13奴目 肉体どこだい?
血という名の刺激的過ぎるスパイスを効かせた朝食を美味しくいただいた後、そのスパイスまみれになった服をニコがすぐに洗濯をするというので着替え、そしてようやく俺は、デュアの体の捜索を開始した。
両腕で生首を抱えながら。両腕で美少女の生首を抱えながら。
もしこんな状況を警察にでも見られたら、職務質問は免れないだろう。いや即逮捕だ。
俺が美容師にでも見えるのなら、そうでもないかもしれないが。
ただそれは地球での話だ。ここは地球ではなく異世界。
この異世界においては、たとえ俺が美容師に見えなくともそんな心配はいらない。
理由はこの世界に警察がいないから、ではなく、亜人がいるから。
生首を抱えているところを警察に見つかったって、亜人ですと言えば、デュラハンですと言えば、それだけで疑いの目からは逃れられるだろう。
だから俺は安心して捜索を続ける。
俺達がさっきいたダイニングキッチンは、もちろん真っ先に調べたが、そこにはデュアの体はなかった。
そんなわけで次に向かったのは、隣接する俺の寝室。
クローゼットとベッドの置かれた、小さな部屋だ。
俺はデュアの頭を一旦ベッドの上に置き、部屋の中を探す。
「ここにはなさそうだな」
しかしベッドの上にも下にも、そしてクローゼットの中にも彼女の体は見当たらない。
「ならベッドとヘッドをかけたギャグなどかましていないで、さっさと次の部屋へ行くがいい」
「そんなギャグをかました覚えはない」
大体探してもらっている身でなんて態度だ……、まあ今に始まったことではないが。
再びデュアの頭部を抱え、隣の部屋へ。
お風呂とトイレと洗面台のある、ここも寝室同様小さな部屋だ。
「ここにもなさそうだな」
入浴中にバッタリだとか、排泄中にバッタリだとか、そんなハプニング展開にはならなかった。
そもそも意思のない体だけでそんなことをしている分けはないが。
「……」
「おいイクト、何をボーっとしている?」
「いや、風呂に入りたいなと思って。お前が吐いた血のせいで、頭とか赤く染まっちゃってるし」
「ヘッドとレッドをかけたギャグをかましている暇があったら、早く次の部屋に行くがいい」
「だからそんなギャグはかましてないって」
かましてはいないがまあ風呂に入るのは後回しだ。デュアの体を見つける方が先。
俺は浴室を出て寝室をとおりダイニングキッチンに戻り、そこから廊下へと、居住スペースを後にした。
居住スペースを出た真正面にあるのが、デュアたちの牢だ。
デュアからの報告でそこに彼女の体がないことは分かっていたが、念のために鉄格子の奥をざっと見渡す。
「戻っているという可能性もあるとは思ったけど、なさそうだな」
「うむ」
「と言うかお前、さっきは聞かなかったけど、ここからどうやってキッチンまで来たんだ?」
キッチンと牢は、廊下を挟んで向かい合っている。
細い廊下なのでそれほど距離はないのだが、それでも一体どうやって移動したのか。
「そんなの決まっているだろう。髪をムチのようにしならせ飛ばし、遠くのものに巻き付けて移動したのだ」
「可能かそれ……?」
「私は騎士だぞ? 騎士の“騎”という字の中には“可”という字が入っているだろう!」
「確かにそうだけども」
「騎士に不可能などないのだ」
コイツ、騎士を超人か何かと勘違いしてるんじゃないだろうか。騎士は普通の人間で、超人ではないぞ。
ただ騎士は超人ではないが、デュアは超人である。俺からすれば、亜人なんて皆超人みたいなものだ。
そんな超人な彼女を、凡人である俺の物差しで計るのも馬鹿らしい。彼女が出来るというのなら出来るのだろう。
俺はそれ以上探りを入れるのをやめて、廊下を進み、店へと向かった。
残る部屋は、このカウンターのある部屋と、倉庫だけだ。
だからあるのなら何となくここだろうと予想していたのだがしかし、どこにも彼女の体は見当たらない。
開店前の店は、しんと静まり返っている。
「ここにもなかったか」
「うむ、ないな」
となると倉庫で決定か。最後の部屋になるまで見つからないとは、なかなか運が悪い。
「今更だけどさデュア、自分の体だろ? どこにあるかくらい分からないものなのか?」
「今肌に触れている物の感覚は伝わってくるぞ? しかし体がどこにあるのか、その位置までは分からん」
「ふーん、感覚はあるのか」
携帯で通話をしていて、相手の声は聞こえるけど、居場所までは分からないとか、そんな感じだろうか。
いや、いまいち適切なたとえじゃない気がするな。やはり亜人を人間の物差しで計るのは難しいか。
「それならばそうと、最初に聞いておけばよかったと言うか、言って欲しかったところだけど。今、どんな感覚がしてるんだ?」
「そうだな、何やらチクチクしているな」
「チクチク?」
チクチク?
