11奴目 お口から血
「ひいっ」
「どうしたイク」
突然視界に入った生首に驚き、思わず悲鳴をあげてしまった俺に、心配そうに声をかけてくれるニコ。
「まさか敵か!?」
「い、いや敵じゃない。と言うかそもそも、俺に敵はいない」
既に俺は、冷静さを取り戻していた。
突然のことについ声が出てしまったけど、こんなこと、本当なら驚くようなことじゃない。
転がった生首に遭遇することなんて、この世界に来てから何度も経験しているじゃないか。
「じゃあゴキか!?」
「ゴキでもない」
「じゃあ何だよ」
「デュアだ」
「やっぱり敵じゃねえか!」
「いや、敵じゃねえよ」
デュア。彼女はニコと同じく、この店の商品の一人である。
今は首から下がないせいで、奴隷服である、ニコとお揃いの汚れた白いワンピースを着ているかどうかは確認できないが。
「いつまでこんなところに私を転がしておくつもりだ、早く上へあげろ」
しゃがんだ人間より更に下にいながらにして、誰よりも高い位置からの物言いの彼女。
「おいデュア、それが人にものを頼むときの態度か?」
「何を言っている馬鹿者が、私は頼んでいるんじゃない命令しているのだ」
「……まったく」
俺は渋々彼女の顔を持ち上げ、テーブルの上に置く。食卓に、生首が並べられた瞬間だった。
ただ、生首と対面するというそんな状況にあっても、不思議と嫌悪感や不快感を抱くことはなかった。
さっきは急なことだったのでついビックリしてしまったけど、今は普通の人と向かい合っているときと、なんら変わりない気分だ。
生理的な部分への訴えもなく、心境も特に起伏なく、普通。いたって普通。
「それで? デュア。お前は何をしにここに来たんだ? ついに俺たちと一緒に食事をする気になったのか?」
「そんなわけがないだろう」
俺が顔を覗きこんで尋ねると、彼女は透き通ったその銀色の瞳をさっとそらしてそう答えた。
「食事中は顔が見えてしまうのだからな」
「やれやれ」
彼女こそが、ニコが先ほど言っていた、あいつ。
食事姿どころか顔を見られるのを極度に嫌う、シャイなあいつである。
態度だけ見ればシャイな奴ではなく、他人に謝意のない傲岸不遜な奴だが、似合わないことに本当に恥ずかしがり屋なのだ。
今でも、自前の紫色の毛を使った、太くて長い三つ編みのポニーテールをマフラーのように巻きつけ、顔の半分を隠してしまっている。
それに今まさに、会話をしている俺と目も合わせられない。
「まあ顔が見えずとも、貴様らと食事を共にする気はないがな」
少し距離を感じる、そんな言葉だった。
態度やしぐさのせいもあると思うが、デュアとの間には、明確でなくともどこか隔たりを感じる。
仲良くなれているようで、なれていない。
レイクとニコが物凄くフレンドリーなのも、そう感じる要因の一つかもしれないが。
「じゃあ何しに来たんだよ」
俺の隣でニコが、二本目のニンジンをかじりながら、不満ありげにデュアに問いかけた。
「おお、我が愛馬ではないか」
「誰が愛馬だ! ワタシは馬じゃねえ!」
「まだそんなことを言っているのか? コシュタ・バワーよ」
「ワタシが首なし馬に見えるってのか!?」
「いいや見えんな」
「そうだろうよ」
「杭あり馬に見える」
「これは杭じゃなくて角だ! つうか馬じゃねえって言ってんだろうが!」
「仕方がないな、ならこれでどうだ? ユニコシュタ・バワー」
「ほぼコシュタバワーじゃねえか! もう許さねえ!」
とうとう堪忍袋の緒が切れたニコが立ち上がり、デュアの三つ編みポニーテールの端をひっ捕らえて引っ張った。
するとデュアの頭はまるで時代劇の、お代官様に『よいではないか、よいではないか』と着物の帯を引っ張られ『あーれー』と叫ぶ町娘のように回転し、髪が解け、徐々に素顔が明らかとなっていく。
グルグル巻きになっていた髪の毛の下から現れた彼女の顔はとても白く、そして整っていた。
掛け値なく美の付く少女だ。
しかし色が白かったのは束の間で、その顔はみるみるうちに赤くなっていく。
そして耳の先まで真っ赤に染まった瞬間――
「ぶぅぅぅぅ!!」
彼女は吐血した。
「うわぁっ!?」
しかも俺に向かって。
その量は、吐血という言葉でさえまだ可愛いと思えるほど、驚異的だった。
壊れた蛇口のように、とどまることを知らない。
ヌメヌメとした、生暖かく鉄臭い液体が、全身に勢いよく吹きかけられる。
「お、おいニコ! は、早くその蛇口閉じろ!」
「え? 何だって?」
「早くデュアの口を閉じろって! 血を止めろって!」
「ったく、しょうがねえな」
今日も読んでくださって、ありがとうございました。




