1奴目 プロローグ
タグにR15が付いておりますが、念のためであり、特に過激な描写が出て来るわけではありません。
土嶺 生人。
生人。
確かに俺の名前は“しょうにん”とも読めるだろう。
現に小学生の頃の俺のあだ名は『商人』だった。
土嶺。
確かに俺の苗字は“どれい”とも読めるだろう。
現に十七歳、高校二年生になった今の俺のあだ名は、『商人』から見事クラスチェンジを果たし『奴隷商人』だ。
でもだからといって、あだ名が奴隷商人だからといって、まさか本当に奴隷商人になってしまうなんて――。
◆◇◆
「ねぇお願い、救世主になってちょうだい」
目を開け、視線がぶつかった瞬間、俺の上にまたがったガチムチスキンヘッドのおじさんは、そう投げかけてきた。
「えっ!? あ、あなた誰ですか!?」
「うっふん、私はアリスよ」
「空き巣!?」
「ア! リ! ス! 誰が空き巣よ、失礼しちゃうわねぇまったく」
どうやらこの特徴的な話し方と、顔面の特徴的な化粧を見るに、このおじさんはおじさんではなく、オネエさんのようだった。
ただそんなことがわかったところで何だというのか、俺が知りたいのは、今自分が置かれいている状況だ。
「い、いやいや、空き巣じゃないって。じゃああなたは勝手に俺の部屋に入ってきて、そして俺の上で一体何をしてるって言うんですか!?」
「あなたの部屋? 何を言ってるの、ここはあなたの部屋じゃないわよ?」
「……へ?」
俺の部屋じゃない?
首だけを軽く動かして辺りを確認すると、確かに俺が仰向けに寝転がっているここは、室内ではあるが俺の部屋ではなかった。
明かりが、まるで何かの儀式かのように床に置かれたロウソクと、窓から差し込む月光だけで薄暗くて分かり辛いが、自分の部屋でもなければ、その他の、自分の知っている場所でもなさそうだ。
目を覚ましたら突然、見ず知らずの場所で、見ず知らずのオネエに馬乗りになられている。
どんな状況だろうか。意味が分からない。理解不能だ。
このオネエは誰だ?
なぜ馬乗りになられている?
いやまずここはどこだ?
と言うかこんな状況に陥る前の俺は、一体どこで何をしていたのだろうか。
普通に普通の一日を過ごして、そして自分の家の自分の部屋で眠りについたはずなのだけど。
なのに起きたらこんなありさま。どうも記憶がハッキリしないと言うか、繋がらない。
まあ状況が状況だけに、何か記憶から抹消したくなるようなことをしでかしたのかもしれない。
それならばそれで、このまま忘れていたいような気もするけど。
「ねぇあなた、聞いてるのかしら?」
ガチムチスキンヘッドのオネエ、自称アリスさんは、上から俺の顔を覗きこむようにしてそう問いかけてくる。
「えっと、何でしたっけ?」
ひとまず、落ち着いて話をしてみることにした。
ひとまず逃げるという手もなくはないが、なにせ筋肉質な巨体にマウントポジションを取られているのだ、さすがにどこにでもはいないけど普通の高校二年生である俺が、そこから抜け出せるとは思えない。
運よく隙を突いてこの体勢から脱せたとしても、このオネエから逃げられるとは限らない。
部屋に鍵がかかっていたり、外に仲間がいるかもしれない。
それらの情報どころか、そもそも今いる場所がどこかも分かっていないこの場面で逃げるのは、危険だろう。
いや、何だか拉致か誘拐でもされているかのような物言いになってしまったけど、実際どうなんだろうか、いまいち目的が見えてこない。
「救世主になって……、でしたっけ?」
そう、なにせ彼? 彼女? は、俺に向かってそう言ったのだから。
「そぉよ、救・世・主」
うふん、とウィンクをする彼または彼女。
救世主……、この方は中二病か何かの患者さんなのだろうか。
たとえそうだったとしても、俺の上に乗っているのがアリスという名前の可愛いオトメだったなら全然問題ないのだけど。
残念ながら現実は残酷で、俺の上に乗っているのはアリスという名前の怖いオトコだ。
「そ、それは、この世を守って的な、その、何かですか?」
言ったように、俺はどこにでもはいないが普通の高校二年生で、世界を救う力なんてないんだけども。
「いいえ“世”ではなく、“屋”ね」
「や?」
「そ、店屋。そして守ると言うか、切り盛りね」
「切り盛り?」
つまり、とアリスさんは言う。
「この店を、私の代わりに切り盛りして欲しいのよぉ」
「へえ、ここってお店だったんですか……って、はぁ?」
あまりの展開に、素っ頓狂な声を上げてしまった。
だって店の切り盛って。
何だ、これは拉致や誘拐ではなく、バイトか何かの勧誘だったのか?
