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第一章『嵐の兆し』(5)

「そこまでだ、破壊屋」



 その一歩だけわざと足音を鳴らした人物は、ルインの背後に。

 リボルバー式マグナムの撃鉄は既に上がっており、黒コートに銃口を押しつけるような至近距離で。


「あぁ、もちろん君も忘れてはいないよ。何処に行っていたんだい?」


「不覚をとってな、七番倉庫の屋根まで飛ばされた。俺も落魄おちぶれたものよな」


「フフフ、さすがの暗殺屋も、仲間には無警戒なのかな? 甘いね」


「……同感だな」


 ルインは全く振り返らず、背中に銃口を向けられたまま氷の微笑で喋る。皮肉を交わしながら、いつ引き金を引いてもおかしくない、殺気を含んだ澪斗の低い声。



「…………去れ。さもなくば撃つ」



 忌々しげに、けれど確実に本気の声音で、それだけ言う。

 場の全員に走る緊張。けれど破壊屋は、ゆっくりとダーツを握っていた腕を下げて。


「いいだろう。今日は下見に来ただけだったしね、今回の私の仕事に君たちが関係していることがわかっただけでも、嬉しい収穫だ。お楽しみは取っておくよ」


 既にルインの手中にダーツは無い。ゆったりと完全に余裕しきった動作で澪斗に振り返り、そしてその横を何事も無かったかのように通過していく。

 だが不意に何かを思いだしたように「あぁ、そうだ」と声に出し、横顔だけで警備員達に振り向いた。皆、それだけで戦慄を覚えて身構える。



「我が同胞、遼平君。いい加減自分で気付いているとは思うけどね……君は間違いようもなく《破壊者》だよ。そんなところに居ても、何一つ護れやしない。そろそろ、目を覚ますんだね」



 もうルインから殺気は感じない。けれど、遼平の横顔を冷たい一筋の汗が伝う。仲間達は遼平が怒って何かを言い返すと思っていたのに、彼は拳を握り締めて俯くだけだった。

 遼平が反論できないことに更に満足したのか、ルインは唇に笑みを浮かべて去っていく。破壊屋の影が完全に消えた頃、やっと警備員達は強張っていた身体から力を抜いた。



「ふぅ……」


 全く動いていないのに冷や汗が止まらなかった。希紗は、純也の身体を支えたままの体勢でやっとマトモな呼吸を始められる。

 すぐに拳銃を腰のホルスターに戻し、足早で仲間達の元に戻ってきた澪斗へ。


「あ、ありがとう、澪君……あのまま戦ってたらどうなってたか……」


「フン、貴様が俺を飛ばさなければその心配は要らなかったんだ。純也、何をしてくれる」


「ごめん……今日は調子が悪いみたいなんだ。本当にみんな……ごめんなさい」


 ガクガクと膝を震えさせながら立ち上がった少年は、四人に深く頭を下げる。いつまでも頭を上げない純也に戸惑う仲間達の中で、声をかけたのは。


「今日は打ち合わせだけだ、調子が悪いのならば帰れ。……真、純也を帰らせても構わんだろう?」


「え、あ、まァ……エエけど……」


「純也、本番の仕事の時にそれでは役に立たん、家で寝ていろ」


 冷たく突き放すような言い方で、それでも『身体を休めろ』と純也を気遣っているようで。素直じゃないのかそれとも不器用なのか、心配する言葉さえ仮面の表情で言ってしまう澪斗。


「ううん、大丈夫だよ。ここまで来ちゃったんだもん、僕も行く。お願い……みんなと一緒に行かせて?」


「……好きにするがいい」


 呆れを含んだような声色で顔を逸らし、澪斗は腕を組む。そんな彼に、純也は「ありがとう」と弱々しい笑みを。




「じゃ、十三番倉庫まで行くでー。結局なんやかんやでノルマの十分は守れんかったし……早う依頼主に会わな」


 また静かな寒風が、風上から……数字の高い倉庫の方から流れてくる。風を浴びると体力が多少なりとも回復するはずの純也の顔色が、逆にどんどん青白さから灰色に変わっていくのに、誰も気付かない。


 体育館が二つほど入りそうな、巨大な十三番倉庫。その扉を五人で前にして、先頭の真がふとため息。


「はァ、なんか依頼前から危険度MAXやなァ……やっぱやめとく?」


たわけが、ここまで足を突っ込んでしまったら引き返せんだろうが。いい加減腹を決めろ」


 見下し目付きの部下に叱られてしまい、部長は渋々といった感じで扉を押し開けていく。


 ずっと警備服の左胸を握ったまま冷や汗を流し続け、荒い息を押し殺している純也に、遼平はそこでやっと気付いた。そんな少年の肩を掴んで引き留めようとしたが、中へ進み始めてしまった真のせいで彼の手は空を掴んで終わってしまう。