「おい、それってお前!」
俺は急いで廊下へと引き返し、店とは真反対の位置にある倉庫に向かう。
「そんなに慌ててどうしたのだ?」
焦る俺をよそに、デュアの声音は暢気なものだった。
「この建物の中で探していないのは、後は倉庫だけだ。つまり体は倉庫にある」
「それは分かったがなぜ慌てる? 確かに私は早くしろとは言ったが」
「チクチクしてるんだろ? 倉庫には鍬とか鎌とか釘とか、そんな尖ったものがいっぱい置いてある。チクチクの原因がそれだとすると、急がないとお前が怪我をするかもしれないじゃないか」
言ってる間に倉庫の前へと辿り着き、扉を引き開ける。
「……?」
だが倉庫の中にも、デュアの体はなかった。
あったのは、ボロボロになった鍬や鎌のサビと、土と、そして埃の匂いが交じり合ったような、なんとも言えない空気だけ。
「あれ? ここにもない……」
最後の部屋になるまで見つからないどころか、最後の部屋になっても見つからない。
ない。いない。
ただなかったけど、よかった。デュアが怪我をしていなくて。
俺はホッと胸を撫で下ろしかけたが、直前でデュアを抱えていることを思い出し踏みとどまった。
「お、おいイクト、貴様何やら持ち方が危ういぞ」
「あ、ああ悪い。油断した」
「落としてくれるなよ」
「尽力するよ」
「いまいち信用の出来ん返事だな」
「だってさ、どこをどういう風に持てばいいのか、よく分からないんだよ」
こんな風に人の頭を抱えたときのことなんて、教わったことも考えたこともないのだから、当たり前だが。
それでも、顎の下に指を入れ、首や頬の辺りを包み込むように持つのが色々な面で理想的かなと、体を捜索しているうちに思い至ったのだけど、デュアの場合その首や頬までもが髪に覆われているので、やっぱりどうにも不安定だ。
「もう少し上を持て」
「上ね、ここら辺か?」
ゆっくり、傷つけないように落としてしまわないように、慎重に手の位置を変える。
「あぁっ、ばか者! どこを触っている!」
「悪い、痛かったか?」
「そう言うことではないが……、と、とにかく上に行きすぎだ、もう少し下」
「ここか?」
「んっ、ち、違う」
「じゃあここら辺?」
「だからっ、だな」
「分かった、ここか!」
「そこは、ああっ、もうダメっ」
「ん?」
「ぶへ……」
デュアは吐血した。
「お、おいデュア、どうした!? どうして血を!?」
そして彼女が吐血したのとほぼ同時に、
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
どこからか叫び声が、建物を揺らすほどの悲鳴が、この世のものとは思えない絶叫が、聞こえてくる。
「おいおいデュアの次は何だ!?」
おぞましく、恐ろしく、耳にするだけで気が遠くなりそうなこの声は、おそらくレイクのものだろう。
あいつがいるのは、中庭か。声の聞こえ方からしても、建物の中ではないのは確か。
俺は吐血したデュアをそのまま抱えて、倉庫のすぐ横にある、中庭へと続く扉を肩で押し開けた。
今日も読んでくださり、ありがとうございました。




