19奴目 オークションを奥でしよん
「いやぁ店の主さんがいい人でよかったよ」
鎌と包丁と剣の入った、重たい布の袋を持ち上げ眺める。
おかげでデュアへのプレゼントどころか、ニコへのお土産まで買えてしまった。
「さてレイク、目的の物も買えたことだし帰ろうか。まだ草刈りもしないといけないし」
と、いい買い物ができたことに少し心を弾ませレイクを振り返ったのだが、そんな俺とは対照的に、彼女は不機嫌だった。
分かりやすく不機嫌だった。
プクッと、両頬に空気を溜めている。
何だこの可愛い生き物は……俺は人差し指で彼女の膨らんだ頬を突いた。
「ぷふー」
「どうしたんですかレイクさん」
「デュアちゃんとニコちゃんだけ何か買ってもらって、ずるい」
「それでいじけてるのか?」
「嫌だなぁイッくん、さすがのわたしでも、こんな人通りの多いところでは弄ったりしないよ」
人通りの少ないところなら弄るみたいな言い方なのは放っておいて。
「レイク、お前はほら、こうして町に連れて来てやったじゃないか」
「えー、そうだけど……」
「それにこれは何と言うか、これからの生活に必要なものを買っただけでだな」
「百歩譲って包丁はいいよ、生活の根幹であるお料理をするものだからね。でもデュアちゃんの剣は、本当に生活に必要なものなのかな?」
「えっとそうだな、今後のデュアとの生活を円滑なものにするために必要なものだと思う」
「そっかそっか。じゃあれだね、今後のわたしとの生活を円滑なものにするためにも、何か買うべきだよね」
うっ……それを言われると返す言葉がない。
特大のカウンターチャンスを与えてしまった。
言葉に詰まる俺を見て、ニヤッと笑うレイク。
「分かった分かった、買ってやるよ」
もう負けだ、負けでいい。
確かに目の前で他の人が何か買ってもらうのを見れば、こんな風になってしまう気持ちも分からなくはない。
何かを買い与えられるチャンスなんて無いに等しい彼女の身分を考えると、余計その気持ちは大きかろう。
今回は俺の配慮も足りなかったと諦めるしかない。
幸い刃物屋での出費が抑えられたから、先日入手した五千リンはまだ残っているし。
「ただ高いものは無理だぞ?」
やったーと、レイクは喜びを一切隠そうとはせずに、俺の腕に飛びついてくる。
ここまで嬉しそうにされると、多少の出費くらいどうってことないと思えてきてしまう。
将来の自分が不安だった。
「それで、何が欲しいんだ?」
「大人のおもちゃ」
「帰るか?」
「買えるよ!」
「購入できるかどうかを聞いてるんじゃない! ふざけるなら帰宅すると言ってるんだ!」
「ふざけてないよ! 大真面目だよ!」
なら尚更帰りたいというものだ。
「まあでもイッくんがそこまで言うのなら他のものにするよ。そうだね、避妊具にしよう」
「そんなものを買ってどうしてお前との生活の円滑化に繋がるんだ」
「わたしとの生殖活動、略して生活が円滑になるねっ! 繋がると言うか、繋がれるねっ!」
「だから、ねっ、じゃねえよ!」
「あ、でも避妊具つけちゃったら生殖活動にならないね。じゃあ他のにしよう」
気にするべきはそこか!?
「そうだなぁ、イッくんの子どもが欲しいかな」
「生活がスムーズになるどころか、新しい生活がスタートしちゃうからね!」
それは関係が円滑に進んだ結果だから!
