。

 店の中をホウキで軽く掃除して、扉の外側に掛けてある看板を“クローズド”から“オープン”にひっくり返すだけだ。

 店の中は全面板張りで、十二畳ほどの広さがある。

 一人で掃除をするにはなかなかの広さだけど、まあ毎日やっているのでそんなに目立った汚れはなく、作業は簡単に終わった。

 後は看板をひっくり返せば準備完了だ。

 俺は木の床を踏み鳴らし出口へ向かい、扉を引き開け、カランコロンというベルの音とともに外へ出た。

 今日の天気は雲一つない快晴、地球となんら変らない、小鳥さえずる気持ちの良い朝。

 季節で言うと春頃だろうか、暑くもなく寒くもなく、過ごしやすい気候だ。


「ん~」

 俺はグッと伸びをし新鮮な空気を肺一杯に堪能しながら、現就職先、兼住居である店を見上げた。

 俺が今いるのはアスフィリア王国という国の、サンブークという町らしい。

 サンブークは、まるで外国の観光地のような、石畳の道が通り、活気溢れる青空市場と、オレンジ屋根の家々が並ぶ、自然に囲まれた町だ。

 そんなサンブークの町の外れに建てられたこの店、名前を『奴隷ショップ・モンスターファーム』という。

 山丸々一つという広大な土地を敷地とし、その一部を切り開きそこに店舗を構えるこの店はなるほど、まさに牧場(ファーム)と呼ぶにふさわしい。

 がしかし既に言ったとおりここは牧場ではなく、奴隷ショップだ。

 牧場ならぬ、下僕場である。

 そんな下僕場が自分の仕事場で自分の住んでいる場所かと思うと、最初はため息をついたものだが、一ヶ月も経った今ではほとんど何とも思わない。

 俺は半ば習慣になりつつある、看板を裏返すという作業を終わらせ、店の中へと戻った。


「あ、イッくんお帰り」

 中に戻るとすぐ、俺と同い年か少し年下といった見た目の少女が、俺を出迎えた。

 薄汚れた白いワンピースを身にまとった、緑色の髪と褐色の肌を持つ小柄なその彼女。


「おう、レイク」

 彼女の名前はレイク、

「お帰り、じゃないだろうが!」

 この店の商品、奴隷である。


「勝手にカウンターの方に出てくるなって、何度言ったらわかるんだ!」

「にっしっし」

 少女レイクは、首の辺りまで伸ばした外にはねるクセの強い髪を揺らし、悪戯な笑みを浮かべた。


「それよりイッくん、まずはご飯にする? お風呂にする? それともわ・た・し?」

「朝飯はもう食べたし、朝からお風呂に入る習慣はない」

「ならわたしを食べるってことだね」

「食べません」

「えー、じゃあわたしと駄弁ろう?」

「駄弁りません」

「それじゃあつまらないよイッくん」

 つまらないって……。


「あのなあレイク、もう一度言うぞ? 勝手に表に出てくるな」

 商品が勝手に店の中をうろつくなんて、どういうことだ。


「大体さ、どうやってあそこから抜け出してきてるんだ?」

 このカウンターのある部屋の奥には、俺の住居と、彼女たち商品をつないでおくための牢屋がある。

 牢屋は当然、彼女たちが逃げ出さないように鉄格子で出来ているし、扉には鍵もしてあるのだけど、どういうわけかこうやって普通に外に出てきてしまうのだ。


「あれイッくん気付いてなかったの? だって、わたしにはこれがあるじゃん」

 ほらこれ、と汚れたワンピースの裾をひるがえし、俺にお尻を向けた。

 レイクが示すこれとは、お尻の辺りから突き出ている触手のことである。


「これを穴に挿入して、グチュグチュッと」

 三本の先細りした茶色いそれを、彼女は自分の手足のように自在に動かす。


「ガチャガチャっとだ」

 この子は何を言うにもいちいち卑猥だ、まったく。


「何か対策を立てないとな」

 と言うか、今まで何も対策をしてこなかったのが不思議だ。

 お尻から触手が生えていることでも分かるように、彼女は普通の人間ではない。

 いわゆる亜人。人間に似た姿形をしてはいるがしかし、人間とは異なった特徴や性質を持った生き物。

