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10奴目 レッグとネック

「おいおいちょっと待てニコ、お前何怒ってるんだ?」

「そりゃ怒るだろうが、馬だけに? とか言われたらよ」

「いや、お前も自分で言ってただろ」

「ワタシのは笑えたけど、イクのは笑えなかった」

 基準が分からない……。


「正直に言ってしまえよ、イクはユニコーンを馬鹿にしてんだろ?」

「正直に言うとお前のユニコーン耳も、ユニコーン角も、ユニコーン足も、可愛いと思ってるぞ?」

 褒めるごとに、ニコの顔が緩んでいく。


「そうかそうか、でも可愛いよりカッコいいと言って欲しいなワタシは」

 俺の口からニンジンを引き抜き、再びそれをボリボリとかじりながらそんなことを言う彼女。

 もうただの要求になっているような気がするのは、気のせいだろうか。


「ユニコーン耳カッコいい! ユニコーン角もカッコいい! ユニコーン足もカッコいい! 足なんて、許されるなら撫で回したいくらいにカッコいい!」

 勢いに任せて余計なことまで言ってしまったがしかし、ニコは気分を害するどころがむしろ機嫌がよくなったらしく、尻尾をムチのようにしならせ、ビッタンビッタンと椅子に打ち付け始めた。


「うんうん、そうかそうか、そんなに言うなら舐めていいぞ?」

「え?」

 彼女は椅子に腰掛けたまま、俺の方に両足を放り出す。


「ほらイク、ワタシの足舐めろよ」

「いや舐めろって」

 そんな笑顔でヤクザみたいなことを言われても……。


「え、何? まだ怒ってるの?」

「舐めろ? ああごめんごめん、間違えた、舐めろじゃなくて撫でろだった」

 とんでもない間違いだ。流れが流れだけに、本当に舐めかねなかったぞ。


「さ、イク。ワタシの足、撫でていいぞっ」

「触っていいのか?」

「馬鹿だなイク、触らねえと撫でられねえだろ?」

 そう言う意味じゃなくて……、いくら見た目が馬の足だからと言っても、実際は女の子の足である。

 しかも同年代の美少女の足である、おいそれと触れてしまっていいものなのやら。


「何だ? やっぱりイクはユニコーンを馬鹿にしてんのか?」

 しかしこれ以上迷っていると彼女の機嫌を損ねそうだ。

 俺は彼女の足元にしゃがみ込んで、その純白な毛に覆われた太ももにそっと手を置いた。


「おぉ……」

 思わず声が漏れる。

 今までも彼女を膝に乗せたときに多少触れたことはあったが、ここまで間近で、しかも触るという目的だけのために触ったことはなかった。

 ニコの足は、こんな風になっているのか。

 太ももから毛並みに沿ってゆっくり手を這せると、短く生え揃った硬すぎず柔らかすぎないその毛は、滑らかに俺の手の平を下へ押し流していく。

 モフモフという効果音よりも、ツルツルといった効果音の方が似合う毛質だ。


「……おぉ」

 それにこのふくらはぎの筋肉。

 適度に引き締められたそれは、決してゴツゴツすることなく美しい曲線を描いている。

 その滑らかさと言えば、白い毛と相まってもはや彫刻を前にしているかのような芸術性まで感じられるほどだ。


「おぉ!」

 そして最後にこの蹄。

 鈍く黒光りするそれは、白い毛に包まれた足の先端において圧倒的な存在感を誇っていた。


「どうだ? イク」

「めちゃくちゃ可愛い」

 彼女たち亜人の体が“見慣れた”から“魅力だ”と思うようになってから、その気持ちは日を追うごとに強くなっている。

 普通の人間にはないその魅力に、どんどん魅了されていく。


「カッコいいだって言ってるだろ!」

「可愛いでもカッコいいでも、“いい”という意味では一緒だ」 

「ふーん、じゃあ可愛いでもいいや」

 触っているうちに、自分でも息が荒くなっていくのに気づいた。

 端から見れば、女の子の足に興奮している男にしか見えないかもしれない。

 かもしれないも何も、実際そうなのだが。


「よかったら、そっちも触らせてくれ」

 もうこうなったらとことん触ってやると、ニコの頭を指さす。

 あの耳も、あの角も、もっと近くで見たい、もっと近くで触りたい。


「ん、いいぞ」

 二つ返事で了承する彼女。

 自分で頼んでおいてなんだが、女の子が男に、そんな容易く体に触れさせてしまっていいのだろうか。

 人の童貞は異常なくらいに気にするくせに、自分の体のことになると案外無頓着らしい。

 まあそれならばありがたく触らせてもらおうと立ち上がりかけた俺だったがしかし、


「ちょっと待て」

 その行動を制止する声があった。

 よく通る滑舌の良いその声は、女性のもののようだがニコのものではない。

 なら誰だろうとしゃがんだままで部屋の中を見渡すも、ここには俺とニコ以外の人影は一つもない。


「どこを見ている、ここだここ」

 しかし幻聴だったわけでもなく、間違いなく声は聞こえる。


「え、ど、どこだ?」

「だからここだと言っているだろう!」

 その怒鳴り声は、俺の下から聞こえた。床にしゃがんだ俺の、下から聞こえた。

 まさかそんな、こんな状態の俺よりも更に下から声が聞こえるなんて……。

 そう思いつつも視線を自分の足元へとやると――

 顔があった。女性の顔があった。

 ただ首から下はなかった。

 つまりそこにあったのは、女性の生首だった。

文字数が少ないです、申し訳ございません。

今日も読んでいただきありがとうございました。

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