「と言うかもうそれ、買い物じゃなくなってるし。ちゃんと購入できるものにしてくれ」
「大丈夫、ちゃんと挿入できるよ? 挿入して、そして子どもをつくろうねイッくん」
「挿入じゃなくて、購入!」
はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……突っ込みすぎてもう疲れた……。
「どうしたのイッくん、そんなに息を荒くして。もしかしてわたしの色気のせい?」
「お前のボケのせいだよ!」
「嘘だぁ、どうせわたしのこのメリハリボディを見て興奮してたんでしょ?」
「ちょっと待て、お前のボディにメリとハリがあるように見えないのは俺だけか?」
「実はわたしにもそう見えるよ。わたしのボディにあるのは、せいぜい目と歯だけだね」
いや、もう少し色々あると思うけど……。
「ってそうじゃなくて、欲しいもの。大体でもいいから何かないのかよ」
「うーん、急に欲しい物って言われても、難しいよね」
お前が言い出したことだろうに。
「水とかはどうだ?」
「イッくんの聖水? なるほど、それはなかなかマニアックだね」
「誰が俺の聖水と言った、普通の水だ。普通と言うか、ちょっといい水? お前いつも霧吹きで水をかけてるだろ、そのとき用に」
「そのとき用に、用を足すんだね?」
「あのなぁレイク、これ以上ふざけるなら本当に帰るぞ?」
帰って草刈りをしないといけない、こんな所で油を売っている場合ではないのだ。
「にっしっし。そうだねぇ水かぁ。でもお店で使ってるお水って山の湧き水だから、売ってるものより美味しいんだよね」
そうか、なら他の物……。
「じゃあ霧吹きなんてどうだ? お前がいつも使ってるやつって、あれ店の観葉植物と兼用だろ? そうじゃなくて、お前専用のってことで」
「潮吹きか、それはいいアイディアだね。それがいいよ、そうしよう」
ややこしくなるので、これ以上はもう突っ込まない。
「よし、それじゃあ霧吹きで決まりってことで」
とは言うものの、霧吹きはどこで販売しているのだろう。
日本ならば百均かホームセンターに行けば売っているけど、このサンブークにそんな場所はないだろうし。となると雑貨屋か?
そんな風に黙考していると、いつまでも店の前にいる俺達を不思議に思ったのか、刃物屋の店主が外に出て来て声をかけてきた。
「購入した商品に何か不備でもあったか?」
「ああいえ、そんなことは。あ、そうだ、霧吹きってどこに売ってるか知りませんか?」
「霧吹き? それなら、花屋にでも行けば売ってるんじゃないか?」
「花屋ですか。あの、ついでに花屋の場所も教えていただけると嬉しいのですが……」
俺がそう尋ねると、仕方ねえなと微笑んで店の斜向かいにある路地を指差した。
「あの細い道をまっすぐ行くと大通りに出る。出たらそこを左に曲がって、で、しばらく進むと左手に図書館が見えてくる。図書館はこの町で教会の次にでかい建物だからすぐ分かるだろう。そしてその図書館の奥にあるのが、花屋だ」
「分かりました。ご丁寧にありがとうございます」
「ああ。ただ今日は大奴隷市だから人が多い、ぶつからないように気を付けな」
「大奴隷市? 何ですかそれ」
奴隷というワードが引っ掛かり、思わず聞き返した。
「そこの道、途中に袋小路でちょっとした空き地になってるところがあるんだが、そこで定期的に奴隷のオークションが行われてるんだ」
「はあ……奴隷のオークションですか」
しかし何たってあんなところでやるのかねぇ、と愚痴をこぼす店主。
「違う道の方がよかったら、遠回りになるが他の道を教えるが?」
「いえそんな、大丈夫です。本当に色々とありがとうございましたっ」
これ以上商売の邪魔をするのも悪いと思い、俺は頭を下げレイクを連れ路地へ飛び込んだ。
人間二人が並んで歩くのがやっとといった具合のその道は、高さにして四階ほどのマンションのような建物に挟まれ日の光が届かないせいで、薄暗くひんやりとしていた。
そんな抜け道のような道でありながら、人通りが結構多い。
そしてその人たちは皆、ある場所で足を止めていた。
それは路地の途中にある、これまたマンションのような建物に囲まれた四角い空き地。
そこには大勢の人間が集まっていて、皆一様に同じ方向に顔を向けている。
視線の先にあったのは、テントから乱暴に引っ張り出される、鎖に繋がれた男性の姿。
「あれが店主さんの言ってた、大奴隷市か……」
奴隷のオークション。
こんな町中でそんなことをしているとは。
「アリスさん、あれにいつかわたしたちを出品するんだって言ってたよ」
と、周りに人がたくさんいるからか、レイクは小声でそう言った。
「そうなのか?」
「うん。あれに出せば確実に売れるんだって」
「ならなぜすぐに出さなかったんだ?」
「抽選で当たった人しか出品できないらしいよ」
「へえ……」
確実に売れるというふれこみなら、抽選の倍率もさぞ高いのだろう。
奴隷商人の世界も、なかなか厳しいらしい。
「さ、行こうか」
自然に足が止まってしまっていたが、レイクにとってこんな場所一秒でも早く離れたいに違いない。
俺は人混みを縫うようにして、足早に歩を進める。
やがて突き当たった大通りを左折し先に進むと、大きな建物が見えてきた。
今日も読んでくださり、ありがとうございました。
5/31 一部改稿しました。