 普通の人間をヒューマンと呼ぶのに対して、彼女たちのような亜人は、“モンスターヒューマン”略して“ヒューモン”なんて呼ばれているらしい。

 この奴隷ショップは、そのヒューモンを専門に取り扱った店だ。故に店の名前は“モンスターファーム”。

 にもかかわらずだ、その亜人を専門としているにもかかわらず、亜人対策をしていないなんて、本当にこの店はどうなっているんだろう。

 と言うか店主、元店主アリスさんがどうなっているんだろうか。まあ、どうにかなっているんだろう。

 商才がないと言っていたけど、それ以前の問題のような気がする。


「対策って何するの?」

「んーそうだなぁ……鍵を増やすとか」

 それでも結局解錠されれば一緒か。


「その触手が挿せないように、小さい鍵穴の鍵をつけるとか」

「つまり穴の締りが良くなると」

「俺が気にしてるのは穴の締りについてじゃなくて、戸締りについてだ!」

「にししし」

「……」

 下ネタを言ってるときのレイクは、本当に楽しそうだ。奴隷のくせに生き生きしている。

 しかし困った、いや、本来彼女とこうして普通に会話できるということは、俺としては喜ぶべきことなのだ。

 いきなり異世界なんかに召喚されて、こんな町の外れの山中で一人商売をやれだなんて、心細いにも程がある。

 その心細さを埋めるため、俺は彼女を始めとしたこの店の商品たちとコミュニケーションを取ろうと試みた。

 しかし最初は警戒していたのか、彼女たちは何を話しても『はい』だとか『わかりません』だとか、そんな会話とも取れない反応を示すだけだった。

 よくよく思えば、奴隷商人である俺に、奴隷である彼女たちが普通に接するわけはないのだが。

 そんなことを考えていられる頭ではなかった俺は、毎日毎日彼女たちに話しかけ続けた。

 そして何だかんだで、ようやくここまで普通に話せるようになったのだけど、さすがに勝手に牢から出てこられるのは困りものだ。


「でもイッくん、そんなことをしても無駄だと思うよ? わたし以外にも、亜人はいるわけだし」

 そしてその亜人全員、違う特徴を持っている、か。


「やっていけるか不安になってくるよ……」

 ちなみに店の商品管理リストによると、レイクはマンドレイクの亜人らしい。

 マンドレイク、マンドラゴラとも呼ばれる。

 引き抜くときにとてつもない悲鳴を上げ、それを聞いてしまうと死んでしまうという伝説のある、あの有名な植物だ。

 そんな恐ろしい植物、マンドレイクの亜人、レイク。

 彼女の体にある亜人の特徴は、先ほどのお尻から生えた三本の触手だけではない。

 頭頂部には、髪色と同じ深緑色の葉っぱと、そして薄い青紫色の花が一輪咲き誇っている。

 それと、肌が褐色なのも、マンドレイクの亜人が持つ特徴の一つなのだとか。

 幸いなのが、彼女の悲鳴を聞いても死には至らないという点だ。

 まあ、気絶はするかもしれないらしいが……。


「何イッくんそんなにジロジロ見て、もしかしてわたしの側根そっこんにゾッコンなの?」

「側根?」

「そうだよ。これは植物でいうところの、側根なの」

 と、彼女は俺の目の前で触手を踊らせた。


「へぇ」

 そう言えば、あれは触手ではなく、正確には根っこだと前に教えてもらったっけ。

 まあとにかく、そのお尻の根っこも、頭の花も、どれだけ引っ張っても抜けない。

 いや、頑張れば抜けるのだろうけど、その前に痛がるのだ。

 引っ張られて痛がるということは、間違いなく彼女の体の一部としてそこにあるということだ。

 最初はその衝撃的な事実に身を震わせたが、今では“見慣れた”どころか、“魅力だ”と感じるのだからまったく慣れとは怖いものだ。

読んでいただきありがとうございます。

微妙な切り方でごめんなさい。

一応本日中に、切りのいい話まで投稿する予定です。

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