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第一章『嵐の兆し』(2)

 時として、《守護》と《破壊》は同一体。


 護るために、誰かを壊す。

 何かを壊すモノを、護る。


 特に裏社会では、珍しくない現象だ。

 例えば、守護対象物を狙って襲ってきた輩を倒す。それは見方を変えれば、襲撃者といえど人間を傷つける仕事。

 だから真は、中野区支部は、その破壊行為を最小限に抑える努力をしてきた。

 彼らはあくまでも、《守護者》であろうとしたから。




 見事に的を射た澪斗の言葉に、真は重々しく頷く。『人間の命を壊す依頼』……きっと真の本音から言えば、「気が向かない」どころか「断りたい」に決まっている。


「……で、貴様は何を悩んでいるんだ? 人間を殺す程度なら、俺が行くが?」


 澪斗の声色の中の、余裕と重み。心配そうな希紗の目線をあえて無視し、真を見やる。部長は、首を横に振ってから軽い苦笑いを。


「もうあんただけにそんな事させへんよ。それに……ワイらが直接手を下す仕事やないしな。……実はな、この依頼主、本社の常連やねん。せやから断りにくいんよ」


「話が見えんな。俺達にまで依頼内容を隠す必要があるのか? 結局、貴様はどうしたいんだ」


 依頼内容を隠すような真の喋りに、澪斗の暗褐色の瞳が睨んでくる。部長は、どこまで明かすべきなのか悩み、少しずつ話し出した。


「まァ、この常連の依頼主っちゅーのが、いわゆるマフィアでな。どうやらドコかと取引する商品を五日間ほど護ってほしいらしいんやけど……危険な臭い漂いまくりやろ?」


 しかも裏社会の基本知識として、マフィアや暴力組織からの依頼の場合、仕事が完了した時点で仕事人が始末されることも珍しい話ではない。報酬を払わないために、口封じのために、殺される。


「一応本社の常連やから、始末される心配は無いと思う。……みんな、どないする?」


 あえて部下の意見を訊くのは彼が優柔不断なわけではなく、個人の意見を尊重したいから。いかにも危険そうな依頼だ、行きたくない社員は無理に行かせない。



「……俺は仕事ならば何でも構わん」

 真とは違って何の迷いも無い澪斗の表情。万が一始末されそうになったとしても、彼は殺されない自信があるから。


「始末されないなら、ま、いいんじゃない?」

 あまり深くは考えていないような、希紗の返事。それを聞いて最後に、真は。


「純也……あんたはどうする? 無理に行くことないんよ」

 ずっと黙って俯いていた少年に、優しく声をかける。いつもの仕事でさえ純也は人を傷つけることに心を痛めているのに、マフィアからの仕事なんて。

 純也はふと顔をソファの上で眠り込んでいる男に向け、小さく拳を握って部長に振り返る。


「僕も……行く。きっと遼は行くと思うから、僕も行く」


 そう、おそらくあの男は依頼に行くだろう。遼平はスカイ時代からの性なのか、マフィア系統には強い。そういった組織を潰しながら金を奪い取っていった少年、『蒼波遼平』の名はその世界でも有名で。

 遼平がいれば今回の仕事が楽になるのは、誰もがわかるから。



「よし、じゃあ賛成多数で可決、やな。…………ほら、あんたはさっさと起きんかいボケェ!」


 純也の返事を聞きながら外部連絡用通信端末で『依頼受理』のメールを送信。その後部長は立ち上がり、接待用ソファまで歩いていって遼平を頭から蹴り落とす。「ぐがっ!?」とか情けない声と一緒に床へ落ちる男。


「いってぇ〜っ。何しやがんだよ真っ、せっかく良い夢みてたのに! あとちょっとで紫牙がギックリ腰になるとこだったのにっ!」

「どないな夢やねん……」

「勝手に俺に持病を作るな愚か者がぁ!!」

 両腕で起きあがった遼平の額目掛け、澪斗が躊躇無くノアで発砲。「はがっ!?」とかまた惨めな声で仰向けに倒れていく男。


「……? 希紗、今回の弾丸は何だ? 見えなかったのだが……」


 遼平が額を押さえながら床でもんどり打っているのを無視し、澪斗は希紗に振り返る。やっぱり今日も得意気に、希紗は胸を張って。


「見えなくて当然! 今回は、『圧縮空気』を弾丸にしてあるの。結構威力があるから、撃つ時は気をつけてね」

「しかし……蒼波の反応を見た限りではそんなに威力があるようには思えんが」

「そりゃ、遼平が的じゃわからないって。もっと脆いモノで試さないと」

「それもそうか」


 大きく納得している澪斗に、やっと痛みが治まってきた遼平が怒って立ち上がる。少しだけ目の端に涙を溜め、その怒りの矛先は事務所内の全員に向けられた。


「お前らっ、俺の頭は繊細なんだからもっと優しく扱えよ!」

「頭蓋骨は誰よりも丈夫ではないか」

「俺は中身のこと言ってんだよっ!」



「……中身、有るのか?」



 驚きを含んだ澪斗の真顔に、遼平はハッとして心の中で『中身、有るよな?』と自問。一瞬フリーズした後、『無いわけねぇだろ!』という自答が返ってきて、途端に彼の怒りゲージが頂点に達する。


「あ、有るに決まってんだろうがー!」


「……遼平、今ちょっと悩んだわよね」

「……やはりすぐには確信が持てなかったか。哀れな」

「……言葉も微妙に噛んどるしなァ」

「……遼……」


 最後の純也なんか、もはや同情の眼差しで遼平を見ている。同僚達の『可哀想』みたいな視線に、遼平が激昂するまであと僅か。


「俺を的にするために蹴り落として起こしたのか!? てめぇらまとめて表出ろやコラァッ!!」

「あー、はいはい、ちゃうってー。依頼の説明やから、遼平も席に着きぃ。……ちぃとばかし、厄介な依頼やで?」


 子供をなだめる保育士のように手を叩き、遼平を自分のイスに座らせる。最後の言葉だけ、低く重い声で遼平に囁いて。




 その時、真のデスク上の端末にメール受信音。どうやらもう先ほどの依頼受理の返信が来たらしい。

「え……今から、かァ……」

 立ったまま少し腰を曲げた体勢でマウスを動かし、メールの内容を確認。真の眉間にシワが寄る。


「真君、依頼主さんから?」

「せや。……なんか、今から打ち合わせも兼ねて依頼場所に来てほしいって。あんま治安のエエ場所やないけど……しゃーない、行くで」


 部長の言葉に、全員がロッカーから警備服を出して着替え、装備も確認する。『裏警備員』として動く以上、絶対に準備は怠れない。……たとえ、ただの打ち合わせだとしても。




 全員の準備が整って出て行く時、最後に残った真が事務所の扉に鍵をかけながら「ホンマに……気ィ向かへんのやけどなァ……」とぼやいていた声を、蒼波の耳だけが聞き取っていた。



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