 視覚は暗闇を、聴覚は静寂を、そして嗅覚は強烈な異臭を伝えてくる。


「うわ……っ」


「ちょっ、何この臭い……!」


 思わず鼻を押さえ、むせかえる。裏警備員として闇にすぐ慣れやすい眼で倉庫内を見渡すと、天井まで届くほどの巨大な水槽が両側に。何かフィルムのようなものが貼ってあって色はわからないが、たっぷりと液体が詰まっているのはわかる。

 異臭は、どうやらこの大量の液体から放たれているようだ。



「……よくぞ来てくれた、ロスキーパー中野区支部諸君。途中で邪魔が入ったようだが、試験には無事合格されたようで安心した」


 水槽に囲まれた倉庫の奥に、灰色のスーツを着て眼鏡をしたまだ若く細い男。彼の後ろには、先ほどの襲撃集団を統率していた白スーツの巨漢と同じ服の男達が数人。どうやらこのマフィアは、スーツの色で階級が別れているらしい。白が幹部で灰色が首領、といったところか。


「やっぱり、あの連中はそちらからの差し金でっか。……ワイらを試しましたな?」


「いかにも。いくらあの風薙の気に入りと言えど、諸君に依頼するのは初めてだ。小さな支部だからな、その力量を確認しておく必要があったのだよ。……まぁ、私の杞憂だったようだ。諸君らにはコレを任せられそうだな」





「あ……っ、あぁあああああああ!!」


 いきなりの背後からの悲鳴と、誰かが倒れた音。驚いて真達が振り返ると、埃積もった倉庫の床で身悶える小さな姿があった。


「純也っ!? おい純也っ!」


 身体を丸めて苦しがる少年の上半身を、遼平が抱きかかえる。既に少年の両腕は痙攣を始めていた。



「りょ、う…………苦し……発作が……っっ」


「なんでだ、薬は飲んだのか!?」


「今日、飲んだの、に…………臭いが……!」


 男と少年は、二人にしかわからない言葉を交わす。

 何かの激痛に必死に堪えている純也は、歯を食いしばって目を瞑り、遼平の腕の中で身をよじっていた。




「……おい、依頼主さんよ、ココにあるのは――――“ブラッド”、か?」


 膝をついて純也を支えた姿勢のまま、遼平はマフィアのトップであろう男に問うた。低く、けれどよく響く、鋭い声で。


「よくわかったな。まぁ、知っているヤツは知っている、か。……それが何か問題でも有るのか?」


「大有りだ。……コイツにはな」


 交錯する、灰色スーツの男と遼平の険しい目線。互いを睨むような。

 真や澪斗、希紗の三人はわけがわからずただ、苦しみ続ける少年とそれを抱きかかえる男、そして薄ら笑いを浮かべるマフィアを交互に見るだけ。



 その沈黙を破ったのは、ついに息絶えてしまいそうな断末魔の悲鳴をあげた純也だった。

 呼吸が不安定になり、自分の服の左胸を握り締め、全身を小刻みに痙攣させながら瞳は虚ろに濁っていて。開けたままの倉庫の入り口から、彼に呼応したかのように突風がなだれこんでくる。


「ちっ、これ以上ココに居るとヤバいな……。真っ、俺は純也を連れて獅子彦の病院に行く! 打ち合わせはお前らでなんとかしとけっ!」


「な、待てや遼平っ! ちゃんと説明を――」


 もう完全に生気を失った肌色の純也を抱き上げ、遼平はそのまま倉庫から飛び出していく。完全に事態に取り残されてしまった三人は、突然の出来事にしばらく呆然としていたが。


「す、すみません、なんか今日、ウチの部下が調子悪いみたいで……」


「調子が悪い、ねぇ。しかしあの少年の反応は…………まぁ良い。それで諸君らには五日間、この倉庫内に隠した水槽内のコレを護ってもらいたい。表の警察などはもちろん、裏の情報屋や窃盗団、破壊屋などが狙ってくるだろう。……全て、消せ」


「……えぇ、成功報酬がきちんと払われるのなら、この依頼、承りましょう」


 部下達だけがわかる、部長の感情を押し殺した丁寧な言葉。本当なら絶対に引き受けたくないような依頼を。



「あの風薙の配下だけはあるね。もちろん、報酬は払おう。……私達はそこらのクズ共とは違うよ」



 口元は和やかに微笑んでいるのに、眼鏡の奥の瞳だけは、鋭いままだった。



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