「私ね、色々あってこの店の主をやってるんだけど商才なっくて、このままじゃお店つぶれちゃうのよ。だから私の代わりに、あなたにこの店の主になって商品を売って欲しいの」
いや、どうして俺なんだ。俺には商才どころか、働いた経験もない。
高校がアルバイトを禁じていたわけではないが、特にする理由もなかったし。
そんな就業経験のないただの高校生の俺に、世界はおろか、傾いた店の助けが出来るわけがない。
「やってくれるわよね?」
しかしこちらことなどお構いなしに、向こうは話を進めようとする。
とりあえず俺は、このまま勢いに任せて丸め込まれないように会話を繋げようと、
「えっと、このお店は、どんなものを売っているお店なんですか?」
そう尋ねたのだが、結果的にこれが悪い方に転んだ。
返ってきた答えに、完全に混乱してしまったのだ。
ここまで辛うじて冷静を保っていられたが、冷静を保った風を演じていられたが、とうとう俺が処理できる容量を超えてしまった。
アリスさんは、
「このお店は、奴隷というものを売っているお店よぉ」
そう言ったのだ。
ドレイ? どれい? 奴隷?
「奴隷って、あの奴隷ですか!?」
日常生活では聞き慣れない単語に、反射的に聞き返した。
「そうよ、それ以外に何かあるならオネエさん、教えて欲しいわぁ。ほら、商品ならあそこに並べてあるでしょう?」
彼女が指差す方向を、ただただその手に釣られるままに向く。
部屋が薄暗かったせいでさっきは気付かなかったけど、確かにそこには数名の人影があった。
立って横一列に並ぶ“商品”と呼ばれた人たち。
その人たちの体から触手が生えていたり、角が生えていたり、首がなくなっていたり、そもそも体がドロドロだったりしたことが、俺を更なる混乱の深みへと陥れた。
もう頭は真っ白である。
「あなたにはあれを売って欲しいの」
「は、ははははっ、は、は?」
何だこれは……。
夢か。夢だ。夢であれ。夢であってください。
「それで、やってくれるかどうかなんだけど、まぁ聞くまでもないわよねぇ? そのために魔女から高額で魔道書を買って、あなたを召喚したんですのも」
「しょ、召喚……?」
「そうよ、あなたは違う世界から、この世界に召喚されたの。違う世界、えっと、確か魔女は“異世界”とか言っていたわねぇ」
「異世界……?」
ほ、本当に、何がどうなって……?
パニックだ。真っ白だった頭は、今度は“?”で真っ黒に埋め尽くされている。
「というわけでよろしくね色男さん、詳しいことはまた今度詳しく教えるわ」
そんな風に、俺の頭が使い物にならなくなっているうちにあれよあれよとことは進み、
「それじゃ」
と、ガチムチアリスさんはようやく俺から腰を浮かせ、そして足早に部屋を出て行こうとする。
「ちょ、ちょっと待ってください……一つ聞いていいですか?」
そんな彼女を俺は引きとめ、質問を投げかけた。
頭がおかしくなっているのだからおとなしくしてればいいものを、愚かにも頑張って質問を投げかけた。
「何かしら?」
「こ、ここ、ここは、どこですか?」
「どこって、地名の話し? だとしたらここは、アスフィリア王国のサンブークという町だけど」
アスフィリア王国……?
サンブーク……?
「どこなんだぁぁぁぁ!!」
お読みいただきありがとうございました。
引き続き読んでいただけると幸いです。